開館50年の神奈川県民ホールに感謝の思いを込めて上野水香が多彩なゲストとともに煌めく舞台を届けた「Jewels from MIZUKA 2025」
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ワールドレポート/その他
香月 圭 text by Kei Kazuki
「Jewels from MIZUKA 2025」
上野水香 プロデュース:構成・演出
1月17日に開館50年を迎えた神奈川県民ホールは、多目的ホールの先駆け的存在であり続け、バレエやダンス公演も数多く上演された。4月をもって建て替えに向けて休館したが、「ありがとう神奈川県民ホール」と題して様々な記念公演やイベントが3月末日まで開催された。そのメイン公演として、上野水香がプロデュースする「Jewels from MIZUKA 2025」が3月8日に開催された。予定されていた厚地康雄と中村祥子の出演が怪我のため降板となり、演目の変更もあったが、東京バレエ団の団員とそのOBが中心となり、座長の上野を盛り立て、華やかなガラ公演となった。
オープニングは東京バレエ団ソリストの岡崎隼也による映像でスタート。山下公園のベンチに腰掛けていた上野が立ち上がり、県民ホールに入る様子から始まる。舞台から観客席を映し、演者たちの視点が映し出される。鎌倉に生まれ育った上野は客席に腰掛けて「小さい頃から両親に連れられて様々なバレエ公演を観てきました。最前列エリアでキーロフ・バレエ(現在のマリインスキー劇場バレエ)の公演を観たのが最初の劇場にまつわる思い出です」と話す。舞台の床の一部が下に沈むセリ、機材・舞台セットなどのおびただしい量の荷物の搬入や照明取り付けの様子の早送り映像の後、バトンに吊り下げられたサスペンションライトが足元から高く掲げられていく様子がシルエットで浮かび上がり、白いカーテンの奥から上野が颯爽と登場した。ダンサーたちをステージで輝かせるために舞台裏で働く関係者たちへの謝意が込められた演出だった。
『パリのアメリカ人』上野水香、ブラウリオ・アルバレス
©Hidemi Seto
『グラン・パ・クラシック』涌田美紀、宮川新大
©Hidemi Seto
最初に披露されたのは、新作初演となるブラウリオ・アルバレス振付『パリのアメリカ人』。上野のパートナーはアルバレスが務めた。ガーシュウィンのスイング感溢れる音楽に乗せて、恋人たちが花の街パリで楽しげに戯れる様子が描かれ、ボブのウィッグを着けたワンピース姿の上野がコケティッシュな魅力を振りまいた。
続いて東京バレエ団の涌田美紀と宮川新大による『グラン・パ・クラシック』では、涌田の気品ある踊りと、宮川の軽やかな飛翔が鮮やかな印象を残し、バレエ芸術の形式美を堪能することができた。
岡崎隼也振付『Pas de deux』は新作初演。プロコフィエフの『ロミオとジュリエット』のバルコニーの情景の音楽に合わせて、白いシャツを羽織った金子仁美と池本祥真がデュエットを踊った。二人で相似形を描いたり、池本のサポートによって金子が空中高くリフトされたりと、男女が情熱をぶつけ合う様が描かれていた。奥の階段を女が上り、男は前へ歩いて行くという結末だった。いつも一緒にはいられないからこそ、2人にとって一つひとつの逢瀬がかけがえのないのではないかと想像したが、岡崎によると、親子や兄妹など様々な愛の解釈が可能な作品なのだという。
『海賊』より 洞窟のパ・ド・ドゥは、奴隷商人に捕らえられた乙女メドゥーラと、彼女を救い出す海賊の首領コンラッドが、隠れ家の洞窟で愛を確かめ合うシーンで踊られる。出演した沖香菜子と秋元康臣は息もぴったりで、秋元は喜びにあふれた表情で沖を優しくリードし、沖も安心した様子で秋元に身を委ね、惹かれ合った男女の甘美なムードを醸し出していた。
岡崎隼也は二つ目の新作『春の祭典』より「第一部 大地の礼賛」も披露した。舞台左側の下手に白い布が舞台下まで垂れ下がっており、右側の上手奥には、高い階段が置かれていた。柄本弾の厳しい表情と伝田陽美の激しいソロ、いくつかの集団に分かれたパワフルな群舞の動きから、集団における不寛容を描いたようにも感じられる作品だった。
ベジャール振付『ルナ』は、1976年にミラノ・スカラ座のプリマ・バレリーナ、ルチアーナ・サヴィニャーノのために創作され『ヘリオガバルス』の一場面として生まれた。シルヴィ・ギエムの名演も忘れがたい作品だ。J.S.バッハによるヴァイオリン協奏曲第2番ホ長調BWV 1042のメランコリックな響きが続くなか、白いタイツ姿の上野水香は、青白く光る月のように神秘的な女性美を感じさせる。『ボレロ』の情熱的な演技とは対照的なこの作品は、上野にとっての新たな代表作の一つになりそうな予感がする。
『海賊』より 洞窟のパ・ド・ドゥ 沖香菜子、秋元康臣
©Hidemi Seto
『春の祭典』©Hidemi Seto
『ルナ』上野水香 ©Hidemi Seto
『コッペリア』よりグラン・パ・ド・ドゥ 沖香菜子、秋元康臣
©Hidemi Seto
休憩をはさんで、後半は沖香菜子、秋元康臣のペアによる『コッペリア』よりグラン・パ・ド・ドゥ(サン=レオン振付)でスタート。沖が愛らしいスワニルダに扮し、秋元が快活な青年フランツを演じ、幸福感にあふれた世界を描いた。
ブラウリオ・アルバレス振付の『黒い瞳』は、ロマの女性に心奪われた男が切々と歌い上げる、哀愁漂うロシア歌曲から想を得ている。2021年の「ファンタスティック・ガラコンサート」で上野とアルバレスによって披露されて以来、上演を重ねてきた作品だ。今回は政本絵美とアルバレスが踊った。政本はロマの女性のように情熱的で妖艶な踊りを見せた。
吉岡美佳が出演した『マヌーラ・ムー』は「私の母さん」の意で、1984年にベジャールが発表した豊穣と酒、演劇の神、ディオニソスにまつわる作品『ディオニソス』の一部で、ギリシャの作曲家マノス・ハジダキスによる音楽に振付けられている。ベジャールの作品に繰り返し描かれる幼き日の母の面影が描かれている。吉岡は古代ギリシャ人が着ていたような白い衣裳をなびかせ、憂いを覗かせながら舞台を駆け巡った。
『あなたへ...~for you~』はジル・ロマン振付による新作初演作品。『マヌーラ・ムー』を踊り終えた吉岡がそのまま舞台に佇んでいると、ロマンが入場して彼女の隣に立つ。吉岡に触れると、彼の表情に生気が漲ったように喜びの表情が浮かんできた。A.ペルトの音楽と織姫と彦星の年に一度の逢瀬を祝う七夕にインスピレーションを得たという。派手な動きはないものの、二人がそれぞれ積み重ねてきた人生が表情や仕草に現れ、深みのある演技となっていた。
『ドン・キホーテ』より グラン・ディヴェルティスマンでは、上野水香と柄本弾がキトリとバジルのアダージオを踊ったあと、柄本が次のヴァリエーションを始めようとすると、宮川新大が町男のバジルの衣裳姿でタンバリンを手に登場して自分の出番をアピールし、金子仁美と三雲友里加を従えてパ・ド・トロワを踊った。第2のバジルの出現に観客は沸いたが、さらに柄本と同じ結婚式の赤い衣裳の池本祥真と宮川と同じ衣裳の井福俊太郎が第3、第4のバジルとして跳躍技を競うように披露した。伝田陽美の第1ヴァリエーションと平木菜子の第2ヴァリエーションも華やぎを添えた。コーダでは、上野がフェッテのタイミングに合わせて扇子を開閉する妙技を見せ、4人のバジルが勢揃いしてアラセゴンターンを次々に繰り出すくだりで、会場は最高潮に盛り上がった。
最後は、古典作品からガラリと趣向を変えて、辻󠄀本知彦が歌姫MISIAの『逢いたくていま』に振付けた同名の作品で締め括られた。上野と柚希礼音とのデュエットで、上野は長い髪を宙になびかせながら激しく踊った。一方、柚希の切なさを湛えた表情は、遠くからでもはっきりわかり、情熱的な踊りに陰影を与えていた。演劇・歌・ミュージカル・ダンスと舞台芸術を幅広く学んだ元宝塚スターならではの優れた表現力によるものだろう。
『黒い瞳』政本絵美、ブラウリオ・アルバレス
©Hidemi Seto
『ドン・キホーテ』より グラン・ディヴェルティスマン 上野水香、柄本弾
©Hidemi Seto
『ドン・キホーテ』より グラン・ディヴェルティスマン
©Hidemi Seto
『逢いたくていま』上野水香、柚希礼音
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上野のプロデュース力で東京バレエ団の次世代ダンサーたちや他の出演者たちも奇跡のような輝きを見せ、上野自身も幅広い作品に出演して、多彩な魅力を放った。帰路はみぞれが舞う、凍てつくような寒さとなったが「水香さんはどの作品でもチャーミングね」と話す観客もいて、皆、満足気な表情で会場を後にしたのだった。
(2025年3月8日 神奈川県民ホール 大ホール)
『Pas de Deux』金子仁美、池本祥真
©Hidemi Seto
『マヌーラ・ムー』吉岡美佳
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『あなたへ...~for you~』吉岡美佳、ジル・ロマン
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カーテンコール ©Hidemi Seto
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