『コーラスライン』新・演出版でアダム・クーパーがザック役に「彼の多面的な人間性を表現できることに充実感を覚えます」
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インタビュー=香月 圭
伝説的な振付家マイケル・ベネットが生み出した『コーラスライン』は、1975年にニューヨークのオフ・ブロードウェイで開幕するや、大ヒットを記録、トニー賞9部門、ピュリッツァー賞演劇賞などを受賞してブロードウェイへと進出し、15年間におよぶロングランとなった名作ミュージカルだ。長年オリジナル版で上演されてきた『コーラスライン』だが、奇跡的に新演出と振付の許可がおり、オリジナル版では観客席からマイクで話しかけていた演出家のザックが、新・演出版では舞台でダンサーたちと関わっていくという形になった。2021年12月に英国、レスターのThe Curve劇場で初演された際は好評を持って迎えられ、2024年、ロンドンのサドラーズ・ウェルズ劇場をはじめとした英国ツアーでも大評判となった。
初演から50年という節目の年を迎え、新・演出版『コーラスライン』が今秋、日本にやって来る。演出家ザックを演じるのは、アダム・クーパー。英国ロイヤル・バレエ団のプリンシパルに昇進して間もなく、マシュー・ボーンの『白鳥の湖』ザ・スワン/ザ・ストレンジャー役に抜擢されてスターダムを駆け上がり、ミュージカル、演劇にも活躍の場を広げた。『危険な関係』『兵士の物語』『SINGIN' IN THE RAIN 雨に唄えば』『レイディマクベス』と日本のステージにもコンスタントに登場してきた彼は、4月26日に東京の新国立劇場オペラハウスで行われた宮本亞門演出のガラ・コンサート「LIFE IS BEAUTIFUL」で日本の俳優・歌手と共演し、「The Greatest Show」(『グレイテスト・ショーマン』)と「Being Alive」(『カンパニー』)で力強い歌声とキレのあるダンスを披露した。この舞台を終えたばかりの彼に『コーラスライン』新・演出版の魅力や役作りなどについて話を伺った。
――『コーラスライン』は長年、多くの観客を魅了してきましたが、その秘密はどこにあるのでしょうか。
撮影:阿部章仁
クーパー:このミュージカルが人々に愛されるのは、役者をテーマにしながらも、これまでにない手法で作られているからだと思います。実話に基づいていて、悲しい話もあれば、幸せなストーリーもあり、ユーモラスなエピソードもあります。なかには業界の実態を描いた作品もありますが、従来のハリウッドやブロードウェイ的な手法ではなく、非常に赤裸々で生々しい部分もあります。観ていて辛い箇所もあるし、感情移入してしまうので、常にハッピーなミュージカルというわけではありません。今に至るまで、他に類を見ないユニークな作品です。エンタメ業界を描いた、このようなショーは他にありません。新しい解釈が加えられても、メッセージ性は変わらず、70年代に大ヒットを記録した当時の力強さは健在です。
――アダムさんがこの作品と初めて出会ったのはいつですか。
クーパー:映画は観ていましたが、初めて観た舞台は、2013年のリバイバル版でした。オフ・ブロードウェイのオリジナル版を振付けたマイケル・ベネットは映画制作チームと仲が悪かったそうで、音楽は同じものもありますが、舞台と映画での振付は全く異なります。
――2013年にリバイバル版の舞台をご覧になった感想を教えてください。
クーパー:アメリカの昔のヴァージョンについては、リバイバルの際、初演と同じように上演しなければならないため、演出も古風に感じました。振付も1970年代に作られたものだったので、今のダンサーたちが踊るのだったら、違うダンスになるだろうなと思いました。イギリスでは、再演するときに手を加えることが多く、今回も新しい演出を加えさせていただきました。また、オリジナル・ヴァージョンの音楽も、その時代相応のものに聞こえていましたが、新しいヴァージョンでは素晴らしい音楽編成になっており、演出と音楽・振付全てが繋がり、より力強くなっていると感じています。
Photography by Marc Brenner
――2021年に奇跡的に新演出と振付の許可がおりたそうですね。
クーパー:『コーラスライン』への出演オファーをいただいて、新しいヴァージョンとして作り変える許可がおりたことを知って驚きましたが、新演出を手がけたニコライ・フォスターは、過去の作品を時代に合わせてアップデートすることが得意なので、今回、彼と組んで新版をお届けできるのはいいタイミングだと思いました。
――ニコライさんからオファーを受けたとき、演出家ザックの役作りについて具体的なリクエストはありましたか。
クーパー:彼が望んでいたのは、ザックが舞台上にいるシーンをもっと観たいということだけでした。そうすることで、お客様がザックという人物についてより理解が深まるのではないか、というのが彼の考えでした。その方針に従って、私と彼のアイデアをそれぞれ持ち寄って、ザックというキャラクターを一緒に作り上げていきました。
――新演出版の初演はいつでしたか。
クーパー:2021年12月、イギリス、レスターのThe Curveで初演されたのですが、コロナ禍がやっと収束したばかりで、数回ぐらいしか上演できませんでした。当時、お客様は皆マスクをしていました。私が観客席に降りて歩いていくという演出があったのですが、ウィルスを避けるべく、なるべくお客さんに近づかないように気をつけていました(笑)。
アダム・クーパー Photography by Marc Brenner
アダム・クーパー Photography by Marc Brenner
――ザックが舞台でダンサーたちのそばにいることが多いという、新演出版のアイデアについてどう思いましたか。
クーパー:とても気に入っています。元々のオリジナル・ヴァージョンは、彼が観客席にいて、声だけの出演で「OK、では次の方、どうぞ」といった感じでしたが、新演出版では、ダンサーの一人が自慢げに踊ってみせる様子にザックは関心を持ち、無表情だった彼の表情が、徐々に変化していきます。オーディション参加者が語るエピソードには、楽しい話もあれば悲しい話もあり、いろんな物語が溢れています。ザックは、それら全てに反応を返していきます。新演出版では、彼の声だけではなく、表情からも、彼自身がオーディション参加者たちに対してどのように感じているのかということがお客様にもわかりやすく提示できるようになりました。こうして、彼の多面的な人間性を新しく表現できることに充実感を覚えます。レスターのThe Curveで初演した時は、ザックが舞台に立つ時間はオリジナル版より長くなったものの、それでも観客席にいた時間も結構長かったのです。去年の英国ツアー・ヴァージョンのために作り直し、私は初演時よりもさらに長く舞台に立っていました。
――新プロダクションについてのお客様の反応はいかがでしたか。オリジナル版をお好きな方々も観に来られたと思いますが、新しい演出は気に入っていただけたのでしょうか。
クーパー:新しいヴァージョンを観ることができて本当に良かったという反応が、お客様の表情から感じられました。旧ヴァージョンをご存知の方々も、そうでない方々もいらっしゃったと思いますが、今回のヴァージョンに皆、心から感動してくださったようです。ロンドン公演のキャストで、マイケル・ベネットと共演したことのあるオリジナルのリッチー役の方は、2回も鑑賞され、とても気に入ってくださいました。もちろん、新しいプロダクションがどうなっているのか、お客様にとっては不安もあったと思いますが、いい意味で驚かれたようで、ご覧になった後に「『コーラスライン』はこうあるべきだ」と多くの方が感じてくださったことは、私たちにとっても嬉しいことでした。
撮影:阿部章仁
――今回アダムさんが演じる演出家ザックのキャラクターは、現代ではハラスメントだろうなどと言われてしまうこともあるかと思いますが、今回はどのようにアップデートされているのでしょうか。
クーパー:ザックの元々の性格は今回も変わらず、アップデートされていません。オーディションでは時間に追われ、200人もの人の中から人選をしなければならないというのは簡単な仕事ではありませんが、彼は私よりもずっと怒りっぽいと思います。彼について私が気に入らない点は、昔付き合っていたキャシーをひどくいじめることです。彼女は主役級の女優になりましたが、ハリウッドではうまくいかず、仕事を求め、プライドを捨ててコーラスラインのオーディションに臨まざるを得ない人物です。大勢の人の前で彼女にそんなことをするのは特に残酷です。ザックは複雑な事情を持つ彼女と対峙したときに、自分自身の気持ちをうまく扱い切れていないと思います。その辺りは、脚本に忠実でいなければなりませんし、改訂しても変えられる範囲は限られています。
しかし、ザックは、最高のショーを作るための人材を必死で探しているのです。そして新たな才能を発掘するためにオーディションの場にいます。だからこそ、厳しい態度になるときもあるのです。今回、彼はオーディション参加者たちと共に床に座り、彼らが将来どうなっていると思うかを語る様子に耳を傾けるのです。この場面は、人間的な側面を感じさせるものです。ザックの立場になって考えると、彼が支配したり嫌がらせをしたりするだけの怪物ではないことが分かっていただけると思います。
――ザックのロールモデルになった人物はいるのでしょうか。
クーパー:特定のロールモデルはいませんが、これまで一緒に仕事をしたことのある、ひどい監督や振付家の要素も取り入れました(笑)。また、オリジナル版の原案・振付・演出のマイケル・ベネットのドキュメンタリーを見て、とても興味深い人物だと思ったのですが、ザックの役はベネットに基づいて作られた部分もあるのではないかと思います。私自身は、自分の経験を基に肉付けして、自分なりの特徴を出そうと努めました。
――ザックのキャラクターを作る際、ニコライ・フォスターさんを参考にしたところはありますか。
クーパー:いえ、彼はザックとは全く違います。穏やかで、話し方も優しく、めったに声を荒げたりしません。けれども、彼が発する言葉には、皆が自然と耳を傾ける力があります。彼自身は振付家ではないので、演出や登場人物を作り上げていくことを担当しています。一緒に仕事をして魅力的だと感じる人で、私のアイデアにも他の人のものと同じくらい興味を持ってくれました。私の話にいつも耳を傾けてくれて、できるだけ多くの意見を聞く姿勢がありました。
――ザックの役は、ダンサー出身で振付家・演出家でもあるアダムさんのキャリアに近いと思われますが、ご自身と重なる部分や共感できる部分はどんなところでしょうか。
クーパー:オーディションでは、演出家はたくさんの人を見て、誰を選び、誰を落とすかを判断しなければなりません。私もザックと同じ立場に立つことがあるので、決断するときに感じるプレッシャーについては共感します。また、オーディション参加者が披露するダンスが上手いかどうかだけでなく、その人自身や人柄についても知りたいという気持ちも互いに共通していると思います。
しかしながら、ほとんどのオーディションでは、あまり多くのことをする時間がありません。『コーラスライン』では、一日中かかるように思えますが、通常は午前中にダンスと歌、演技をするので、オーディション・グループと一緒に過ごす時間はだいたい 1 時間から 1 時間半です。また、そのときの調子で良い日もあれば、他人に圧倒されることもあるので、その結果は、彼らの実力を正確に反映するものではありません。そのため、私が人選に当たるときは知り合いから話を聞くなどして、応募者の人となりや、今回のチームと相性が良いかどうか、プロとして本当はどんな人なのか、などについてリサーチすることもあります。
また、ザックが最後に踊るソロは、彼がダンスのキャリアに終止符を打ち、前に進むことについて歌っているのですが、私も彼と同じ気持ちです。踊る役はそろそろおしまいにして、次のフェーズに進みたいと感じています。
Photography by Marc Brenner
――この作品では、オーディション参加者たちが本音をさらけ出していく様が印象的ですが、ダンサーとして歩まれてきたアダムさんは、彼らについて感情移入や共感した点はありますか。
クーパー:子供の頃は、いつも兄と一緒に踊っているだけでよかったので、オーディション参加者たちのようにドラマチックな話やひどい出来事は何もなかったのです。私の場合はスムーズな道のりだったと思いますが、そうでなかった人もいます。例えば、映画『リトル・ダンサー』とミュージカル『ビリー・エリオット』は、イギリス北東部の鉱山町で育った、英国ロイヤル・バレエ団の元同僚の話に基づいています。彼は、特に過酷な経験をしてきました。ほかにも、若い頃、苦労した人たちを何人も知っています。
『コーラスライン』のオーディション参加者の中で、自分に似ているキャラクターは、マイクだと思います。彼もお姉さんと一緒にダンスを始めた人物だからです。私自身がこれまでたどってきた過去は、つくづく幸せだったと思います。
――イギリスのインタビューで、エレン・ケーンさんの振付が素晴らしいとおっしゃっていましたが、お気に入りのシーンを教えてください。ご自分でも彼女の振付を踊って、どのように感じましたか?
クーパー:エレンは今、ロンドンで最も人気の振付師です。彼女は常に仕事をしていて、舞台の仕事が引きも切らず、映画『マチルダ』でも振付も担当しています。『コーラスライン』でも、彼女は素晴らしい仕事をしたと思います。天才クリエイター、マイケル・ベネットの後を継いで新しい振付を創り上げるなんて、さぞ怖かったことでしょう。彼女の作品で好きなのは、ストーリー主導型であることです。すべての動きが物語と登場人物、そして彼らが伝えようとしていることから生まれているのです。
私のお気に入りの場面は、オーディション参加者たちが自身の思春期を回想して次々と告白する「モンタージュ」です。いくつかのセクションに分かれているのですが、特に「パート2:ナッシング」が好きです。エレンが創り上げたこのシーンの振付はとても上手いと思います。オリジナル版にはなかった椅子も用いて、長い列を作ったり、輪になったりして、様々な物語を語っています。彼女の振付は、よく考えられています。私が舞台で毎晩、一番楽しんで観ているのは、恐らくこのシーンです。
彼女のリハーサルでは、最初のうち、彼女の振付と格闘していたダンサーたちが、自分のものにしていくまでの過程を見るのは興味深かったです。彼らが振付の意図を汲み取って踊ると、それはとてもエネルギッシュで巧みなダンスで、現代的でありながら1970年代の雰囲気も残っているので、見応えがあります。今ではこれ以外の振付が想像できないくらいです。私自身が踊るときも、彼女の振付が大好きです。私が演じるキャラクターらしい動きで、とても具体的です。それぞれの場面ごとにしっくりと感じ、物語にも合っているのです。
Photography by Marc Brenner
――次世代のすぐれたアーティストをマネジメントするエージェント業務を始められました。どんな経緯で始めたのでしょうか。
クーパー:エージェントの仕事を始めたのは、私が教えているパフォーミングアーツの学校で、卒業生たちが何の助けも得られないで放り出されているのを目にして、彼らを助けたいと思ったからです。9ヶ月ほど前には、私がエージェンシーを立ち上げると聞いた知り合いが、自分たちの代理人も引き受けてくれないかと私宛の手紙で頼んできたのです。彼らは既にウェストエンドで活躍しているダンサーたちです。今では24人ほどのクライアントを抱えていて、とてもやりがいを感じています。
こうした分野にニーズがあることは分かっていましたが、自分が楽しめるかどうかは分かりませんでした。でも、人助けは大好きで、次世代に恩返しをし、彼らを助ける方法の一つだと思います。特にイギリスでは、この業界は非常に厳しく、パフォーマーやダンサー、俳優、歌手を輩出する学校はたくさんありますが、仕事は限られています。一方、仕事を求める人は年々増えており、エージェントを見つけることさえできない人もたくさんいます。エージェントの数も少ないならば、私がやれば何人かを助けられるし、何もしないよりはいいのではないかと思って始めました。今後、規模が拡大していくのかは分かりませんが、とにかく忙しくしています。パソコンの前に座って作業を続け、気が付いたら夜が明けていることもあります。でも、この仕事は楽しいです。
『コーラスライン』
【日本プレミア公演】 2025年 9月8日(月)~22日(月) 東京建物 Brillia HALL
【仙台公演】2025年9月27日(土)~9月28日(日)仙台サンプラザホール
【大阪公演】2025年10月2日(木)~10月6日(月)梅田芸術劇場メインホール
【東京凱旋公演】 2025年 10月10日(金)~19日(日) Theater H
原案・振付・演出 マイケル・ベネット
演出 ニコライ・フォスター
振付 エレン・ケーン
出演 アダム・クーパー 他
上演時間 約2時間(休憩なし)
※英語上演/日本語字幕付/生演奏
公式サイト https://tspnet.co.jp/acl/
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