パリ・オペラ座バレエと英国ロイヤル・バレエのスター・ダンサーが共演した豪華版『ラ・バヤデール』、〈バレエ・スプリーム〉公演
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ワールドレポート/東京
佐々木 三重子 Text by Mieko Sasaki
〈バレエ・スプリーム〉Bプロ(オペラ座チーム&ロイヤルチーム合同公演)
『ラ・バヤデール』(マリウス・プティパ:振付)よりハイライト、他
世界のバレエ界の頂点に立つパリ・オペラ座バレエ団と英国ロイヤル・バレエ団の選りすぐりのダンサーによるガラ公演〈バレエ・スプリーム〉が、8年振りに開催された。2017年に第1回を開催し、2020年に第2回を計画したものの、コロナ禍の影響で中止になったため、今回が2回目である。洗練された様式美とエレガンスを誇る世界最古のパリ・オペラ座バレエ団と、フレデリック・アシュトンやケネス・マクミラン作品など物語バレエを得意とする英国ロイヤル・バレエ団による、それぞれの個性を際立たせた公演が期待された。
今回の公演プログラムは3種類。「ロイヤルチーム」(英国ロイヤル・バレエ団)によるAプロで始まり、「オペラ座チーム」(パリ・オペラ座バレエ団)によるCプロで幕を閉じたが、間に両チームの合同によるBプロが置かれていた。この合同公演では、パ・ド・ドゥに加えて、『ラ・バヤデール』より見せ場の踊りを両チームのダンサーたちが踊りつなぐというガラ公演ならではの企画が用意されていた。ここでは注目されたBプロを取り上げたい。
最初に、参加したダンサーの顔触れを紹介したい。英国ロイヤル・バレエ団からは、チームのリーダーを務めた大御所のサラ・ラムを筆頭に、ワディム・ムンタギロフ、ウィリアム・ブレイスウェル、金子扶生らプリンシパル8人に若手注目株の五十嵐大地らを加えて全部で10人。パリ・オペラ座バレエ団からは、ポール・マルクやオニール 八菜、パク・セウンらエトワール5人と、アントワーヌ・キルシェールやアントニオ・コンフォルティら期待の若手5人に加え、特別ゲストとしてベテランのロベルト・ボッレも参加した。男性陣に変更が多かったのは、チームのリーダーを担うことになっていたマチアス・エイマンとエトワールのギヨーム・ディオップが健康上の理由などで参加を取り止めたためというが、何とも残念。ほかに、元エトワールのフロランス・クレールが指導者として加わっていた。なお、Aプロのみ、Cプロのみ参加のダンサーもいた。
『チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ』
© Kiyonori Hasegawa
『コッペリア』© Kiyonori Hasegawa
Bプロの公演は2日目を観た。全体は3部から成り、第1部と第2部はパ・ド・ドゥ(PDD)集で、第3部が『ラ・バヤデール』よりハイライトという構成だった。幕開けは、ガラ公演の定番ともいえる『チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ』(ジョージ・バランシン振付)で、踊ったのはロイヤルのマラヤ・マグリとマシュー・ポール。マグリは軽やかなステップが心地良く、ポールも爽快なジャンプや回転技で応じていた。飛び切り華やかというわけではなかったが、順調な滑り出し。次は『コッペリア』(ニネット・ド・ヴァロワ振付)より第3幕のPDDからアダージオのみが、ロイヤルのフランチェスカ・ヘイワードとウィリアム・ブレイスウェルにより踊られた。本来はセザール・コラレスが出演するはずが、初日の公演の『ラ・バヤデール』で足を負傷したことにより、急遽ブレイスウェルに代わったため、アダージオのみに変更されたもの。スワニルダとフランツの結婚を祝う場面のPDDで、ヘイワードがきめ細やかにステップを紡いでおり、日本ではあまり観られないニネット・ド・ヴァロワの振付だけに、完全な形で観たかった。
『マノン』© Kiyonori Hasegawa
『カルメン』© Kiyonori Hasegawa
続いて、『マノン』(ケネス・マクミラン振付)より第1幕の寝室のPDDが、ロイヤルチームではなく、オペラ座のパク・セウンとポール・マルクにより踊られた。手紙を書くデ・グリューの気を惹こうと甘えるマノンのパク・セオンと、その魅力に抗えずに応じるデ・グリューのマルク。前半のゆったりした進行から、繰り返されるリフトを通じて高揚感溢れるデュエットへと盛り上がりをみせた。次もオペラ座チームで、『カルメン』(ローラン・プティ振付)からホセとカルメンが寝室で繰り広げるPDDをオニール 八菜とアントニオ・コンフォルティが踊った。両手を闘牛の角のように角張らせ、足先に鋭さを込めてステップを踏み、奥のベッドにいるカルメンに思いを届けるように踊るホセのコンフォルティ。椅子に座りタバコをくゆらすホセの前で、黒いレオタードの衣裳から伸びる長い脚をしなやかに操り、悩まし気にステップを踏んで誘うカルメンのオニール 八菜。二人は絡み合い、床に寝そべったホセが自身の身体の上にカルメンを乗せて揺らすなど、官能的なデュエットを展開した。もっと生々しく演じてもと思ったが、プティの振付の巧緻さを再認識させてくれた。この後、『コッペリア』よりのPDDがアダージオだけになったのを補うためか、追加演目として『シンデレラ』(フレデリック・アシュトン振付)から舞踏会でシンデレラと王子が出会って踊るシーンが、ロイヤルのサラ・ラムとウィリアム・ブレイスウェルにより上演された。登場するだけで輝きを放つラムが、たおやかな身のこなしや美しい回転技をみせれば、ブレイスウェルもエレガントに王子を演じ、ラムを慈しむようにリフトし、爽やかな印象を残した。
『ロミオとジュリエット』© Kiyonori Hasegawa
第2部はロイヤルチームによる『ロミオとジュリエット』(ケネス・マクミラン振付)より第1幕の"バルコニーのPDD"で始まった。ロミオのワディム・ムンタギロフが爽快なジャンプやターンで高まる想いを伝えれば、ジュリエットの金子扶生も恥じらいをみせながらロミオに寄り添い、ロミオにリフトされる度に喜びを滲ませ、互いの愛を深めていたった。何度も踊り込んでいるのだろう、盤石のパフォーマンスだった。続いて、ロイヤルのラムとブレイスウェルが再び登場し、『白鳥の湖』(マリウス・プティパ、レフ・イワーノフ振付)より第2幕のオデットとジークフリート王子のPDDを踊った。オデットのラムがしなやかな身体から紡ぎ出す精緻で格調高い動きの一つ一つに魅了された。王子のブレイスウェルが、オデットの引き立て役に回ってしまうのも無理はないと思われた。次はオペラ座チームによる『グラン・パ・クラシック』(ヴィクトル・グゾフスキー振付)。ブルーエン・バティストーニは端正な脚さばきで気持ちよくポーズを決め、バランス技も安定しており、ポール・マルクもジャンプや回転技を卒なくこなしていた。ただ、ガラ公演の定番としてスターダンサーにより踊られることが多い演目だけに、さらに華麗な雰囲気が備わればと思う。
『白鳥の湖』© Kiyonori Hasegawa
『グラン・パ・クラシック』© Kiyonori Hasegawa
第3部はロイヤルチームとオペラ座チームが共演する『ラ・バヤデール』(プティパ振付)よりハイライト。古代インドを舞台に、愛し合う寺院の舞姫ニキヤと戦士ソロルが、太守が娘ガムザッティとの結婚をソロルに強いたことから起こる悲劇を、太守や大僧正らの思惑をからめてスペクタクルに描いた大作である。見せ場となる多様な踊りに事欠かないが、今回はニキヤとソロル、ガムザッティによる踊りを中心に構成し、ドラマを浮き彫りにしてみせた。この演目のため、ロイヤルのプリンシパル・ゲスト教師でナタリア・マカロワ版『ラ・バヤデール』の振付指導者でもあるオルガ・エヴレイノフを招いて上演に臨んだ。ロイヤルとオペラ座の両チームのダンサーによる贅沢な共演が楽しめた。
幕開きはロイヤルチームによる「寺院の場面」で、ニキヤとソロルが互いの愛を確かめ合うPDDが踊られた。ソロルのウィリアム・ブレイスウェルは颯爽とした出で立ちで、スケール感のある踊りを展開。ニキヤのサラ・ラムは、神に仕える舞姫としての威厳を滲ませ、ソロルに対してはやわらかな仕草の中に情感を溢れさせていた。続く「婚約式の場面」では、オペラ座とロイヤルのダンサーの共演が実現した。ガムザッティはオペラ座のオニール 八菜で、ソロルはケガで降板したコラレスに代わりロイヤルのワディム・ムンタギロフが務めた。急な変更のため、万全とはいえないまでも、互いに協調して見事にグラン・パ・ド・ドゥを踊りきった。オニール 八菜は高く脚を振り上げ、ターンも美しくこなし、自信に満ちた堂々としたパフォーマンスで、太守の娘という気位の高さも感じさせた。ムンタギロフも堅実なパートナリングをみせ、ヴァリエーションではパワフルな跳躍を披露した。間に挿入されたブロンズ像のソロでは、オペラ座のアントワーヌ・キルシェールが特徴的な腕や足のポーズをキビキビとこなし、力強いジャンプをみせた。
サラ・ラム、ウィリアム・ブレイスウェル
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オニール八菜 、セザール・コラレス
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アントワーヌ・キルシェール
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パク・セウン © Kiyonori Hasegawa
ニキヤの花かごのヴァリエーションを踊ったのはオペラ座のパク・セウン。細身の体から悲しみを溢れさせ、よじるように身体をしなわせて踊る様は痛々しく映った。彼女の姿を見ようとするソロルと、それをさえぎろうとするガムザッティの間には緊迫感が漂っていた。渡された花かごをソロルからの贈りものと思い込んだニキヤは、喜びに顔を輝かせて生き生きと踊りだしたものの、隠されていた毒蛇に噛まれる。ガムザッティの仕業と知り彼女を責めようとしたニキヤを制したソロルだが、ただうろたえるばかり。絶望したニキヤが大僧正から差し出された薬を拒んで息絶えてしまい、ソロルが思わず彼女に駆け寄るところまでを描いて、「婚約式の場面」は終わった。
最後は「影の王国」よりで、4組のニキヤとソロルが登場した。1組目はオペラ座のロクサーヌ・ストヤノフとアントニオ・コンフォルティ。2組目もオペラ座で、ブルーエン・バティストーニとマシュー・ポール。白いヴェールをなびかせて踊る3組目は、ロイヤルの金子扶生とワディム・ムンタギロフ。4組目はロイヤルのマラヤ・マグリとオペラ座のポール・マルクという組み合わせ。皆、確かなテクニックと表現力を備えており、またそれぞれのパートには見応えのあるジャンプや回転技が組み込まれているので、次々に交代するカップルに目を奪われてしまった。それぞれカップルの繊細さ、優雅さ、幽玄さなど、異なる妙趣に浸ることができたのは幸せだった。ところで、この〈バレエ・スプリーム〉、オペラ座とロイヤルという世界の最高峰のバレエ団を一度に鑑賞できる絶好の機会になっていることは確か。今回はオペラ座チームのリーダーに任じられていたマチアス・エイマンが不参加になり、また、ロイヤルのセザール・コラレスがBプロの初日の公演で負傷するというアクシデントに見舞われたが、ダンサーや演目の変更で何とか切り抜けて全日程を無事に終了した。スタッフの苦労がしのばれる。それだけに、次回の〈バレエ・スプリーム〉は、今回の事態を踏まえて、より入念な準備の下に、新鮮な演目も採り入れて、より充実したプログラムで開催して欲しいと思う。
(2025年8月6日 東京文化会館)
ブルーエン・バティストーニ、マシュー・ポール
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金子扶生、ワディム・ムンタギロフ
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ロクサーヌ・ストヤノフ、アントニオ・コンフォルティ
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マラヤ・マグリ、ポール・マルク
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