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『眠れる森の美女』『ジゼル』『ザ・カブキ』と、全幕もの主役を次々と踊る柄本弾(令和6年度芸術選奨文部科学大臣賞受賞)に聞く

ワールドレポート/東京

インタビュー=佐々木 三重子 Text by Mieko Sasaki

東京バレエ団のプリンシパル、柄本弾が、令和6年度芸術選奨舞踊部門で文部科学大臣賞を受賞した。2008年に東京バレエ団に入団後、古典バレエから現代バレエまで多くの作品で主役を務めて成果を上げてきたことや、特に昨年はクランコ版『ロミオとジュリエット』のロミオ役やベジャール振付『ザ・カブキ』の由良之助役で、ドラマティックな演技力とキレのあるテクニックで説得力ある作品に仕上げていたことが評価されての受賞で、昨年の服部智恵子賞(日本バレエ協会制定)に続く受賞であり、トップ・プリンシパルとしての更なる活躍が期待される。そんな柄本に、受賞の喜びやプリンシパルとしての心構え、作品との取り組みなどについて聞いた。

――このたびは、芸術選奨文部科学大臣賞のご受賞、おめでとうございます。今、どのようなお気持ちですか。

柄本:最初お話を聞いた時は、まさか自分がこの賞を受賞するなんて考えもしなかったので、信じられませんでした。未だに(受賞したという)実感があるのかないのか、よく分かりません。ただ、こういうふうに取材していただいたり、たくさんの方からお祝いのメッセージをいただいたりして、やっと少しずつ実感が湧いてきたかなという感じです。未だに夢見心地の感じです。

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photo Shoko Matsuhashi

――東京バレエ団のダンサーでは、2022年に現在はゲスト・プリンシパルの上野水香さんが同じ文部科学大臣賞を、2024年にプリンシパルの秋山瑛さんが文部科学大臣新人賞を受賞されるなど、名誉ある受賞が続いていますね。

柄本:確かに受賞が続いていますね。その中に自分も入れたということで、素直に嬉しいです。これからも変わらずに、天狗にならないように(笑)、頑張っていこうと思います。

――柄本さんは、古典から現代まで幅広い作品で色々な役を見事にこなされていますが、ご自身でご自分の長所はどんなところにあると思われますか。

柄本:皆さまによく評価していただいているのは、存在感であったり、表現力や演技だったり、あとは女性をサポートするところでしょうか。これが比較的、評価していただいているポイントのようです。そこは自分でも他のダンサーには負けたくないという思いはあります(笑)。

――存在感は確かにすごいですね。どんな役でも、柄本さんが舞台に現れただけで違ってくるんですよね。役作りについて、何か意識して取り組まれていることはありますか。

柄本:特別に何かというのはありません。根底にあるのは、その役を演じることを楽しむことです。作品が、例えば『ジゼル』のような暗い作品の役であったとしても、常に、その役を生きることを楽しもうという気持ちで臨んでいます。

――その役を生きるために、特に何かしておられますか。

柄本:特別には何もしていません。昔は役作りのために家でいろいろ考えたりもしました。でも僕の場合は、リハーサル以外の時間で、自分でその役をあまり固めすぎてしまうと、リハーサルで注意された時に即座に直すのが難しいのです。なので、できるだけ自分であまり作りすぎずに、リハーサルをしていく過程で感じたものをピックアップして、そこから自分の中で創り上げていくというやり方を今はしています。柔軟なのか、柔軟ではないからそうなったのか、自分ではよく分かりませんけれど。

――同じ作品でも、演じるたびに変わってくるのでしょうか。

柄本:多少の変化はあると思います。特に『ザ・カブキ』の由良之助は、もう15年も踊っている役なので。正直なところ、初めて踊った時と2回目くらいと比べると、それほど大きな変化はないと思います。でも、自分の中に沁みついているものや、舞台を一回こなすことで見えてくる景色というのは少なからずあるので、そういうものを大切にして、次の舞台がより良くなるように、自分の中で変えていくということは、大切にしようと思っています。

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「ザ・カブキ」 photo Shoko Matsuhashi

――20歳という若さで鮮烈な由良之助デビューを飾られましたが、その時のことは覚えていらっしゃいますか。

柄本:あの時の会場はオーチャードホールでしたね。基本的に、舞台の初日は今まで演じてきた先輩が出演して、2日目が新人キャストという形になると思いますが、この時は逆で、初日に踊らせてもらったのを覚えています。その時の出来が良かったと問われると、良かったという記憶はないのですけれど。『ザ・カブキ』の公演が終わって、翌日の朝、パッと目覚めた時に、「あっ、劇場に行かなきゃ」と思ったことは覚えています。自分の中に終わった感がなかったのかも知れません。そこに達成感があったのかどうかは分かりませんが、『ザ・カブキ』のモードから抜け出せていなかったのでしょう。初演時の思い出としては、それが一番強いかも知れません。

――何度も踊ってこられて、演技の面や役作りの上で変わってきたことはありますか。

柄本:そんなに大きな変化というのはないかも知れません。一番大きく変わったことは、周りを踊ってくださるダンサーが、最初のころは自分より上の人しかいなかったのが、今はほとんどが自分より下の若い世代のダンサーになったということでしょうか。自分だけが本番を良い状態で迎えられるようにというだけでなく、周りのダンサーを引っ張っていくというか、周りのダンサーにも目を向けて本番に臨むように心掛けるようになりました。

――それは、ある意味で余裕ができたということでしょうか。

柄本:というより、2023年からバレエ・スタッフとして指導の立場に入ったことが少なからず影響していると思います。良い舞台を創るには、主役が良ければとか、誰かが良ければというよりも、ダンサー皆が同じ方向を向いて一つの舞台を創り上げることが、何よりも良い舞台になると信じているからです。皆の方向を一つにするために、主役のダンサーが周りに意識を向けていくことも大事なことかなと思います。

――バレエ・スタッフに就任されたからこそ、そう思われるようになったのですね。

柄本:そうだと思いますが、その前からも、そう感じたことはありました。初めて『ボレロ』を踊らせていただいた時にも、そう思いましたから。ただ、取り組み方というか、周りのダンサーを見る機会というのは、圧倒的にバレエ・スタッフになってから増えました。ダンサーひとりひとりに合わせて指導するところまでは、まだ器用にできていませんが、そういったことを意識するようにはなりました。

――『ザ・カブキ』ではずっと由良之助の役でしたが、ほかに師直の役も演じられるようになりました。そのことで、由良之助の役の取り組み方など、何か変わりましたか。

柄本:『ザ・カブキ』では、もちろん由良之助が主役で、古典バレエでいう悪役が師直です。古典バレエでは、主役と悪役が戦うなど、基本的に二人が絡むシーンがありますが、『ザ・カブキ』ではこの二人が絡むシーンは一切ありません。主役は踊りがハードで、リハーサルの時間も長くなるので、自分が出ていないシーンはあまり係わらないので、見ないことが多くなりがちです。師直を演じることになったら、師直が出ているところは唯一、由良之助が出ていないシーンなので、師直を演じることで作品全体が見えてくるようになりました。例えば塩冶判官がどういうふうに怒りを募らせて師直を切りつけていくかなど、その心境が想像しやすくなりました。それが分かることによって、由良之助の役に活かせることもあると思います。その意味で、両方を演じることは作品全体を知ることに繋がるというか、自分を含めてダンサーたちが演じるキャストをより深く知ることに繋がると思います。繰り返しになりますが、両方を演じることで作品全体を見渡せるようになるというのは強みですし、両方を演じられるのは有難いことでもあります。

――『眠れる森の美女』では、デジレ王子のほかにカラボスも演じられましたが、こちらはいかがでしたか。現団長の斎藤友佳理さんが芸術監督を務められていた時に新演出・振付けされたヴァージョンです。

柄本:『眠れる森の美女』の場合もそうですが、僕は主役を踊っている作品では、だいたい悪役も演じています。『眠れる森の美女』は、『くるみ割り人形』もそうですが、王子の出番というのは比較的スタートが遅いです。王子が登場する前に、カラボスという対照的なポジションのメインどころが早く出てくるので、両方のメインどころを演じることができたというのは、自分でも自慢できるのかなと思います。

――斎藤版では、カラボスは男性も女性も演じられる形で、柄本さんと伝田陽美さんのダブルキャストでした。役について話し合われたりしましたか、また伝田さんの舞台はご覧になりましたか。

柄本:もちろん、観ました。彼女と僕とでは、もともと性別が違いますし、それぞれが描くカラボス像も違っています。僕のほうはどちらかというと老婆の感じで、伝田さんのほうは比較的若いという感じでした。そもそもの役作りが違うので、比較してどうというのはありません。

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「眠れる森の美女」 photo Shoko Matsuhashi

――デジレ王子の役については、どのようなイメージで取り組まれたのですか。

柄本:友佳理さんの意向は、古典バレエの良いところは残しつつ、現代の人にも受け入れられるようにしたいということでしたので、その微妙な境目のところをどう演じるかが一番難しかったです。王子としては、僕はどちらかというと表現をやりすぎてしまうタイプなので、王子としてやり過ぎずに、かつ繊細な表現というのを、やり過ぎない範囲でいかに出し切るかという境目が一番難しかったです。やりる過ぎると、デジレがカラボスみたいになってしまいますから(笑)。

――この4月から6月にかけては、三つの全幕物の公演が続きますね。

柄本:もう大変ですよ。『眠れる森の美女』(4月下旬)を上演して、『ジゼル』(5月中旬)をやって、『眠れる森の美女』の国内ツアーをした後に『ザ・カブキ』(6月下旬)なのですから。よくもここまで繋げてくれたなあと(笑)。ここまで全然違う役の作品が回ってくるとは思っていなかったので、本当にハードな三カ月になると思います。

――『ジゼル』のアルブレヒトの役については、どのように捉えておられますか。

柄本:アルブレヒトはナルシストですね。そういう意味ではデジレ王子とは違う役どころです。僕はいろいろな役を演じることが好きなので、これだけ毎月レパートリーが変わると、やりがいはあるなあと思います。パートナーが今回はまた沖香菜子さんになるので、それも楽しみです。(2023年のオーストラリア公演の『ジゼル』では中島映理子と組んだ)パートナーが変わると、もちろん取り組み方も変わってきます。扮する内容は同じとしても、演技のタイミングなども全然違うし、パートナリングも相手によって変わってきます。どこまで相手に要求するかとか、どういうふうに自分たちで演技のプランを立てるかというのも全く違ってくるので、ほぼ別ものの作品になるといっても過言ではないくらい変わると思います。

――アルブレヒトは、ジゼルを裏切っていたことが分かってしまいますよね。婚約者がいる前では、ジゼルにはっきりした態度が取れないとか、その辺の心の動揺はどのように表現されますか。

柄本:アルブレヒトは、そこではその場を生きるだけなので、公爵の顔色をうかがいつつ、ジゼルが好きではありますけれど、婚約者がいる手前、どうしてあげることもできないという、アルブレヒトにとっては歯がゆい状態ではあると思います。ジゼルのことを本気で好きになってしまったがために、というところでしょうか。

――ヒラリオンも踊られていますが、ヒラリオンは役としてどのようにお考えですか。アルブレヒトを踊っていることが、ヒラリオンの演技に反映されたりはしませんか。

柄本:僕はヒラリオンのほうを先に演じています。アルブレヒトを踊るようになってからは、ヒラリオンを演じていません。ただ、個人的にはヒラリオンを演じるのは結構、楽しかったですね。ヒラリオンは純粋にジゼルのことが好きで、そこに見たこともないアルブレヒトが勝手に入ってきて、彼女と仲良くなってしまうわけですが、そういうことはある意味、プライベートでも起こりうるシチュエーションですよね。前から好きだった人を勝手に取られてしまうというのは。普段でも想像しやすいシチュエーションというのは、演技も比較的しやすいと思いますよ。そういう意味で、ヒラリオンは、僕は演技がしやすかった気がします。

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「ジゼル」 photo Kiyonori Hasegawa

――ベジャールの作品では、この2月に『くるみ割り人形』に出演されました。今回はグラン・パ・ド・ドゥではなく、初めて「M...」の役を演じられました。

柄本:ベジャールの『くるみ割り人形』は以前から映像で観ていたこともあって、僕の中で「M...」のイメージは、ジル・ロマンさんでした。
まさかその役が自分に回ってくるとは思っていなかったですし、正直、自分に合うような役ではないと思っていたので、友佳理さんからその役を僕にと言われた時,率直に「無理です」と答えました。ジル・ロマンさんのイメージが強すぎたので、勝つ負けるの問題ではないですけれど、僕には荷が重いと。最初はそういうふうに断ったのですけれど、その話をジルさんにしたら、「君と僕の良さは全然違うし、僕の真似をする必要はないから、君の「M...」になれるよう、僕は最大限のサポートをするから」と言って下さいました。ジルさんはこの作品の初演の時に踊られたダンサーで、その人のために振付けられたダンスでもあるので、それを初演の時に踊ったダンサーから直に教わるというのは、どの作品においてもそうですが、すごく強い意味を持つと思います。創作の時の風景だったり、そこにどういうニュアンスが込められているかなど、すべて教えていただきました。ジルさんから役について事細かに指導していただいたことは、自分のダンサーとしての経験においても、有意義というか、とても価値のある時間だったと思います。

――柄本さんはスタイルの異なる作品で本当に多彩な役を踊ってこられましたが、これから踊りたい役はありますか。

柄本:東京バレエ団のレパートリーの中では、踊りたいと思った役はほぼ踊らせていただいていますが、唯一と言うか、自分の中で一番踊りたい役は、オネーギンですね。

――斎藤友佳理さんは、いずれ『オネーギン』を上演したいと思われているようなので、それは実現するのでは。

柄本:それをあまり期待しすぎてはいけないので、気長に待っています。

ーーオネーギン役のどんなところに憧れますか。

柄本:演技ですね、第1幕からの。作品のドラマティックさがすごく好きなので、その作品の中に、主役としてドラマの中心にいられたら、これほど楽しいことはないだろうなと思います。

――『オネーギン』に取り組むのは、ある程度ダンサーのキャリアが熟した時にとお考えですか。

柄本:自分の中でも、オネーギンを踊るのだったら、あまり若い時にはしたくないと思っています。実年齢というのか、自分の年齢がオネーギンに近いところまでいった時に演じたいですね。上演できるようになった時に、身体が衰えていないように、しっかりと自分の中で調整はしておかないといけないと思っています。

――オネーギンを踊ったダンサーで、特に好きな方はいらっしゃいますか。

柄本:エヴァン・マッキーさんですね。東京バレエ団に客演された時(2012年)に観ましたが、向こう(シュツットガルト・バレエ団)で何度も踊られていると聞いていましたので、自分の中では彼のオネーギンこそ "ザ・オネーギン" だなというイメージです。東京バレエ団が初演した時(2010年)はバレエ団のダンサーのトリプル・キャストで、三者三様にそれぞれ違う個性が出ていましたし、すごく素晴らしかったと思います。当時、僕は20歳だったか、すごく若かったので、正直なところ、オネーギンに惹かれるというよりは、どちらかというとレンスキーを踊りたいなと思っていました。でも、そこから色々なことを経験させていただいて、今の自分の強みはどうかということになると、やはり、オネーギンを踊りたいと思います。

――斎藤友佳理さんは、クランコ版の『ロミオとジュリエット』を東京バレエ団で初演した時(2022年)から、ロミオとジュリエットを踊っているダンサーが、いずれは『オネーギン』でオネーギンやタチヤーナを踊るようにというプランをお持ちのようなので、それが実現されるのを楽しみにしています。今日はありがとうございました。

[柄本弾の今後の出演予定作品]

『眠れる森の美女』(デジレ王子)4月26日(土)東京文化会館 / 6月11日(水)岡山芸術創造劇場 ハレノワ大劇場:(カラボス)4月24日(木)、28日(月)東京文化会館/6月14日(土)滋賀県立芸術劇場 びわ湖ホール大ホール
『ジゼル』(アルブレヒト)5月16日 東京文化会館
『ザ・カブキ』(由良之助)6月27日(金)、29日(日) 新国立劇場オペラパレス
詳細はhttps://www.nbs.or.jp/stages/stages-index.html

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