『ロミオとジュリエット』でティボルトを熱演した平野亮一に聞く「思春期真っ只中で、負けというものを知らない青年です」英国ロイヤル・バレエ&オペラ in シネマ
- ワールドレポート
- 東京
掲載
ワールドレポート/東京
インタビュー=香月圭
ケネス・マクミランの不朽の名作『ロミオとジュリエット』が6月6日(金)~6月12日(木)、TOHOシネマズ 日本橋 ほかにて1週間限定公開される。ジュリエットを演じるのは、英国ロイヤル・バレエ団随一のプリンシパルに成長した金子扶生、そしてロミオ役は貴公子ワディム・ムンタギロフ。プリンシパルの平野亮一は今回、怒りに満ちた青年ティボルトに扮している。ヒール役として圧倒的な存在感を放つ彼が、ティボルトの役作りについて語ってくれた。さらにロイヤル・バレエ・スクールの教師養成コースでの学びについて、そして今夏、客演が予定される「バレエ・アステラス2025」「エスペール・バレエ・ガラ」についても話を伺った。
――ティボルトは常に怒りを抱えていますが、どのような人物なのでしょうか。
©Johan Persson
平野:僕はどの作品でも、自分なりに物語を解釈して舞台に備えます。ティボルトを演じるときは、ジュリエットの家族であるキャピュレット家がどういう状態で、ティボルトとどんな関係にあるのかということについて、自分なりのイメージを持っています。ジュリエットは没落しつつあるキャピュレット家の一人娘で、跡継となる婿養子を入れる必要があります。ジュリエットの従兄弟であるティボルトはこの家を乗っ取り、自分のものにしたいと企んでいます。彼の叔父(ジュリエットの父であるキャピュレット公)の力が弱まってきたので「叔父さんも年老いてきたから、そろそろ引退して俺に権力を握らせてくれたらいいのに」と密かに考えています。 キャピュレット家の養子になりたいと願うティボルトは、長男ではなく、次男ではないかと僕は思います。 権力のない家に生まれた次男だからこそ、むしゃくしゃして、上からの指示がいやでたまらず、喧嘩っ早くもなるのではないでしょうか。
キャピュレット公にとっては、ジュリエットが一人娘なので、お金持ちで権力のある家の息子のパリスと結婚させて、キャピュレット家を大きくしようという目論見を抱いています。しかし、ティボルト自身は「そのようなことを画策せずとも、俺がいたら何でも大丈夫なのに」と強気に考えています。
けれども、ジュリエットにとっては、そのような家の事情は関係ないことです。彼女は恋愛や結婚に憧れていた少女で、親が結婚相手として薦めるパリスに会うことに対しても、最初は胸をときめかせていたと思います。 女性は親が決めた男性のもとに嫁いで生きていくことが当たり前だと思われていた時代ですから。でもロミオと出会い、彼がキャピュレット家にとっては敵対するモンタギュー家の息子だということも知らずに、たまたま彼に恋をしてしまったのです。
――ティボルトはシェイクスピアが創作したキャラクターですが、平野さんの演技からはリアリティが感じられます。
平野:『ロミオとジュリエット』のような名作では、個々のプロダクションで振付家やプロデューサー、ディレクターが思い描くティボルト像と僕がイメージするものとは、もしかしたら違うかもしれません。でも、この作品に長年出演してきたなかで感じたのは、ティボルトは若く、思春期真っ只中で、負けというものを知らない青年だということです。 それで、全てのことにイライラするのでしょう。
彼の目には、叔父のキャピュレット公のことは「こんなおじさんに何ができる」と冷ややかに見ており、ジュリエットに対しても「お前は本当に子供だな」と上から目線で見下しています。彼の叔母であるキャピュレット夫人(ジュリエットの母)に対しては、恐らく関係を持ったうえで、手のひらで転がすかのすように言いなりにさせているのでしょう。
『ロミオとジュリエット』左よりフランシスコ・セラノ、平野亮一
©Tristram Kenton
――ロミオとマキューシオ、ベンヴォーリオの3人組とティボルトとの関係についてはどのように考えていますか。
平野:彼らは、ティボルトにとって彼の生きがいなのでしょう。 彼はマキューシオを殺そうとは思っていなかったはずです。 彼らがいなくなったら、ティボルトの人生は面白くなくなると思います。笑いながらの遊び相手ではなく、自分の怒りを発散できる喧嘩相手なのです。ティボルトと対等に戦えるのは、あの3人ぐらいしかいないので、彼らがいなくなったら、彼の人生はすごくつまらなくなるでしょう。 だから、彼らにちょっかいを出すのも楽しいのです。ティボルトが死と隣り合わせの危険な遊びを3人組にけしかけるのは、スリルやアドレナリンを味わいたいのだと思います。
――マキューシオ役のフランシスコ・セラノさんとベンヴォーリオ役のジャコモ・ロヴェロさんの若いお二人にアドバイスしましたか。
平野:二人とも自分なりに考えて役を演じているので、彼らなりの個性あふれるマキューシオとベンヴォーリオ像が出来上がりました。どう演じても、恐らく絶対的な正解はないと思われます。 ソード・ファイト(剣闘)で一緒に組むときは、僕の安全性にも関わってくるので、彼らにアドバイスをしっかりしますが、他の点については、あまりうるさくは言わないですね。
――ソード・ファイトのシーンでは、決められた振付に慣れたうえで武器を持って踊るわけですが、マンネリに陥らずに、緊迫感のあるリアリティを出すのは難しいですか。
平野:ソード・ファイトの場面では、安全は本当に大事です。剣先が目に入ったら大変ですし、実際に顔が切れて流血した人もいます。剣先を相手に軽く当てるだけなら簡単なのですが、どこまで思い切って剣先を相手に向かって出せば安全なのか、どう動けば剣で戦っているように見せられるか、どのような演技をしたらストーリーの展開をしっかり伝えられるかということを、演じる者は理解しておく必要があります。基本的には、同じ音楽に合わせて決められた振付です。しかしながら、一回一回の舞台で受け取る感情は毎回異なります。感情に左右され過ぎないように自分をコントロールしながら、決められたことをきちんと行うということは、僕たちダンサーにとって、とても大切なことの一つです。 僕たちダンサーは皆、完璧主義なので、スムーズに動けるようになるまで毎日練習しています。
剣は1本3万円ぐらいするのですが、何十本もあるので、壊したら、ものすごい金額になってしまいます。剣で思いきり相手を突いたら、先端が曲がってしまいますので、大切に扱う必要があります。特に初めてソードファイトシーンに出演する若いダンサーたちには、バレエマスターの方が「体で攻撃の体勢を取り、剣自体では相手を攻撃しない」といったルールを、しっかり教えます。
『ロミオとジュリエット』平野亮一(中央)
――ロミオとティボルトを演じるときの違いとはどんな点でしょうか。
平野:ロミオは1幕から3幕と物語が進むのにつれて感情の変化があるのに対して、ティボルトは気持ちの上でそれほど変わりません。 そのため、「怒れる青年ティボルト」という、芯がしっかり定まったキャラクターを序盤から最後まで貫けばいいのです。しかしながら、舞台では他の演者のリアクションも毎回異なるので、会話をするようにいろんなことを試しています。ロミオを演じる日が続くと、ティボルト役のときはリラックスして演じることができます。 ロミオは踊る場面が多くあり、体力的にも大変な役ですが、ティボルト役は演技しようとすると、多分やりすぎで "Less is more"くらいがちょうどいいと思います。ティボルトが主役ではないということもありますが、例えば、威圧感を演技であからさまに出すのではなく、態度やたたずまいでお客様に感じていただくのがちょうどよい塩梅です。 そのように演技プランをあれこれと練っては、試すことを楽しんでいます。
――シネマでのロミオ役はワディム・ムンタギロフさん、ジュリエット役は金子扶生さんで、すぐに惹かれ合った情熱的なカップルに見えました。平野さんはティボルトを演じているとき、このお二人をどのようにご覧になっていましたか。またご自分でもロミオを演じる日もありますが、ご自分のロミオとムンタギロフさんのロミオ像とは異なると感じますか。
平野:ティボルトは、舞踏会にお客様を招待しているので、彼らに「お元気ですか。来てくださってありがとうございます」と挨拶をしています。そんななか、ロミオとジュリエットが立場を忘れて惹かれ合っているのを見て、怒りが込み上げるのを感じながら「この二人は楽しそうに踊ってるな」と思っています(笑)。ティボルトとして舞台に立っているときは、扶生ちゃんとワディムを見ているのではなく、ジュリエットとロミオとして二人を見ています。
――ムンタギロフさんが描くロミオのイメージについては、どう感じますか。
平野:僕にはどこか悪役が似合うといわれるように、ワディムは可愛らしさもある、あのような甘いロマンチックな役をごく自然に演じることができます。僕がロミオ役に配役されたときは、自分が夢見心地な男の子に見えるためには、どのようにしたらいいかということを考えながら演じます。
――第一幕第二場のキャピュレット一族が踊る「騎士の踊り」では、重々しい音楽に合わせて彼らの威厳や権力などが表れているように感じられました。
平野:バレエは体を引き上げて踊るといわれますが、あのようなタイプの踊りでは重心を下にしないと重みが出ないのです。一歩一歩、床が沈んでいくような重さを感じながら踊っています。
『ロミオとジュリエット』金子扶生、ワディム・ムンタギロフ ©Tristram Kenton
――ロイヤル・バレエ・スクールのティーチャーズ・コース(教師養成コース)を受講していらっしゃると伺いました。
平野:バレエという芸術、そして英国ロイヤル・バレエの伝統において、僕が今まで経験して得たものを次の世代に伝えるということを、使命の一つだと考えています。前の世代の方々から教えていただいた伝統というものを、若い人たちに伝えることで上手に繋いでいかないといけないと思います。電話があっても電話回線がなかったらメッセージが伝わらないのと同じように、知識と経験があっても教え方が良くなかったら内容が伝わりづらいものです。バレエをどのように教えるのかを勉強することもいいことではないか、と思います。
――7月18、19日に「バレエ・アステラス2025」、7月27日に「エスペール・バレエ・ガラ」に出演されますが、抱負をお聞かせください。
平野:「バレエ・アステラス」へは今回で3回目の客演となります。海外の様々なバレエ団の方たちと共演できる貴重な機会です。また、新国立劇場の研修生たちとも一緒の舞台で、彼らの若いエネルギーと経験豊かな僕たちとが刺激を受け合い、皆がより輝く舞台をご覧いただけるのが一番の見どころだと思います。先ほど申し上げましたが、次世代の方々にバレエという芸術を繋げていくために、僕たちが直接見本をお見せできる機会ともなります。今回共演するダンサーの皆さんは異なるバレエ団に所属しており、それぞれのスタイルがあるので、僕も楽しみにしております。お客様にも楽しんでいただける舞台になると思います。作品選びについては、著作権や衣裳など、いろいろ検討しながら、僕たちのいいところをお見せするには何がいいだろうと考えています。ぜひ観にいらしてください。
そして、英国バーミンガム・ロイヤル・バレエ団の元プリンシパルで、現在も様々な場所で活躍している厚地康雄くんが、第16回宇都宮エスペール賞(宇都宮市にゆかりがある芸術家のうち、芸術の創作活動が特に顕著で、今後の活躍が期待できる者に授与される)を受賞しました。その成果披露公演として、彼がプロデュースするガラ・コンサート「エスペール・バレエ・ガラ」に出演します。今回、佐久間奈緒さんと初めて踊ります。実は10年ぐらい前に彼女と踊る予定でしたが、僕が膝を怪我して一緒に踊れなくなって以来の顔合わせとなります。他の出演者の方々も一緒に踊ってきた仲間なので、楽しい笑い声が舞台袖から聞こえてくるかのような和やかな雰囲気になるのではと思います。若いダンサーも大勢出演しますので、宇都宮まで足をお運びいただければ幸いです。
英国ロイヤル・バレエ&オペラ in シネマ2024/25
ロイヤル・バレエ《ロミオとジュリエット》
振付:ケネス・マクミラン
音楽:セルゲイ・プロコフィエフ
美術:ニコラス・ジョージアディス
指揮:クン・ケッセルズ
ロイヤル・オペラ・ハウス管弦楽団
【キャスト】
ジュリエット:金子扶生
ロミオ:ワディム・ムンタギロフ
マキューシオ:フランシスコ・セラノ
ティボルト:平野亮一
ベンヴォーリオ:ジャコモ・ロヴェロ
パリス:ルーカス・B・ブレンツロド
キャピュレット公:ベネット・ガートサイド
キャピュレット夫人:クリスティーナ・アレスティス
エスカラス ヴェローナ大公:ハリス・ベル
ロザライン:アネット・ブヴォリ
乳母:オリヴィア・カウリー
ローレンス神父/モンタギュー公:トーマス・ホワイトヘッド
モンタギュー夫人:ララ・ターク
3人の娼婦:イツァール・メンディザバル、マイカ・ブラッドバリー、レティシア・ディアス
マンドリン・リードダンサー:五十嵐大地
(2025年3月20日上演作品/上映時間:3時間19分)
2025年6月6日(金)~6月12日(木)TOHOシネマズ 日本橋 ほか1週間限定公開
■公式サイト:http://tohotowa.co.jp/roh/
■公式X:https://x.com/rbocinema
■配給:東宝東和
記事の文章および具体的内容を無断で使用することを禁じます。