高田茜が自身が出演した『フールズ・パラダイス』(「バレエ・トゥ・ブロードウェイ」クリストファー・ウィールドン振付)について語った
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高田茜(英国ロイヤル・バレエ プリンシパル)インタビュー=香月圭
「英国ロイヤル・バレエ&オペラ in シネマ」2024/25シーズンの最後を飾る「バレエ・トゥ・ブロードウェイ」は、バレエ『不思議の国のアリス』やミュージカル『MJ』などを手がけた現代随一のヒットメーカーであるクリストファー・ウィールドンの多彩な4作品を束ねたプログラム。デュエットやトリオなどでダンサーたち(高田茜、ウィリアム・ブレイスウェル、マリアネラ・ヌニェスほか)の美しい肉体の造形美が堪能できる『フールズ・パラダイス』、ジョニ・ミッチェルの名曲に合わせてローレン・カスバートソンとカルヴィン・リチャードソンが詩情豊かに人生のうつろいを紡ぎ出す『トゥー・オブ・アス(ふたり)』、男性同士の絆をテーマにし、マシュー・ボールとジョゼフ・シセンズの熱演が光る『Us(僕たち)』、そして『パリのアメリカ人』では、ガーシュウィンの軽やかな音楽に合わせて、フランチェスカ・ヘイワードとセザール・コラレス、そしてモンドリアンを思わせるカラフルな衣裳に身を包んだダンサーたちが華麗に舞い、大団円となる。
今回、『フールズ・パラダイス』で、抽象作品においても卓越した抒情性を観客に届けた英国ロイヤル・バレエ プリンシパルの高田茜に、この作品や英国ロイヤル・バレエのことなどについてお話を伺うことができた。
――今回の『バレエ・トゥ・ブロードウェイ』ではクリストファー・ウィールドンの幅広い作品群を堪能できるプログラムです。これまで彼の様々な作品を踊って来られましたが、ウィールドンはどんな振付家だと思いますか。
©Andrej Uspenski
高田:おっしゃる通り、彼の振付はすごく幅広いですよね。ミュージカルにおいても、何作品も振付を担当して、様々な賞を受賞されている素晴らしい振付家だと思います。彼の特徴としては、エンターテイメント性が非常に大きいと思います。ジョビー・タルボットの音楽を用いて、二人で一緒に作った作品が多いのですが、音楽が目で見られるような作品を目指しているのだなと感じられます。
――『フールズ・パラダイス』では、茜さんが本来持ち合わせている官能性がにじみ出ているような、美しい作品でした。ダンサーたちの素晴らしい肉体で研ぎ澄まされた動きが次々と現れ、他のダンサーたちの個性を丸ごと味わうことができました。『不思議の国のアリス』『赤い薔薇ソースの伝説』のような全幕作品では物語のヒロインを演じますが、今回の『フールズ・パラダイス』のような抽象的な作品でも、何かイメージが頭にあるのでしょうか。
高田:自分の想像力はもちろん、音楽から得るインスピレーションも受けます。私が今回組んだパートナーはウィリアム・ブレイスウェルでした。彼は、そこにいるだけで物語を語れるようなダンサーで、感情を大いに込めて表現豊かに踊ります。素晴らしいテクニックも兼ね備えていて、一緒に踊ると真の意味でコラボレーションしている、と感じるパートナーです。ただ決められた振付を踊るだけではなく、音の和や余韻を感じながらお互いの動きに反応することで、作品が持つ詩的なニュアンスが膨らんで、踊りで会話しているように感じられます。
――『フールズ・パラダイス』というタイトルは、愚者の楽園、現実の問題から目をそむけた一時的な幸福といった意味もありますが、ウィールドンさんやコーチ陣からは、この作品にまつわる説明を受けましたか?
高田:実は、当初、私はキャスティングに入っていなかったのです。あるダンサーの方が怪我をされ、さらに、赤ちゃんができたというダンサーもいらっしゃったので、急遽、私が踊ることになったのですが、作品についての具体的な説明というのは、クリス(クリストファー・ウィールドン)からあまりなかったですね。英国ロイヤル・バレエでは、この作品の初演は2012年でしたが、この作品を踊ったことがあるダンサーは1人いたかどうか、というぐらいしか残っていませんでした。皆にとっては初めての役でしたが、こうして欲しいとか、こういう意味なんだよといった説明は、彼(クリストファー・ウィールドン)からはなかったですね。それでも、私達は彼の作品を踊ることが多いので、振付をいただいたときに、何となく「こういう感じかな」というものを、自分なりにイメージしています。
『フールズ・パラダイス』
左より高田茜、ウィリアム・ブレイスウェル、リアム・ボズウェル
©2025 Johan Persson
――2012年で茜さんが踊られた役というのは2012年にサラ・ラムさんが踊られたかと思われます。彼女が出演した初演はご覧になっていましたか。
高田:いえ。その頃、私はちょうど怪我をしていたので、上演されたときは拝見できませんでした。今回、振付を覚えるにあたって、2012年の映像を拝見して参考にしました。
――『フールズ・パラダイス』はジョビー・タルボットとクリストファー・ウィールドンの初めてのコラボレーションですが、この作品の音楽と振付についてどのように感じていますか。
高田:すごく抽象的なのですが『Within the Golden Hour』みたいな感じで、叙情的で、流れるようなリフトがあり、呼吸するかのように見える動きがとても有機的で、美しい作品だと思います。
――『フールズ・パラダイス』では、女性も男性を支える役にもなるところが、現代的で面白いと思いました。また古典バレエ作品では最初の踊りがきちんと終わってから次の踊りに入りますが、この作品では、次のパートへ切れ目なく続いていくのも現代的だと思いました。この作品の構成について、どのように思いますか。
高田:私自身は、古典と比べて違うというふうに感じたことはあまりないのです。冒頭は静かに始まり、途中でクリスならではの、ジャズ的な動きもあり、急にまた静かになって、という風に、全編通して、アンサンブル全体で呼吸をしているような印象を持ちます。そして、ダンサー同士が繋がって作り出す形や動きが、ぶつ切れの状態で終わるのではなく、流れるように幾重にも織り混ざって、最後はたくさんのダンサーが一つずつポーズをとっていって、彫刻のような一つのアート作品になっていると思います。
――『フールズ・パラダイス』では、現代的で自由なパートナーリングもユニークに感じられます。パートナーとは、やはりタイミングをあわせないとうまくいかないのでしょうか。
高田:そうですね。結構アクロバティックなリフトもあるので、パートナー同士で息が合っていないとうまくいかなかったりしますね。最初のうちは、ちょっと持ち上げられると反対側に落ちそうになったりしていたので、皆で繰り返し練習していました。
――衣裳はナルシス・ロドリゲスによるミニマムなものですね。これについて、どのように感じましたか。
高田:レオタード1枚と聞くと、やはりドキッとしますよね(笑)。私は自分のラインに自信がないので、レオタードだけでは体のラインが露わになってしまって隠すものがないので、正直に言いますと、そのような衣裳の作品の出演には、なかなか前向きな気持ちにはなり難いですね。
――去年10月に『不思議の国のアリス』で舞台に復帰されて以来、無事にシーズンを終えられましたが、2024/25シーズンを振り返って、どんな1年でしたか。
高田:英国ロイヤル・バレエ団の韓国ツアーが7月にあったのですが、そのときに空港でケヴィン(・オヘア)に「何年かぶりに、1シーズンを怪我なく終えられたね」と言われて、確かにその通りだと思いました。私は4、5シーズンぐらい続けて怪我をずっとしていて、1シーズン丸々全部を乗り切るということができていなかったので、そう言っていただいたときに、自分自身でもすごく嬉しいことだと思いました。ジムのスポーツ・サイエンティストの方々やお友達、そして家族に支えていただいて、本当にありがたいことだと心から思います。カンパニーの他の皆さんは、当たり前のように、休むことなくシーズンを終えていますが、実はすごく大変なことだと思います。私は、元々、体が強い方ではないので、やはり日頃からトレーニングを行い、心の状態を健全にコントロールし続けることを心がけています。先シーズン完走できたので、今シーズンも1つずつ着実に続けていこうと思っています。
――今年5月にはジョゼフ・シセンズさんと『ロミオとジュリエット』も踊られました。茜さんのインスタグラムでは「More Than Art」という舞台裏の動画で、お二人がトレーニングする様子を伝える動画が公開されています。ウェイト・トレーニングなどアスリート並みの訓練と、ジャイロトニック、瞑想などを取り入れて心身を整えて舞台に臨んでいらっしゃることが、あらためてよくわかりました。
高田:私は怪我が多いので、キャリアを通してずっと何らかのトレーニングをしているという感じですね。ダンサーというのは体が資本の仕事なので、怪我をしてしまうと自分の表現したいことができなくなってしまいます。反対に、心身ともに健康であると、心の余裕もできて、自分自身も楽しめるようになります。舞台では演じることに集中したいので、本番までに自分をベストな状態に持っていくことが、一つの舞台を心から楽しむことに繋がるので、今はそういったことをすごく大事にしています。
――ダンサーの心身のケアを行うスタッフの方々が、英国ロイヤル・バレエには大勢いらっしゃるということを伝える動画も公開されています。
高田:年間を通して数多くの上演回数がある英国ロイヤル・バレエには、こうした手厚いサポート体制があるからこそ、私たちダンサーが舞台を続けていくことが可能だということを、広く知っていただきたいという思いがバレエ団にあるのです。あの動画について、フォロワーの皆様のいろんな反応を拝見することができて、私もすごく嬉しかったです。ジムのコーチの方々というのは、私たちにとって欠かせない存在にもかかわらず、表に出ることはあまりありませんが、彼らのおかげで私たちはダンスを踊れているのだということを皆様に知っていただけて嬉しいです。
――今年6月には、新国立劇場でも『不思議の国のアリス』を披露されました。
高田:(吉田)都さんにご招待いただいて、素晴らしい新国立劇場の皆様と大好きな作品を踊らせていただいたことを、本当にありがたいと思いました。ダンサーの演技については、バレエ団によって個性があり、私もそれに合わせて踊る楽しみがありました。新国立劇場バレエ団の皆さんは素晴らしいダンサーばかりで演技も素晴らしかったので、本番の舞台を心から楽しむことができました。
――子ども時代に、吉田都さんと舞台で共演されたときから憧れの存在だったそうですが、今回も一緒にお仕事をされていかがでしたか。
高田:そうですね。都さんがロイヤルにいらっしゃったときも、同じ舞台に立つことがすごく嬉しかったです。ロンドンでの都さんの引退公演で、シンデレラを何度も主演されていた頃、私は秋の精で踊らせていただいたので、都さんを間近に拝見することができて幸せでした。今回、このような素敵な機会をいただけるとは思ってもみませんでしたので、1ヶ月のリハーサル期間は本当に夢のようでした。
――新国立劇場バレエ団は、7月にロイヤル・オペラ・ハウスで『ジゼル』を披露しました。
高田:私は日本におりましたので、残念ながら新国立劇場バレエ団のロンドン公演を拝見することはかないませんでした。それでも『不思議の国のアリス』のため、ほぼ1ヶ月間、新国立劇場バレエ団のクラスやリハーサルに参加させていただき、たくさんの団員の方々をずっと拝見させていただいたので、都さんの先導のもと、新国立劇場のダンサーの素晴らしい舞台をロンドンのお客様に見ていただけたことは、私にとっても自分のことのように嬉しかったですし、誇らしくもありました。
『フールズ・パラダイス』
高田茜、ウィリアム・ブレイスウェル
©2025 Johan Persson
――7月の「バレエ・アステラス2025」で、茜さんは平野亮一さんとクリストファー・ウィールドンの『Within the Golden Hour』よりパ・ド・ドゥとリアム・スカーレットの『アスフォルデルの花畑』よりパ・ド・ドゥを踊られました。この舞台にご出演された感想をお聞かせください。
高田:「バレエ・アステラス2025」に出演したのは今回が2回目で、前回(2018年)共演させていただいた(平野)亮一さんとクリストファー・ウィールドンとリアム(・スカーレット)の作品を踊らせていただきました。今回は、リアムの作品でピアノ2台をオーケストラに入れて上演させていただいたことが、とてもありがたいと思いました。また、世界で活躍されている、たくさんのダンサーの方たちと、毎日のようにクラスやリハーサルでご一緒して、多くの刺激を受けました。こんなにも多くの日本人のダンサーが世界で活躍されていると思うと、私も励まされる思いになりました。
――英国ロイヤル・バレエでは、いよいよ新シーズンが始まりますが、現在、どの作品のリハーサルをなさっていますか。
高田:9月13、14日には、同僚のメーガン(・グレース・ヒンキス)がプロデュースする「Ballet at Minterne」のガラに出演するので、そのリハーサルを行っています。(このインタビューは9月初旬に行われた:編集部註)イギリス南部の街ミンターンで行われるガラで、私は平野亮一さんと「バレエ・アステラス2025」で踊らせていただいた『Within the Golden Hour』』よりパ・ド・ドゥと『アスフォルデルの花畑』よりパ・ド・ドゥを踊る予定です。野外の舞台なので、雨が降らないことを祈っております。
――英国ロイヤル・バレエの新シーズンについてはいかがですか。
高田:11月に「Perspectives: バランシン、マーストン、ペック」と題したトリプル・ビルが予定されています。バランシンの『セレナーデ』、ジャスティン・ペックの『Everywhere We Go』の英国ロイヤル・バレエでの初演と、キャシー・マーストンの新作が上演されます。この新作バレエのクリエーションが始まっています。
それから間もなく、『ラ・フィユ・マル・ガルデ(リーズの結婚)』のリハーサルが始まるので、とても楽しみです。英国ロイヤル・バレエに入団して以来、数多く上演されてきた作品ですが、ここ数年のラインナップには入っていなかったので、久しぶりの上演となります。ダンサーもかなり入れ替わったので、ほとんどの役が新しいダンサーのデビューになります。あの楽しい振付を皆で最初から覚えることからスタートします。
今シーズンは『ジゼル』にも出演します。
――茜さんのジゼルを、私たちも拝見することができるのではないかと楽しみです。日本に帰国されている時に若いダンサーの方々を中心にワークショップで教えてくださっていらっしゃいますが、どのようなことを感じますか。
高田:皆さんの「バレエが大好き」という熱い思いを感じて、私自身もすごくフレッシュな気持ちになります。クラスのとき、私はダンサーとしての自分自身を分析して、いろいろ考えながらレッスンをやらせていただいているのですが、周囲から「考えすぎ」だと言われることもあります。それでも「こういうやり方をすると楽に動けるかもしれない」といったポイントを皆さんと一緒に見つけられたときは、嬉しいですね。
――最後に『バレエ・トゥ・ブロードウェイ』をご覧になる皆様へのメッセージをお願いします。
高田:クリストファー・ウィールドンのエンターテイメントの面と、すごく叙情的で詩的な面がどちらもご覧になれる素晴らしいミックス・ビルなので、たくさんの方々に見ていただきたいと思います。英国ロイヤル・バレエの団員は皆、日本のことが大好きなので、次回の来日公演が待ち遠しいと申しております。英国ロイヤル・バレエを身近に感じていただき「また観たい」と思っていただけるように、今後も頑張りたいと思います。
「英国ロイヤル・バレエ&オペラ in シネマ」2024/25シーズン
英国ロイヤル・バレエ『バレエ・トゥ・ブロードウェイ』
9/19(金)~9/25(木)TOHOシネマズ 日本橋 ほか1週間限定公開
■公式サイト:http://tohotowa.co.jp/roh/
■配給:東宝東和
2025年5月22日上演作品/上映時間:2時間31分
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