勅使川原三郎の新作『記憶と夢』に出演するダリオ・ミノイアが語る「サブローと同じ空間で空気を共有できることが楽しみです」
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インタビュー=香月 圭
10月25日から11月3日まで、東京・荻窪のKARAS APPARATUS(カラス アパラタス)にてアップデイトダンスNo.115『記憶と夢』が上演される。演出・照明は勅使川原三郎、アーティスティックコラボレーターは佐東利穂子、出演は勅使川原と佐東のほか、2024年に勅使川原がバーゼル・バレエ団に振付けたプロジェクト『Verwandlug』で出会った南イタリア出身のダンサー、ダリオ・ミノイア。2014年、ノルウェーのイェーテボリで『Metamorphosis(変容)』を観て、光・音・空気・身体への研ぎ澄まされた美意識をもって空間を質的に変化させる独創的な身体表現を探究している勅使川原の作品世界に惚れ込んでいたというミノイアが、今回の新作への抱負や、勅使川原とのクリエーションなどについて語った。
勅使川原三郎より
―バーゼル・バレエでの創作で出会ったダリオミノイアをアパラタスでの新作に参加してもらおうと考えたのはなぜでしょうか?ダリオはどのようなダンサーか教えてください。
勅使川原三郎:バーゼルバレエ団で、「人間のように」という作品を創作する際、数多くの出演ダンサー候補の中にいる彼の率直さと彼の身体がもつ不可解さに興味を持った。
ダンサーしか持ちえない知性は、固有のものですが、それは身体の内側に隠されているものです。その知性を自覚してかしないか、自然界の生物の持つ不思議さを有するものしか表せない質です。それこそが作品の特定パートに必要としました。創作過程に保った作品への理解と献身も高く評価しました。
―「記憶と夢」はどのような作品となりそうでしょうか。
勅使川原:人間が持つはっきり掴めていないが感じるわからない事。逆にわかっているはずだが、何度もわからないと感じる事。そして、それらの間にある存在は何?と言うこと。
記憶は不確かと不確かの間に存在しようとする夢ではないか?
私は確証を得たいとは考えない。不確かが与えるものは何かに興味がある。
宇宙人、形にならない不確かが何を発しているのか?
いるとかいないは、どうでもいい。形にならない、形が溶けて、固体が解ける、物質、生命、溶けなければ動きは生まれない。人間こそ宇宙人で、だからこそ人間は人間になりたがる。実に奇妙なことだが、まさに人間で、だから人間否定運動が活発になる時期が歴史にはある。気楽に言えば、現代は様々な複雑化の混乱を楽しむ時代なのではないか。
―勅使川原三郎さんとは、どのようにして知り合いましたか。
『人間のように(Like a Human)』勅使川原三郎振付、ダリオ・ミノイア(2024年3月 バーゼル・バレエ)©Julian Mommert
ミノイア:2014年、スウェーデンのイェーテボリ・オペラ・ダンス・カンパニーでサブローが『Metamorphosis(変容)』を創作したとき、偶然その公演を見に行き、彼の作品に出会ったことを昨日のようにはっきりと覚えています。疾走感があり、格好良さと同時に深みも感じました。そして、彼の作品で踊っているダンサーたちのようにあの舞台に立ち、作品世界を体感したいと思ったのを覚えています。映画や3D画像など、美しいものは数多く見てきましたが、彼の作品は全く違いました。それ以来、サブローの作品を踊りたいがために、イェーテボリ・オペラ・ダンス・カンパニーのオーディションを受け続けていました(笑)。イェーテボリでは2016年3月、4月に"Teshigawara"と名付けられた勅使川原作品のみで構成 された一夜のプログラムが上演されています。上演作品は新作 『トランキルTranquil(静か)』と、2014年に勅使川原がイェーテボリ・オペラ・ダンス・カンパニーのために初めて創作した作品『メタモルフォーシスMetamorphosis(変容)』でした。僕は2023年からスイスのバーゼル・バレエに在籍していたのですが、2024年、何と彼の『Metamorphosis』の上演が決まったのです。僕が大好きな作品が自分のカンパニーで再演されるなんて、まるで夢を見ているみたいで、信じられませんでした。しかも、サブローと共に再演のリハーサルが行われ、別の新作(『Like a human』)も作られるということで興味は尽きませんでした。この幸運に感謝しています。
―勅使川原三郎さんの創作過程に参加して、いかがでしたか。
ミノイア:それは「別次元の体験だった」といっても過言ではありません。本当に特別な経験でしたこれまで様々な人たちと仕事をしてきましたが、サブローは唯一無二の存在です。彼が持ち込んでくださった知識を僕たちが共有できたことは、本当にありがたいことでした。そのなかで、今でも心に残っていること、探求し続けたいものもたくさんあります。それらを深く掘り下げることによって新たな発見があり、思考や舞踊が洗練され、再創造されていくと思います。
私が衝撃を受けたのは、彼から課された忍耐力でした。まず、作品の質や原則をしっかりと理解したうえで、作品の構築に向けて、多くの傾聴と忍耐が必要とされました。彼は何度も「遅れても落ち着いていよう」とおっしゃっていました。何事も、できるだけ早く手に入れ、与え、届け、確信を持ち、売らなければならないといった、私たちが常に経験しているような衝動ではなく、物事に遅れることを許容する考え方です。「創作の進みが遅れていても、作品は初演の直前に自然に出来上がるだろう」という思考でした。制作期間は2ヶ月間あったはずですが、基礎を築くのに6週間も割いた後で、作品がわずか4日間で自然に出来上がるのだろうか、と現場の人間が信じられるかどうか、想像してみてください。周囲の不安をよそに、彼は、決断を下すのにたっぷりと時間をかけて、作品の土台をしっかりと作り上げていきました。
現代の振付家は、作品を創りたくないと思っていても、創り上げなければならないという、この狂気の波に乗らなければならない時があるのです。こうした忍耐強さ、間違いを許容し、完璧を求めない寛容さは、とても新鮮で自由だと感じます。芸術は元々、こうした自由な精神から生まれたものであり、強制や売り込みから生まれるものではないからです。ダンサーたちは幼い頃から、10歳で4回転ピルエットができたら素晴らしいと教え込まれて成長しますが、サブローは全く異なる舞踊観を持っています。「昨日はできたのに、今日はできなかった。それでも辛抱強く待てば、時間はかかっても、いつかはできるようになる」といった調子なのです。確かに、ダンサーとしての芸術性はそのようにして、自分の中に奥深く蓄えられていくのだと思います。完成すると、確実に何かが残ります。だからこそ、彼とまた一緒にコラボレーションできないかと真剣に考えたのです。
『人間のように(Like a Human)』勅使川原三郎振付(2024年3月 バーゼル・バレエ)©Julian Mommert
『メタモルフォーシス2024(Metamorphose 2024)』勅使川原三郎振付(2024年3月 バーゼル・バレエ)©Julian Mommert
―イタリアの南部、ブーツ型の国土のかかと部分にあたるプーリア州のお生まれだそうですね。小さい頃から踊るのはお好きだったのでしょうか。
ミノイア:小学校の頃、ダンスや動きを使ったゲームを楽しんだりしていたのを覚えています。また、祖母が気晴らしによく社交ダンスに連れて行ってくれました。それでダンスに惹かれていったのです。2年後には、毎週のようにダンスホールに連れて行かれたのを覚えています。そこで、彼女にダンススクールに試しに通わせてほしいと頼んだんです。それが、ダンサーへの道のりの始まりでした。10歳のときから、故郷のプーリアにある2つの私立のダンススクールに通いました。クラシック・バレエの教育を受けながら、モダンダンスやコンテンポラリー・ダンスも常に並行して学んでいました。
18歳になり、もっとプロフェッショナルなダンスを追求したいと思い、オランダ ロッテルダムのコダーツ芸術大学のオーディションを受けることにしました。幸運にも入学することができ、朝から晩まで、ノンストップで様々な授業を受け、多くのことを学びました。イリ・キリアンやオハッド・ナハリンといった著名な振付家の方々をはじめ、様々な専門家の方々と交流する機会もあり、プロフェッショナルな分野に触れることができました。
―今回、日本は初めてですか。
ミノイア:はい。ヨーロッパから地球の反対側に位置するご招待いただき、ありがとうございます。ヨーロッパの人々は、映画や読書、作家や芸術から影響を受けて、日本を理想化して見る傾向があります。私たちの日本の文化の見方にはステレオタイプが溢れていますが、この思い込みを一旦捨てて、心を開いてありのままの日本を体験したいです。公演期間が終わってからも、一か月ほど東京に一人で滞在しようと決めました。日本でどんな出会いがあるのか、自分が何を感じるのかを知りたいと思います。
―日本で勅使川原三郎さんの作品に出演されるにあたって、抱負をお願いします。
ミノイア:『メタモルフォーシス』の再演、そして『Like a human』の創造において、サブローたちは私たちに多くのことを教えてくださいました。今回一番楽しみにしているのは、彼らと同じ空間で、空気を共有できることです。リホコ(佐東利穂子)との共演も貴重な経験になると思います。今回、新たに多くのことを学ぶことでしょう。フリーランスになったばかりですが、全身全霊を捧げて今回の創作に積極的に参加したいと思います。私たちとは全く異なる歴史やダンスの伝統を持つ方々と出会う機会をいただき、私たちの活動に共感してくださることに感謝します。日本の皆様にお会いできることを、楽しみにしています。
―お忙しいところ、興味深いお話をありがとうございました。舞台を楽しみにしております。
『メタモルフォーシス2024(Metamorphose 2024)』勅使川原三郎振付(2024年3月 バーゼル・バレエ)©Julian Mommert
声を発しない舞踊の道に進み、自分自身の声を見つけたいという思いから、コダーツ芸術大学では心理学も学んだミノイア。2020年から2022年まで在籍したスウェーデンのスコーネス・ダンステアターでは、アルツハイマー病を患っている人たちとのワークショップなど、障害者、高齢者、子供たちと一緒にできる様々なアクティビティに参加して、ダンスの社会的な側面に気づかされたと語る。舞踊への飽くなき探究心に富むミノイアが、カラス アパラタスで勅使川原三郎とどのような舞台を創り上げるのか、期待が高まる。
ダリオ・ミノイア Dario Minoia プロフィール
2024年に勅使川原三郎がバーゼル・バレエ団に振付けたプロジェクト『Verwandlug』で出会った南イタリア出身のダンサー。オランダ、ロッテルダムのコダーツ芸術大学で近現代舞踊を学び、2015年に卒業すると同時にスカピーノ・バレエ・ロッテルダムに入団、マルコス・モラウMarcos Morau、フェリックス・ランダー Felix Lander、イタマル・セルッシ・サハル Itamar Serussi Sahar、マチェイ・クズミンスキ Maciej Kuzminskiなどの作品に出演。2020年スウェーデンのスコーネス・ダンステアターへ移籍、2023年よりスイスに拠点を移し、バーゼル・バレエ団の新メンバーとして参加。2024年、同バレエ団にて勅使川原三郎の作品『Like a Human(人間のように)』、『Metamorphosis(変容)』の両作品に出演。来年、勅使川原がベルギーの声楽アンサンブルであるヴォックス・ルミニスと創作する新たなプログラムにも出演予定。
アップデイトダンスNo.115「記憶と夢」
演出・照明:勅使川原三郎
アーティスティックコラボレーター:佐東利穂子
出演:勅使川原三郎 佐東利穂子 ダリオ・ミノイア
日程 2025年10月25日(土)〜11月3日(月)
公式サイト https://www.st-karas.com/schedule/update115/
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