東京2020パラリンピックから2025年の東京、そして未来へ繋ぐ『TRAIN TRAIN TRAIN』森山開次インタビュー
- ワールドレポート
- 東京
掲載
ワールドレポート/東京
インタビュー=小野寺 悦子
デフリンピックが開催される2025年秋、東京2020パラリンピック開会式の芸術パートで中心を担った森山開次と、その仲間たちが再集結。オーディションで選ばれたキャストと共に、障害の有無やジャンルを超えて、一つの物語をつむぎ出す。
舞台『TRAIN TRAIN TRAIN』で振付・演出・出演を務める森山開次に話を聞いた。
----東京2020パラリンピック開会式の演出・チーフ振付を手がけた森山さん。今回はパラリンピックのレガシーを継承・発展させるアートプロジェクト「TOKYO FORWARD 2025 文化プログラム」の一貫としての上演で、キャスト・スタッフにはパラリンピックのメンバーが多く集っています。
森山 パラリンピックに参加できたことは僕にとって本当に光栄でしたし、とても素晴らしい体験でした。ただ、それで終わらせてはいけない、次に繋げていけたら、という想いが強くあって。メンバーとはずっと連絡を取り続け、時にはみんなで集まることもありました。
音楽家の蓮沼執太さん、僕をパラリンピックに引き込んでくださった栗栖良依さんなど、スタッフにはパラリンピックのメンバーが再集結しています。栗栖さんは障害のある方たちと活動されていて、今回もいろいろ相談させてもらっています。
パラリンピックで主演を務めた和合由依さんが、今回も引き続きメインキャストで出演します。パラリンピックは終わったけれど、きっと彼女はこれからもアーティストとして頑張っていくはず。僕たちもそこに参加したり、サポートできるようなことがないかという想いもありました。
デフリンピックが今年東京で開かれ、いろいろな人が注目している今、またこの舞台でいろいろなことを感じてもらえたらと思っています。
栗栖良依
蓮沼執太
三浦直之(ロロ)
----タイトル『TRAIN TRAIN TRAIN』に込めた想いとはどんなことでしょうか。
森山 パラリンピックは飛行機の物語だったけれど、今度は列車です。『TRAIN TRAIN TRAIN』と、TRAINを3つ並べました。パラリンピックで得てきたものが繋がっていくといいな、という想いをこの3つのTRAINに込めています。
今回の企画は原作があるわけではなく、まずは枠組みを作るところから始めました。決めていたのは、列車の物語にするということ。まず1枚の絵を描いて、この1枚の絵を形にしていけないか、というところからのスタートでした。
この『TRAIN TRAIN TRAIN』という列車の枠組みの中で、どういう旅にしていくか、まずは大きなイメージを僕からみんなにバンと投げています。ただ今回は普段の作品とは違い、新たにいろいろなことを取り入れて創作をしているので、みんなにとってもチャレンジングな舞台になるはず。僕の世界をこのままやりますというのではなく、みなさんの声を取り入れていきたい。だからとにかくみんなと一緒にすごくたくさん喋っています(笑)。
----今回の公演はデフリンピックの文化プログラムの一つという位置づけになります。障害のある方を含めて幅広い観客にどのようにお見せしていくのでしょう。
森山 いろいろな障害のある方にどうやって舞台を楽しんでいただくか。「僕たちはこれを作りました、はい見てください」というだけではダメで、どう届けられるかを大切に考えなければなりません。まず突き当たったのが、聴覚障害の方に音楽をどう届けるか、ということでした。
そこでキーワードにしたのが「ムジカ」。ラテン語で「ミュージック」の語源となった言葉です。今現在、多くの耳が聞こえる人がイメージする「ミュージック」とは異なり、「ムジカ」にはもっと広い意味合いがあって、身体だったり、言葉だったり、いろいろなものを含めて「ムジカ」と呼んでいた。それがいつの間にか五線譜で表されるような「ミュージック」として狭くカテゴライズされていった。
ダンスもかつては音と一緒だったはず。一緒に躍動していた音と身体が、少しずつわかれていった。それでダンスになり、音楽となった。そう考えると、少し前はダンスにもいろいろなものが含まれていたと思うんです。まずは原点に戻って、「ムジカ」として届けたら、聴覚障害の方にもキャッチできる何かを内在できるのではないか。また視覚障害の方がキャッチできるものも、そこには含まれているのではないか、と考えました。
広い意味で届けていけば、みなさんも広い意味でキャッチできるのではないか。字幕や音声ガイドを補助的に使ったりもするけれど、それだけではなく、もう少し情景的な、感覚的なことをポツッと並べていく。身体の動きや表情や音で伝えたとき、いろいろな捉え方で楽しめる言葉の在り方が見つけられたらいいな、という考えです。人によっては、同じものを見ていても違うものに感じたりするでしょう。でもそれって尊いと思う。1つのものを見て、みんなが同じことを感じる必要は全くないわけだから。
実際に「ムジカ」で舞台を作るにはどうすればいいか。例えばミュージシャンは楽器を演奏すればすぐに音楽を届けることはできるけど、もっと原始的になって、舞台装置のどこかを叩いてみたり、楽器ではないものを使ってみてもいいよね、というところから始めています。あんなものを叩いてる、どういう音がするんだろうと想像してもらったり、今何を叩いたんだろうと想像してもらったり。管楽器を吹くかわりに、風船を膨らませて、しゅーっと空気が抜けていけば、視覚的にも見える。そこでまた息が出てくる音を想像できるかもしれない。それぞれのアーティストがそれぞれの方法で「ムジカ」というものを表現していく。それにはどうしたらいいか、そんなことをみんなで話しながら取り組んでいます。
----キャストには障害の有無やジャンルもさまざまなアーティストが集まっています。オーディションをされたとのことですが、どのような視点で選ばれたのでしょう。
森山 まず第1に、その人が魅力的に見えること。みんな魅力的ではあるけれど、より強く何か意気込みを感じたり、可能性を感じたりした方をピックアップしていきました。ハッとするものがあったり、一緒にやりたい、一緒に踊りたい、という自分の直感も僕の中では大きいですね。
ただ、それだけではいけない部分もあって。作品としては、いろいろな価値観を持つ人がいてくれた方がいいので、総合的に見た時の多様性も必要です。演出家として舞台を見る時は、黄色がいたらブルーがいてほしいとか、賑やかな感性の人がいたら静かな感じの人がいたり、相性として組み合わせたら面白そうだなということもあれば、似ているからいいということも当然ある。バランスを踏まえ、必然的にいろいろな人がいるように選んでいます。
----オーディションでは実技審査も行いましたか。
森山 オーディションではまずワークショップをして、みんなに自由に自己紹介をしてもらいました。特技があったらやっていいですよと言ったら、みなさん個性的なパフォーマンスをしてくれて、すごく面白かったですね。オーディションで一輪車を披露してくれたのが岡部莉奈さん。彼女は一輪車のスペシャリストで、もう天井に手が当たるぐらいの勢いで台風のように一輪車を走らせるんです。でもひとたび一輪車から降りるとすごく静かで、そのギャップが素敵だなと思いました。篠塚俊介さんもオーディションで選んだ方。彼は昔からの知り合いで、普段車椅子に乗っているけれど、車椅子から降りて魂が震えるような踊りもする。小川香織さんは以前SLOW LABELの舞台でご一緒したことがあって、あの子がこんなすごいパフォーマンスをするようになったのかと驚きました。他にも僕にとっては新しく出会う人もいるし、積み重ねている方もいて、すごく思い入れあるメンバーばかりです。
----個性溢れるキャストのなかでも、キーパーソンとなるのが和合さんですね。パラリンピックの時は13歳でしたが、5年経った今、彼女の変化をどう受け止めていますか。
森山 大人の女性になりましたね。ただもともとすごくしっかりしていたので、大人になってしっかりしたねというよりは、相変わらずしっかりしてるね、という感じです(笑)。パラリンピックのときはコロナ禍ということで、キャストのオーディションはオンラインでの審査でした。僕たち審査する側は大人が2列にずらりと並んで、それはもう大層な状況です。当時はまだみなさんオンラインに不慣れだったと思うし、障害のある方もいて、いろいろ苦労しながらオーディションを受けてくれていましたね。そこで大きな管楽器を演奏する特技を披露してくれたのが由依さん。すごく印象的でした。彼女は自分の言葉でちゃんと伝えることができるし、ちゃんと考えることができる。初めましての時からそうで、それは彼女の1つの個性だと思います。あの時は対応した僕の方が圧倒されて、「開次さんタジタジでしたね」ってみんなに突っ込まれたくらい(笑)。彼女の良さは、はっきりと自分の意見を言って、前向きに生きて、人と接していくところ。その姿が勇気をくれるし、表現する純粋さにも繋がり、人を感動させる。そういう意味ではこうした舞台だけではなく、いろいろな世界でどんどん活躍していってほしいし、パラリンピックで出会った人たちはみんな由依さんのことを応援しています。
----森山さんもスチーム・ダンサーの一人「白い吐息」として出演されます。
森山 今回の舞台で一つ大切にしているのが「息」。SL蒸気機関車は石炭から煙と蒸気を吹き出して、動きの力を生み出していた。それがディーゼル機関車になって、EL機関車になって、電車になった。僕たちのこのTRAINは何で動くのかというと、息で動かしていく。僕たちの息でこの舞台を動かし、踊って、生きていく。息を吐いて踊り、息を吐いて言葉を発していく。障害の有無を超えて共通している、生きている息というものが一つのテーマになれば、それが僕たちの音楽ということになる。
僕を含めた6人のダンサーがスチーム・ダンサーとして舞台に登場します。僕たちスチーム・ダンサーが舞台を動かし、列車を動かしていく。由依さんは車椅子なので、安全を確保するためにも、舞台上で僕らスチーム・ダンサーがサポートすることもある。ただ介添え的なサポーターということではなく、演者として表現しながら、息としてしっかり送り出していく存在にもなりたい。またそれが1番強いメッセージになればと思っていて。息というものをテーマに、僕の役を「白い吐息」としてみました。抽象的でありながら、いろいろなものになり得るものとして、チームのみんなにいっぱい息を吹きかけていくつもりです。
----プロダンサーから障害のあるパフォーマーまで、さまざまなキャストのみなさんにどのように振付されているのでしょう。
森山 人に応じて振付の仕方を変えています。まずは僕のボキャブラリーを1回与えてみて、どんなふうに返ってくるか。そこからじゃあそれはいいねとなって、どう生かしていけるか進めていく。いずれにしても、基本的に僕の振付をそのまま正確に表現することは別に必要とはしていなくて、むしろ僕ができない動きをやってもらいたいくらい。振付のスタートは1つの投げかけに過ぎなくて、彼らの返答から振付が始まる、という感覚です。
例えば由依さんにこうやってと言うと、身体のこちら側が動かないとか、こちらは少し動くといろいろ制約がありつつ、僕の投げたものを一生懸命やろうとしてくれる。そこで生まれてきたものに対して、それいいねとなるか、じゃあこっちをもう少しこうしようとなるか。ろう者のKAZUKIさんは目で見て動くのがすごく得意なので、みんなと合わせることができる。一方で彼には手話という言語もあるから、それを起点に発展させて、動きに意味を持たせていくこともできる。そのやり取りが人によって変わってくる。それを1人ずつ丁寧にやっていく作業です。パラリンピックの時もやはり一人一人作り上げていったので、そういうやり方には僕も慣れていて。
けれど障害の有無にかかわらず、クリエイションをしていく過程では、いろいろな問題が出てきたり、すれ違いが出てきたりすることもきっとあるでしょう。パラリンピックの時もたくさんありました。僕はみんなに向けてみせているつもりでも、手話通訳を介す必要がある人にとっては、角度によって見えないこともあったりと、いろいろ思わぬ行き違いが生まれたりして。だから、心がすれ違ったり、ショックを受けたりすることはどこかで生まれる可能性はある。
でもそこは1つずつ乗り越えていくしかない。お客さんに届ける時も同じことがきっとあって、いろいろなご意見をいただくかもしれません。そこもまた次に繋げていけたらと思う部分であり、繋ぎたいという思いをこのTRAINに込めています。
© Yoshikazu-Inoue
----ダンス未経験者や障害のある方と対峙していくと、予測のつかないもの、想像を超えたものが出てきそうです。
森山 やっぱりそれが、この作品をやる意義だと思います。同じことをやっても、それぞれ返ってくるものは全部違ったりするんですよね。それが楽しいなと思います。
みんなそれぞれいろいろなカラーを持っているから、それをしっかりと出してもらいたい。もちろん出してもらったら僕はちゃんと受け止めるので、思い切り出してねってみんなに伝えたい。
とはいえ作品として作り上げていくからには、みんな好き勝手にバラバラなものを出しているだけではそれで終わってしまう。何かをしっかり共有することがとても重要になる。いろいろな共有の仕方があるけれど、今回は同じ電車に乗ってもらうということ。それは同じ舞台に立つことと同じ。同じ電車なので、降りる駅は自由かもしれないけれど、好き勝手な方向へは行きません。それくらいの感覚はみんなに持ってもらう。目指している場所は同じでなくてもいいかもしれない。けれど共有することがやっぱり大事だと思うから、一緒に乗ってねと言いたい。
その特徴的なものとして、「サイン・ミュージック(Signed Music)」にみんなで向き合っています。サイン・ミュージックとはろう者による音楽表現のジャンルの一つを指しています。僕も今回のプロジェクトで初めて知ったジャンルで、クリエイティブスタッフとして、ろう詩人のSasa-Marieさんが監修で入ってくださっています。
作曲家のベンというキャラクターを演じるKAZUKI さんが列車に乗っていて、彼を軸としながら、最後にサイン・ミュージックを膨らませて、音楽や踊りを奏でていく。それがどう発展できるものなのか、僕も楽しみです。そういう意味でも、やはり僕だけで全部を作るのではなく、みんなで作っていきたい。サイン・ミュージックのほかにも、デフダンサーの梶本瑞希さんや、舞台手話通訳として活躍している田中結夏さんなどがいて、同じ手話から始まる表現でも、いろいろなスタイルがあり得るでしょう。言葉や身体の動きからアプローチしていき、その無限に迫っていく。僕たちもどうなるかまだ未知で、そういう意味では、挑戦だらけですけどね。
このSLムジカという列車が、どんな音を奏でて、どこに向かって走っていくのか。乗客によってみんな行き先は違う。お客さんを違うところに連れて行く、そんな作品を目指しています。
© Shingo Shimizu
© Isamu Uehara
森山開次(もりやまかいじ)
2005年ソロダンス『KATANA』でニューヨークタイムズ紙に「驚異のダンサー」と評され、07年ヴェネチア・ビエンナーレ招聘。『曼荼羅の宇宙』にて13年芸術選奨新人賞。同年文化庁文化交流使。主な演出振付に新国立劇場バレエ団『竜宮』、KAAT神奈川芸術劇場『星の王子さま』、全国共同制作オペラ『ラ・ボエーム』他多数。能・雅楽など伝統芸能とのコラボレーションや「TURN」プロジェクトにて福祉施設滞在の映像制作など、実験的な企画に数多く取り組む。ダンスドキュメンタリー「GIGAKU!踊れシルクロード」(NHKBS)前後編メイン出演、舞台『千と千尋の神隠し』カオナシ役、映画出演など、ダンサーと演出家の両面でジャンルを自在に横断した活動に取り組み、現代のダンスシーンを牽引するアーティストの一人である。東京2020パラリンピック開会式演出・チーフ振付。
<公演情報>
TOKYO FORWARD 2025 文化プログラム
舞台『TRAIN TRAIN TRAIN』
https://www.train-train-train.com/
振付・演出:森山開次、音楽:蓮沼執太、テキスト:三浦直之(ロロ)
○キャスト
出演 和合由依、岡山天音、坂本美雨、KAZUKI、はるな愛、森山開次、大前光市、浅沼圭、岡部莉奈、岡山ゆづか、小川香織、小川莉伯、梶田留以、梶本瑞希、篠塚俊介、Jane 田中結夏、水島晃太郎、南帆乃佳
演奏 蓮沼執太、イトケン、三浦千明、宮坂遼太郎
スウィング 鈴木彩葉、田村桃子、中村胡桃
○スタッフ
アクセシビリティディレクター:栗栖良依、スペシャル・アンバサダー:ウォーリー木下
○日程・会場
2025年11月26日(水)~30日(日) 東京芸術劇場 プレイハウス
○チケット料金(全席指定・税込)
S席 一般6,600円 25歳以下(S席)4,500円 A席 一般4,000円 こども(4歳以上18歳まで):1,000円(S・A共通)
◎チケット取扱・問合せ 東京芸術劇場ボックスオフィス https://www.geigeki.jp/t/
0570-010-296(休館日を除く10:00~19:00)
FAX:03-5391-2215 MAIL:train3@geigeki.jp ※FAX・メールでのチケットのお取扱いはございません。
プレイガイドでも取扱っています。
〒171-0021 東京都豊島区西池袋1-8-1 JR、東京メトロ、東武東上線、西武鉄道「池袋駅」西口徒歩2分。
(池袋駅地下2b出口直結)
【主 催】東京都/東京芸術劇場(公益財団法人東京都歴史文化財団)【助 成】文化庁文化芸術振興費補助金(劇場・音楽堂等機能強化総合支援事業)独立行政法人日本芸術文化振興会
記事の文章および具体的内容を無断で使用することを禁じます。