クリストファー・ウィールドンの輝かしい才能を照らす、モダンバレエ3作と『パリのアメリカ人』、英国ロイヤル・バレエ&オペラ in シネマ2024/25
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関口 紘一 Text by Koichi Sekiguchi
「バレエ・トゥ・ブロードウェイ」クリストファー・ウィールドン:振付
『フールズ・パラダイス』『トゥー・オブ・アス(二人)』『Us(僕たち)』『パリのアメリカ人』
英国ロイヤル・バレエ&オペラ in シネマ2024/25シーズンの最後に登場するのは、今、最も充実した創作活動を展開している、と思われる振付家、クリストファー・ウィールドンの4作品。英国ロイヤル・バレエでは、ウィールドン振付の全幕バレエの連続再演が進行中で、24年に『不思議の国のアリス』、25年10月には『赤い薔薇ソースの伝説』さらに『冬物語』とプログラムが組まれている。その中で今年5月にロイヤル・オペラ・ハウスで上演されたばかりのウィールドンのモダンバレエ3作とミュージカル『パリのアメリカ人』のバレエシーンが「バレエ・トゥ・ブロードウェイ」として、24/25シネマシーズンの掉尾を飾って上映される。(2025年5月22日ロイヤル・オペラ・ハウスの舞台を収録)
周知のようにクリストファー・ウィールドンは、英国ロイヤル・バレエでソリストとして踊り、ニューヨーク・シティ・バレエに、バランシンやロビンズの作品の足跡を辿りたいという想いを持って移籍し、振付家として活動した。その後は、英国ロイヤル・バレエのアーティスティック・アソシエイトとして、多忙な振付家として有名であり、芸術的にもエンターテインメントとしても高度な優れたヒット作を発表して活躍している。近年の全幕作品としては、オーストラリア・バレエに振付けた『オスカー』(2幕、音楽:ジョビー・タルボット)がある。
Fool's Paradise, Akane Takada, William Bracewell and Liam Boswell ©2025 Johan Persson
まず、『フールズ・パラダイス(愚者の楽園)』(音楽:ジョビー・タルボット)が登場する。これは2007年にウィールドン自身のカンパニーMorphoses/The Wheeldon Companyのために振付けられた作品で、英国ロイヤル・バレエでは2012年に初演されている。今日まで多くのコラボレーションを行なっている作曲家のジョビー・タルボットとはこの作品で初めて組んだ。ただこの曲は、英国フィルム・インスティチュートが、20世紀初頭のロシアの映画作家エフゲーニー・バウエルの無声映画『瀕死の白鳥』を上映するために、2002年にタルボットに作曲を委嘱したもの。(映画はバレエ『瀕死の白鳥』を踊るバレリーナと「死」を描こうとする画家を描いたサイレントの劇映画)
出演は高田茜、ウィリアム・ブレイスウェル、マリアネラ・ヌニェス、ルーカス・B・ブレンツロドほかで、男性ダンサー5名と女性ダンサー4名の計9名が踊っている。
舞台の天に霞のような雲が浮かび、ヒラヒラと花びらが舞い落ち、2名の男性ダンサーが下手と上手から登場、中央から女性ダンサー(高田茜)が姿を見せる。金色の薄明かりの照明を天から落としただけの素の舞台。ダンサーの衣裳は肌色で身体の美しさを最大限に見せるもの。鋭角的なポーズを組み合わせたトリオが続き、やがて女性ダンサーが入れ替わる。そして再び登場した高田茜とブレイスウェルの力強いパ・ド・ドゥとなる。高田の脚は一段と高く上がり、いつも明快で美しい。女性一人のトリオが2組で左右にシンメトリーで踊り、2組のデュエットがやはりシンメトリーに踊った。後半にはマリアネラ・ヌニェスとルーカス・B・ブレンツロドの魅力的なパ・ド・ドゥも観ることができた。ヌニェスの流麗な動きはさすが。
タルボットの変化に富んだピアノ曲とともに、ダンサーたちの身体の美しさが、動く彫刻のようにさまざまに繰り広げられ、ラストシーンでは、ちょっとジムナスティックではあったが見事な造型が完成し、観客の喝采が湧きあがった。人間の身体の美しさが輝く<愚者の楽園>ということなのであろうか。
Fool's Paradise, Lukas B. Brændsrød and Marianela Nuñez ©2025 Johan Persson
Fool's Paradise, Marianela Nuñez, The Royal Ballet ©2025 Johan Persson
ここから、コーヘン・ケッセルズ指揮の英国ロイヤル・オペラ・ハウス・オーケストラは、オケピットから出て舞台に上がった。『トゥー・オブ・アス(ふたり)』(音楽:ジョニー・ミッチェル、オーケストレション:ゴードン・ハミルトン)は、コロナ禍の2020年にウィールドンがニューヨークのFall for Dance Festivalのために創作し、配信された作品である。ジョニー・ミッチェルの "I Don't Know Where I Stand" "Urge for Going" " Both Sides Now" "You Turn Me on I'm A Radio" という4曲をジュリア・フォーダムが舞台上で歌い、ローレン・カスバートソンとカルヴィン・リチャードソンが踊った。
二人の男女が寄り添ってフロアーに腰を下ろし、夜を見つめているのであろうか。そんなオープニングから、まず、ローレン・カスバートソンが薄物を纏ったオレンジの衣裳で長い髪を靡かせ、軽やかなステップで踊る。滑らかな動きだが、情感を滲ませて自身ともう一人の男性の存在も感じながら踊る。続いてカルヴィン・リチャードソンが踊り始める。薄いブルーの衣裳にやはり薄物を纏っている。柔らかなステップで、自身に語りかけるようでもある。衣裳から感じる印象もあるのだろうか、ソフィスティケイトされた統一感のあるダンスだ。やがてデュエットとなる。気の合った思い遣りの行き届いた素敵なペアリングである。背後のオーケストラの譜面台の小さな明かりが蛍のようにも見えて、まるで小高い丘の上の屋外の舞台で、夜景を背景に、遥か彼方には海を感じながら踊っているかのようだった。オーケストラが舞台に上がったことにより、音楽とダンスが至近で親和して新鮮な一体感があり、心地良い。叙情的表現のダンスを巧みに見せる素晴らしいステージングだった。
The Two of Us, Calvin Richardson ©2025 Johan Persson
The Two of Us, Lauren Cuthbertson ©2025 Johan Persson
『Us(僕たち)』(音楽:キートン・ヘンソン)は、英国ロイヤル・バレエで踊った後、バレエボーイズ(BalletBoyz)を2000年に設立したマイケル・ナンとウィリアム・トレビット(インタビューで登場している)の活動に触発されて振付けられている。バレエボーイズはコンテンポラリーからクラシックまでの創作や上演のみならず、映画やテレビなど多様な分野にわたって、二人の創設者を中心にユニークな活動を展開しており、オリヴィエ賞やナショナル・ダンス・アワードなど数々の賞を受賞し、2012年に大英帝国勲章(OBE)を授与されている。
舞台は一転して、暗い閉鎖的な空間で二人の男性(マシュー・ポール、ジョセフ・シセンズ)が出会うシーンから。お互いの指先から気が弾き合うかのような反応が起こり、一瞬、驚いた二人がそれを確かめ合うように踊り始める。足をしっかりとフロアーにつけ、パートナーを受け止め低くリフトしたり、あるいは身体を任せるように預けたり、緊張感のある関係が踊られる。ヴィジュアル・アーティストや詩人でもあるキートン・ヘンソンのなぜか親しく心に響く音楽が流れ、黒いタイツを着け上半身裸の二人の身体がしなり、自然な力感が溢れて濃密な関係が強く印象づけられた。
Us, Matthew Ball and Joseph Sissens ©2025 Johan Persson
Us, Matthew Ball and Joseph Sissens ©2025 Johan Persson
最後はジョージ・ガーシュイン作曲『パリのアメリカ人』。シンフォニック・ジャズと言われるこの名曲をガーシュインは1928年、ニューヨーク・フィルの委嘱により作曲した。ミュージカル映画『巴里のアメリカ人』(ビンセント・ミネリ監督、ジーン・ケリー振付)は、ジーン・ケリーとレスリー・キャロンの主演により1951年に公開され、アカデミー賞作品賞ほか6部門を受賞した。
そして2005年には、当時ニューヨーク・シティ・バレエの常任振付家だったクリストファー・ウィールドンが、バレエ版『パリのアメリカ人』を振付、ニューヨーク州立シアターで上演した。カーラ・ケルベス、ジェニファー・リンガー、ダミアン・ヴェッツェルが出演し、美術はエイドリアンヌ・ローベルだった。この舞台の美術は、ピカソやブラックの影響を受けたキュビズム的な視点によるものだったと言われている。
また、ミュージカル『パリのアメリカ人』は、2014年、ウィールドンが映画に基づいて脚色、振付けて舞台化し、パリ・シャトレ座でロビー・フェアチャイルド(当時、NYCBプリンシパル)、リアン・コープ(当時、英国ロイヤル・バレエ、ソリスト。インタビューでも登場)の主演で初演された。15年にはブロードウェイで、17年にはロンドンのウエストエンドで再演されて英国ロイヤル・バレエのダンサーたちも出演している。
Christopher Wheeldon's An American in Paris, The Royal Ballet ©2024 Sebastian Nevols
開幕は、ちょっと懐かしい感じで耳に残る、速いリズムに乗ってコール・ド・バレエが踊るシーン。フロアを明るく照らした舞台で、ダンサーの折り紙を貼り付けたようなカラフルな衣裳ーーオランダの画家モンドリアンの抽象画を想起させるーーがリズムに乗って変化し、色彩のアンサンブルも奏でられて、身体のリズムを誘い出すようなジャズに惹き込まれていく。やがて満月が浮かび、巨大にカットされたドロップが出現し、大きなパネルも舞台に持ち込まれる。バレエ・スエドワに関わったフランスの画家、フルナン・レジェの美術を彷彿させる大胆なデザインだが、鮮烈なインパクトがあって見事に舞台を際立たせている。ボブ・クローリーの美術に刮目し、思わず身を乗り出してしまった。ウィールドンは、2005年の舞台でもピカソやブラックを思わせる美術を使っているが、これは画家として生きようとしてパリにやってきた主人公ジェリーの心を映すものだろう。
やがて、ポワントをつけたフランチェスカ・ヘイワード(リーズ役)が登場しコール・ドと踊る。バレエのパとアンサンブルのジャズの動きが、うまく調和していて、しばらくはポワントで踊っているのに気づかなかった。腰に真紅のベルトを巻き、濃紺の衣裳を着けたセザール・コラレス(ジェリー役)が登場して粋なデュエットが踊られる。大きな川の渦まく流れのようにさまざまに変化するコール・ド・バレエの動きは、「まるで万華鏡を覗いているよう」(ウィールドン)。こうしてジャズの動きとバレエが一体となった舞台は、バレエ史の輝かしい一端を包摂し、素晴らしいフィナーレを迎えた。
ウィールドンはインタビューの中でこの作品を「美しい明るいブロードウェイ風の抽象バレエ」と語っているが、確かにジャズの自由な動きとバレエは舞台上で一体化して語りかけてきた。そして素晴らしいのは、一体化して秀逸な舞台美術と響き合い、その美しさが飛躍していることだろう。それはまさに英国ロイヤル・バレエの芸術監督、ケビン・オヘアが語った「英国ロイヤル・バレエとニューヨーク・シティ・バレエの融合」ということなのである。
An American in Paris, The Royal Ballet ©2025 Johan Persson
An American in Paris, The Royal Ballet ©2025 Johan Persson
9/19(金)~9/25(木)TOHOシネマズ 日本橋 ほか1週間限定公開
■公式サイト:http://tohotowa.co.jp/roh/
■公式 X:https://x.com/rbocinema
■配給:東宝東和
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