ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi 
[2015.01.13]
♪バレエ昔も今も♪BALLET OLD AND NEW♪
かつて橘秋子は、日本の題材を用いて日本のオリジナルのバレエを創作するという明快な目標を掲げて、3部作(『飛鳥物語』『角兵衛獅子』『戦国時代』)を創った。未だ日本のバレエが揺籃期を迎えたばかりの時代に、このように大きな芸術的課題に挑戦したことは、今日の日本バレエ界では正しく評価されているとは言えないが、じつに勇気のあるスピリットだった。またそのほかの当時活躍した女性舞踊家も、貝谷八百子、服部智恵子、太刀川瑠璃子にせよ、あるいは今日もバレエ団総監督を務める谷桃子にせよ、それぞれ果敢な大きな目標を持ってクラシック・バレエの道を邁進した。それはもちろん、そうした精神が漲っていた時代だったのだ、ということも言えるのかも知れない。
21世紀に入って早くも15年ともなる今日の日本で舞踊家として活躍してい女性は、中村恩恵の名前を挙げることができるだろう。コンテンポラリー・ダンスとしてのオリジナル作品が主体だが、バレエをベースとしており、首藤康之とのコラボレーションでもいくつかの良い仕事をしている。1月には、大岡信・台本、一柳慧・作曲のオペラ『水炎伝説』の演出・振付・美術を担う。初めてのオペラでどのような舞台を見せてくれるのか、とても楽しみである。オペラといえば、谷桃子バレエ団の伊藤範子もオリジナル作品で良い仕事をしている。2013年のコメディア・デラルテのオペラを舞踊化した『道化師〜パリアッチ〜』、昨年11月に世田谷クラシック・バレエ連盟で上演した『ホフマンの恋』など、ユニークで濃密な振付作品を発表して注目されている。
新しい年を迎えて、こうしたオリジナルな創作活動に着目して、バレエ界に新たな創造の気運を大いに高めていきたい、と思う。

豪華で華麗なディヴェルテスマン、成熟したロシア・バレエの美しさを堪能、ボリショイ『白鳥の湖』

THE BOLISHOI BALLET ボリショイ・バレエ団
"SWAN LAKE" original choreogrsphy by Marius Petipa, Lev Ivanov and Alexander Gorsky, choreography by Yuri Grigorovich(2001 newversion )
『白鳥の湖』マリウス・プティパ、レフ・イワノフ、アレクサンドル・ゴールスキー:振付、ユーリー・グリコローヴィチ:振付改訂・制作(2001年)、ユーリー・グリゴローヴィチ:台本、演出

3年ぶりとなるボリショイ・バレエ団&ボリショイ劇場管弦楽団の来日公演は『白鳥の湖』『ラ・バヤデール』『ドン・キホーテ』の全幕3作品を持って来日し、全国7都市で17回の舞台を披露した。ダンサーおよびボリショイ劇場オーケストラ団員、スタッフの総計230人にもおよぶという大規模な引っ越し公演である。

tokyo1501a_01.jpg ニクーリナ、スクヴォルツォフ 撮影/瀬戸秀美

『白鳥の湖』は『ラ・バヤデール』とともに、ボリショイ劇場に復帰したユーリー・グリゴローヴィチが制作した舞台。プティパ、イワノフ、ゴールスキーにグリゴローヴィチの振付、台本、演出はグリゴローヴィチで、その2001年のヴァージョンである。(公演プログラムにはグリゴローヴィチ自身が振付の住み分けを書いている)美術はグリゴローヴィチと共に仕事をすることの多い、シモン・ヴィルスラーゼ。
開幕では、野外ではなく宮殿の中でジークフリート王子の誕生パーティが行われている。ヨーロッパ文明の影響を受ける以前の古代ロシアの印象を残す荘重なセットで、舞台中央に巨大なエンブレム風のオブジェが吊されている。これが強固な王国の権威を現して、登場人物に威圧感を与えている。王子は理想の愛を夢見る青年だが、この権威を継承して守っていかなければならない、という心理的プレッシャーを感じている。さらに、第2幕、第3幕の幻想的場面となると、同じ大きさの白鳥をあしらった魔術的オブジェが現れる。この二つのオブジェにより、幻想と現実が描きわけられている。魔術的オブジェは、白鳥に変えられているオデットの強い心理的プレッシャーをも表している。そして人生は常にこうした圧迫感と闘いながら生きていかなければならないのだ、とこのバレエは語っているようでもある。衣装の全体の色調は渋いゴールドと黒のシックなもので、セットの色調ととても良くマッチして、現実と幻想と魔術が交錯する世界を現出している。

グリゴローヴィチの演出は、人物の登場のさせ方にも凝っていて、いつも舞踊的変化をつける。王子の登場も爽やか。パ・ド・トロワは王子と二人の女友だちが踊る。王子を観客に紹介するにはちょうど良い。また、ボリショイ劇場管弦楽団の演奏だけあって、堂々としたオープニングは豪華絢爛で観客を惹きつけるには充分。
オデット/オディール踊ったアンナ・ニクーリナの踊りはほとんど申し分なかった。しかし、もう少し張り詰めた、触れると破裂してしまいそうな緊張感を全体に漲らせて欲しいようにも思った。オディール役でもさらに王子を翻弄する魅力を強調して欲しかった。マクシーモアやセメニャカに師事しているという。自分を強く主張するタイプの踊り手ではないのかもしれない。ケレン味のない真面目な踊りが持ち味とみえたが、これからさらに踊り込んでいくうちに優れた面が際立ってくるだろう。ジークフリート王子を踊ったルスラン・スクヴォルツォフは落ち着いて踊り、舞台全体へも配慮が行き届いてていた。ただスクヴォルツォフならではという特別な表現力は、未だ顕著には現れてはいなかった。
グリゴローヴィチ・ヴァージョンの大きな特徴のひとつとして、デヴェルティスマンが豪華だということがある。近年の演出の傾向はデヴェルティスマンをドラマの本筋から外れたものとして控え目にする傾向にあるが、グリゴローヴィチはそんな風潮には一顧だにしない。チャールダッシュからルースカヤ、スパニッシュ、ナポリターナ、マズルカと、ソリストを男性女性のコール・ドとともにたっぷりと踊らせ、そのソリストがそれぞれの国の花嫁候補となるわけだから、当然のこととは言え理にかなっている。私はルースカヤとマズルカが好きなので堪能させてもらった。ほかの踊りも良かったが、この二つはオーケストラの演奏ともども特に素晴らしかった。よろけたダンサーもいたが、そんなことを遙かに越えた美しさが舞台上に顕現していた。かくも素敵なデヴェルティスマンを観て、次の『ラ・バヤデール』を観るのがたいへん楽しみとなった。確かにドラマチックな演劇的興趣が横溢するバレエシーンもいいが、絢爛たる踊りもまたかけがえのないバレエの楽しみである。ロットバルトも道化も適度に踊り、登場人物の出演シーン、舞踊シーンのバランスが見事で、成熟したロシア・バレエの美味に酔わされた一夜だった。
(2014年11月26日 Bunkamura オーチャードホール)

tokyo1501a_02.jpg 「白鳥の湖」アンナ・ニクーリナ、ルスラン・スクヴォルツォフ 撮影/瀬戸秀美