ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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佐々木 三重子 text by Mieko Sasaki 
[2017.12.11]

原作のメルヘン的美しさと哲学的な深遠を絶妙に融合させた傑作バレエ『魔笛』

Bejart Ballet Lausanne モーリス・ベジャール・バレエ団
Program A:『The Magic Flute』 Choreographed by Maurice Bejart
Aプロ:『魔笛』モーリス・ベジャール:振付
Program B:『Piaf』『Bolero』Choreographed by Maurice Bejart, 『Kyodai』『Anima Blues』Choreographed by Gil Roman
Bプロ:『ピアフ』『ボレロ』モーリス・ベジャール:振付, 『兄弟』『アニマ・ブルース』ジル・ロマン:振付

20世紀のバレエ界に革命をもたらした振付の鬼才、モーリス・ベジャールの没後10年を記念して、モーリス・ベジャール・バレエ団(BBL)が、芸術監督のジル・ロマンに率いられて来日した。ベジャールは1960年に20世紀バレエ団を創設して華々しい活躍を展開したが、1987年に名称をモーリス・ベジャール・バレエ団(BBL)に改め、ローザンヌを拠点に新たなスタートを切った。今年はその新生BBLの30周年に当たるが、同時に20世紀バレエ団として初来日を果たしてから50周年の記念の年でもある。それだけに今回の来演にはとりわけ感慨深いものを覚えた。
プログラムは2種。Aプロはベジャールがモーツァルトのオペラ『魔笛』を完璧にバレエ化した大作で、Bプロはベジャールの最高傑作の一つ『ボレロ』やロマンの意欲的な振付作品で構成されていた。なお、ベジャールの命日(11月22日)とその翌日には、ロマンがBBLの”兄弟カンパニー“という東京バレエ団との特別合同ガラも行われたが、こちらは別項で。ともあれ、単独公演と合同公演を合わせて、ベジャールの計り知れない偉大さと、その芸術を継承するBBLという掛け替えのない存在を改めて実感させられた。

tokyo1712c_4213.jpg 『魔笛』
photo Kiyonori Hasegawa(すべて)

Aプロ:『魔笛』
『魔笛』はモーツァルトの晩年の2幕のオペラ。夜の女王の娘パミーナの肖像画を見て恋に落ちた王子タミーノは、彼女を救いに鳥刺しパパゲーノをお供にザラストロの神殿に向かうが、ザラストロは太陽の世界を司る徳の高い高僧と教えられ、課せられた試練を乗り越えて、タミーノはパミーナと、パパゲーノはパパゲーナと結ばれ、ザラストロの世界に迎えられるという物語である。太陽の世界の奪還をもくろむ夜の女王はザラストロに敗れるが、ベジャールは自身が理想とする世界を反映させ、両者が和解するというオペラとは異なる結末に変えている。魔笛とは、夜の女王からタミーノに与えられた身を守る魔法の笛のことで、パパゲーノには魔法の銀鈴が与えられる。メルヘンのような筋立てだが、ザラスロトが象徴する光=太陽=善の世界と、夜の女王が象徴する闇=夜=悪の世界の対立を背景に、宗教的、哲学的な要素も盛り込まれていて奥が深い。課せられる試練は成人になるための、入信するための通過儀礼のようで、モーツァルトと秘密結社フリーメイソンとの係わりが暗示されてもいる。ベジャールは原作が持つメルヘン的な楽しさと哲学的な深遠さを絶妙に掛け合わせ、台詞の入るジングシュピール(歌芝居)を見事にバレエ化してみせた。初演は1981年で、日本では13年振りの再演だが、今なお新鮮に映った。

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奥に二層を設けただけのシンプルな舞台だけに、むしろ登場人物たちの色鮮やかな衣裳が目を奪った。真っ赤なズボンのタミーノ、純白の総タイツのパミーナ、金色に輝くローブとズボンのザラストロといった具合だ。ダンサーたちはそれぞれに個性的で秀逸だった。筆頭は夜の女王を演じたエリザベット・ロスで、歌唱に合わせて身体を痙攣させ、つま先から強烈なパワーを放ち、舞台を制覇していた。対照的に、ザラストロのジュリアン・ファヴローはしなやかな身のこなしで、強靱さではなくオーラで勝負した。幕切れ近く、ザラストロに敗れた夜の女王が光の衣裳を着て現われ、ザラストロと睦み合って踊るデュオが輝かしく映った。タミーノのガブリエル・アレナス・ルイスは伸びやかな身体のラインを活かして踊り、パミーナのカテリーナ・シャルキナと滑らかにパ・ド・ドゥを展開。パパゲーノのヴィクトル・ユーゴー・ペドロソはおどけた演技やステップを卒なくこなし、パパゲーナのジャスミン・カマロタと見せたコミカルなデュエットが微笑ましかった。

ほかにも、モノスタトスのミケランジェロ・ケルーチは、悪役を匂わせるメイクを施し、力強いジャンプで奇怪さを発揮していた。夜の女王の三人の侍女たちは競うようにアグレッシブに脚を操り、タミーノの道案内をする三人の童子は無垢な演技で和ませた。最後に、弁者を務めたマッティア・ガリオットが語り手の役を達者にこなし、ドラマを牽引していたことにも触れておきたい。なお、背後に大きく投影された図形はフリーメイソンのシンボルだろうか。壇上で同じ形のポーズを取る男女の姿は、ベジャールが希求する調和の世界を表わしているようにも感じられた。初めて『魔笛』のバレエを観た時は、ベジャールの作舞や演出に圧倒されるばかりだったが、今回は余裕ができたのか、演奏にも聞き惚れた。それもそのはず、オーケストラはカール・ベーム指揮のベルリン・フィルで、歌手陣にはフランツ・クラスやロバータ・ピータース、ディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウら往年の名歌手が名を連ねているのだから。けれど、その歌唱力に拮抗する踊りをみせたBBLのダンサーたちも凄いと改めて思った。
(2017年11月17日 東京文化会館)

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tokyo1712c_6169.jpg 『魔笛』 photo Kiyonori Hasegawa

Bプロ:『ピアフ』『兄弟』『アニマ・ブルース』『ボレロ』
幕開けの『ピアフ』(1988年)は、ベジャールがエディット・ピアフのシャンソン8曲を用いて振付けた30分強の作品。後方にピアフの写真が映し出された舞台で、〈愛の言葉〉や〈水に流して〉の歌声にのせ、カジュアルな服の男たちが次々にソロや群舞を繰り広げていった。彼らは彼女によって見出され、活かされた男たちを表すのだろう。男たちは短パンになって踊りまくりもし、最後は全員がピアフのポートレートに深々とお辞儀して終わった。それは、歌を通して男たちの心に生き続けるピアフという存在を鮮やかに浮かび上がらせ、ピアフへの爽やかなオマージュになっていた。〈アコーディオン弾き〉を踊ったウィンテン・ギリアムズや、〈冷淡な美男子〉のアンジェロ・ペルフィド、〈私の回転木馬〉のスン・ジャユン、〈道化師万歳〉のハビエル・カサド・スアレス、〈私の友達リュシアン〉のドリアン・ブラウンは、小気味よいジャンプや弾けるような身体性で、それぞれの個性をアピールしていた。

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『兄弟』(2014年)は、ロマンがアルゼンチンの伝奇作家ホルヘ・ルイス・ボルヘスの短編小説「侵入者」に着想を得て創作した30分強の作品。ラヴェルやサティ、シティパーカッションのほか、美空ひばりが歌う〈ラ・ヴィ・アン・ローズ〉に吉田兄弟の三味線と、多彩な音楽が用いられていることや、日本人ダンサーの那須野圭右と大貫真幹を起用して初演したというのが話題だった。寝台のような傾斜した台に寝そべる那須野と大貫は双子の兄弟なのか。そこに入り込んでくる双子の姉妹のようなジャスミン・カマロタと大橋真理は補助的な役割だった。後から侵入してきたリザ・カノは、兄弟と代わる代わる踊ったりするが、兄弟に彼女をめぐる確執のようなものは希薄。なよなよとした腕の動きなどが特徴的だった。新たにガブリエル・アレナス・ルイスが侵入してくると、カノはルイスと組んで踊ったが、インパクトはむしろこちらのほうが強かった。原作を知らないこともあるが、登場する人物の関係性が曖昧でつかみきれず、場面も小間切れに進行していったため、もう一つ要領を得ず、個々の踊りも今一つ楽しめなかった。

ロマンの『アニマ・ブルース』(2013年)は、男性は誰しも自分の中に女性的な一面を持つとするユングの精神分析に創意を得たという40分の作品。アニマとは、ユングがその女性性を表すのに用いた言葉だそうだ。音楽はシティパーカッション。薄暗い舞台には、駅のホームにあるようなイスが置かれている。男の後ろから飛び出てくる、サングラスを掛けた美しい女性は、男の女性性の現われなのか、それとも内なるもう一人の自分が具現化したものなのか。舞台ではパンツ姿の男たちやレースのワンピースの女たちが、ペアになったり、男と女とばらばらになったりして、様々なスタイルで踊るが、そこに男性性と女性性の交錯や両者の衝突が描かれているようでもある。そんな中、オードリー・ヘップバーンを真似てサングラスに帽子をかぶり、お洒落なドレス姿で優雅に歩いてみせたカテリーナ・シャルキナの美しさが際立っていた。彼女は格子のブラウスに白のスリムなパンツでも現われ、たおやかなソロを舞いもした。彼女が演じたオードリーは何を象徴するのか。ファヴローやロスらベテランの存在も光っていたが、ともあれ、起伏に富んだダンスシーンを矢継ぎ早に繰り広げていったダンサーたちの力量がうかがえる舞台ではあった。

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最後は、ベジャールのあまりにも有名な不滅の傑作『ボレロ』(1961年)。赤い円卓の上で踊るこの日の“メロディ”はファヴローだった。ラヴェルの音楽にピタリと寄り添い、緻密に厳格に振付けられていながら、踊るダンサーの個性が滲み出る不思議な作品である。成熟期を迎えたファヴローだが、冒頭、ライトを浴びる長い指が繊細にも逞しくも映った。律動的に身体をバウンドさせながら、視線を定めて精神を集中し、円卓を囲む男性群舞からパワーを吸収して、自身のエネルギーに転換していくあたりに、ファヴローの練達の演技が感じられた。音楽の高揚につれ、捨て身の覚悟を高めていき、爆発する音楽と共に自身もエネルギーを爆発させて燃え尽きた。公演を締めくくるにふさわしいベジャールの作品、渾身の力を振り絞ってみせたファヴローの演技だった。
(2017年11月25日夜 東京文化会館)

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photo Kiyonori Hasegawa(すべて)