日本バレエ発祥の地、と言われる鎌倉で開催された横浜バレエフェスティバル2025 in鎌倉
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ワールドレポート/東京
香月 圭 text by Kei Kazuki
横浜バレエフェスティバル2025 in鎌倉 Aプロ
芸術監督:遠藤康行
2015年より10年間に渡って開催された横浜バレエフェスティバルは、今年3月の神奈川県民ホールの休館を受けて、鎌倉芸術館に会場を移しての上演となった。ロシアのバレリーナ、エリアナ・パヴロワが故国の革命を逃れて日本に亡命し、鎌倉の七里ヶ浜に居を構え、日本初となるバレエ学校を開設して橘秋子、貝谷八百子、大滝愛子、島田廣、服部智恵子らを育てた史実から、鎌倉は日本バレエ発祥の地と呼ばれる。洋舞に縁の深い場所が、今年、横浜バレエフェスティバルの新天地となった。「横浜バレエフェスティバル2025 in鎌倉」のA・B 2つのプログラムのうち、私はAプロを見ることができた。
YBCバレエコンクール Grand Prix 2025の入賞者が登場した第1部フレッシャーズガラに続いて、第2部 ワールド・プレミアム・ガラのトップを飾ったのは、元アクラム・カーン・カンパニーの高瀬譜希子。『Prehension Blooms』より抜粋を踊った。ダンスカンパニーNeon Danceを率いて、テクノロジーやデザイン、身体に関わるアーティストや技術者と積極的にコラボレーションを行っている、イギリスの振付家エイドリアン・ハートと髙瀬が協働した。「遠い未来と太古の過去を舞台に、人と人との関わり方、共存と孤独というテーマを追求した作品」で、今回の抜粋場面は「インド仏教に伝わる唯一の子を失ったキサ・ゴターミーの物語」だという。「時空を超えて孤独を繋ぎ、ワンネス」つまり一体となる状態になるまでの過程を表現した」と高瀬は語る。ほぼ全身が隠れている黒い衣裳をまとった高瀬は、衣裳からはだけた腕や手の動きや表情のうつろいで変化を見せていく。足を高く上げるときや舞台を転がるときにしか、脚部は見えない。ズーンと響くようなセバスチャン・レイノルズの音楽は、地底や暗闇といった世界を想起させた。上部からの照明が井戸の底から差し伸べられた髙瀬の手に注がれ、それらの光で手が清められるようなシーンも印象的だった。異次元の空間へ誘う高瀬の表現力には、魔術的な磁力があった。
続いて、中島耀が『コッペリア』第3幕よりスワニルダのヴァリエーションを披露した。快活な少女が意中の相手フランツと結ばれた幸福感がにじみ出ていた。中島は東京、墨田区のシンフォニーバレエスタジでバレエを始めた。「横浜バレエフェスティバル2016」にオーデションを経て初出演し、翌年の「横浜バレエフェスティバル2017」では、ジュンヌバレエYOKOHAMAのメンバーとして出演した。2018~22年モナコ・プリンセスグレース・アカデミーにて学ぶ。2022年のローザンヌ国際バレエコンクールでプリンセス・グレース・アカデミー生徒のルカ・ブランカ振付作品が新人振付賞「ヤング・クリエーション・アワード」を受賞し、ローザンヌの舞台で受賞作を踊った。卒業後は、ドイツのドレスデン国立歌劇場ゼンパー・オーパー・バレエに入団、でプロフェッショナルのバレエ・ダンサーとして「横浜バレエフェスティバル2023」に出演している。2025/2026シーズンよりウィーン国立バレエ団に移籍するとのこと、新天地での活躍も楽しみだ。
『コッペリア』第3幕より スワニルダのヴァリエーション 中島 耀
©フォトクリエイト/福島久豊
『眠れる森の美女』第3幕より グラン・パ・ド・ドゥ 影山 茉以、奥村 康祐
©フォトクリエイト/福島久豊
次に、影山茉以(ポーランド国立バレエ団/ファーストソリスト)と奥村康祐(新国立劇場バレエ団/シーズ・ゲスト・プリンシパル)が踊った『眠れる森の美女』第3幕よりグラン・パ・ド・ドゥでは、影山が醸し出すオーロラ姫の優雅さと、彼女をサポートするデジレ王子にふさわしい奥村の柔和で落ち着いた物腰に好感がもてた。
そして、6月に英国ナショナル・ダンス・アワード最優秀女性ダンサーを見事受賞し、イングリッシュ・ナショナル・バレエ(ENB)でダンサーとして現役最後のシーズンを終えたリードプリンシパルの高橋絵里奈が、夫君のジェームズ・ストリーター(ENBファーストソリスト)と日本初演となるアクラム・カーン振付『DUST-ダスト-』よりパ・ド・ドゥを披露した。第一次世界大戦開戦100周年の2014年、ENBが「Lest We Forget」(戦争の悲劇を忘れない)プログラムの1作品として上演された作品で、大戦で引き裂かれた男女の悲哀が描かれる。暗闇の戦場の土埃を思わせるスモークと弱い照明、軍服で用いられるオリーブグリーンを基調とした衣裳は、スタジオジブリ『となりのトトロ』を舞台化した『My Neighbor Totoro』で2023年オリヴィエ賞を受賞した中野希美江のデザインによる。第一次世界大戦に従軍した、ある兵士が口ずさんだ「蛍の光」の歌の録音なども使われ、当時の戦場の息遣いを伝えた。後半、高橋がストリーターの脚部に脚を絡ませ、彼が彼女の脚を支えて二人が合体したまま、高橋が上半身を動かす長いシークエンスがあった。男は戦場、そして女は銃後で遠く離れているが、魂は根っこの部分で繋がり、互いに心を通わせているように感じられた。平和を願う気運は今もなお続くが、第二次世界大戦から80年という節目の年にふさわしい作品だった。
『Core Meu』より Corri 小池 ミモザ
©フォトクリエイト/福島久豊
『ジゼル』第2幕より グラン・パ・ド・ドゥ 加瀬 栞、ロレンツォ・トロセッロ
©フォトクリエイト/福島久豊
第3部 ワールド・プレミアム・ガラは、東京バレエ団の秋山瑛(プリンシパル)と二山治雄(ソリスト)のコンビによる『Ki22』タランテラよりパ・ド・ドゥからスタートした。ゴットシャルクの軽快なタランテラの音楽に乗せて、遠藤康行がオリジナルの振付で男女の恋の駆け引きを描いた。あの手この手で恋人にアプローチを仕掛ける二山と、その誘惑をひらりとかわす秋山。息もぴったりの二人は無邪気な表情で軽やかに舞台を跳び回り、青年期のはじけた高揚感をうまく表現した。
モナコ公国モンテカルロ・バレエ団プリンシパルの小池 ミモザは、ジャン=クリストフ・マイヨー振付『Core Meu』よりCorriを披露。マルセイユ生まれの先達、ベジャールへのオマージュ作品である。南イタリア出身の音楽家アントニオ・カストリニャーノによるアコーディオンやタンバリンを使用した南欧の哀愁漂う音楽に乗せて、小池は緩急のある上半身の動きと現代的なマイムで倦怠や苦悩しているような感情を表しつつ、地中海のブルーを想起させるロングドレスの長い裾を波のように翻しながら、トウシューズでのバレエ的なフットワークでリズムを刻んでいった。
イングリッシュ・ナショナル・バレエの加瀬栞(リードプリンシパル)とロレンツォ・トロセッロ(ファーストソリスト)による『ジゼル』第2幕よりグラン・パ・ド・ドゥでは、エネルギッシュな踊りで悔いの念を打ち出したロセッロのアルブレヒトに対して、加瀬のジゼルは、赦しと寛容を全身で表現した。揺るぎないテクニックで安定感もあった。
最後に、津川友利江(元 バレエ・プレルジョカージュ)がローラン・ル・ガル(バレエ・プレルジョカージュ)と『ロミオとジュリエット』より死のパ・ド・ドゥ(振付:アンジュラン・プレルジョカージュ)を踊った。ベッドに寝ているジュリエットを抱き起したロミオは、彼女が死んでしまったと絶望して命を絶つ。しばらくして仮死状態から目覚めたジュリエットがロミオを起こそうと試みるが、彼が永遠に目覚めないことを知り、彼の膝の上で亡くなる。筋骨逞しいル・ガルの肉体は、古典バレエの洗練とはかけ離れた当世風の野性を感じさせる。津川は華奢な身体だが、その表現もまた非常にパワフルだった。若い恋人たちの錯乱した状態をリアリティをもって描き、強烈なインパクトを感じさせる現代作品だった。
フィナーレ ©フォトクリエイト/福島久豊
YBCバレエコンクール Grand Prix 2025の入賞者が登場した、第1部フレッシャーズガラについても記しておきたい。瀧澤瑶(小学生部門[第2位]/とちぎバレエアカデミー)は『パキータ』より「ヴェスタールカのヴァリエーション」をゆったりとした音楽に合わせて丁寧に踊った。大澤たまき(YBCグランプリ中学生部門[第1位]/梨木バレエスタジオ)が披露したのは、マリウス・プティパが1882年に大幅な改訂を行った『パキータ』より、当時初演したプリマ・バレリーナの名を冠した「エカテリーナ・ヴァーゼムのヴァリエーション」。中学生ながら、一つ一つのポーズの美しさがくっきりと浮かび上がる、プロフェッショナルなプレゼンテーションだった。続く『フェアリードール』のヴァリエーションを踊ったウィリス アリシア美優(中学生部門[第2位]/Vancouver Ballet Theater)は繊細な佇まいを見せた。横地満奈(シニア部門[第1位]/M BALLET -school of dance arts-)は『マルコ・スパダ』のヴァリエーションを勇壮な音楽に合わせて生き生きと踊った。
続いて、小学校3年生から20歳までのジュニア・ダンサーで構成されるジュンヌバレエYOKOHAMAが『眠りの森の歴代の美女』より妖精の踊りを披露した〈リラの精:バーンズ慈花(RBSバレエカンパニー)、優しさの精:岸琴音(HAGAバレエアカデミー)、元気の精:水上怜香(RBSバレエカンパニー)、優雅の精:田邊彩乃(ユミクラシックバレエスタジオ)、柴田唯可(シホバレエクラス)、カナリアの精:芹澤一加(BALLET・LE・COEUR)、勇気の精:岡村あずさ(KK INTERNATIONAL TOKYO)〉。個々の妖精の個性が発揮され、アンサンブルとしてまとまりがあった。
『パキータ』よりヴェスタールカのヴァリエーション 瀧澤 瑶
©フォトクリエイト/福島久豊
『パキータ』よりヴァリエーション 大澤 たまき
©フォトクリエイト/福島久豊
『フェアリードール』のヴァリエーション ウィリス アリシア美優
©フォトクリエイト/福島久豊
『マルコ・スパダ』のヴァリエーション 横地 満奈
©フォトクリエイト/福島久豊
今年も有望なジュニア・ダンサーたちによるフレッシュな舞台から、国内外の第一線で活躍中のダンサーたち、そして英国で最高のプリマ・バレリーナとして賞賛され現役ダンサーとして有終の美を飾って現役を引退する高橋絵里奈まで、幅広い年代のバレエ・ダンサーたちが集った。また、古典バレエからコンテンポラリーダンスに至る珠玉作品の名場面、そして芸術監督 遠藤康行の新作バレエまで、バラエティに富んだプログラムだった。 (2025年 8月2日 鎌倉芸術館 大ホール)
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