Special Web Site

湖畔の自然を活かした舞台で『ジゼル』『白鳥の湖』の幻想世界が広がった「さがみ湖野外バレエフェスティバル 2025」

ワールドレポート/その他

香月 圭 text by Kei Kazuki

「さがみ湖野外バレエフェスティバル 2025」

『ジゼル』全2幕マリウス・プティパ:原振付
「Ballet Park 2025」『白鳥の湖』第2幕ほか、マリウス・プティパ、レフ・イワーノフ:原振付
イルギス・ガリムーリン:芸術監督

10月18、19日の2日間にわたって神奈川県立相模湖公園で「さがみ湖野外バレエフェスティバル 2025」が開催された。2007年に始まったこのイベントは、2016年以来9年ぶりとなる。「噴水の広場」ではバレエ関連や健康グッズ、パンや焼き菓子などの物販や舞台衣裳の貸出や展示などの各種ブース、「縦の広場」や「賑わいの広場」前にはキッチンカーが登場し、多くの人で賑わった。
18日の野外特設ステージでは、華やかなバレエ衣裳ファッションショーやコンクール上位に入賞した有望なジュニア・ユースによるクラシック・バレエのソロや、今年2度の全国大会を制した地元の日本大学明誠高等学校校ダンス部によるフレッシュなパフォーマンスも披露された。

©HIDEMI-SETO__1A8508.jpg

『ジゼル』上野水香、厚地康雄 ©HIDEMI SETO

©HIDEMI-SETO__1A8761.jpg

『ジゼル』上野水香 ©HIDEMI SETO

夕暮れが闇に変わる頃、上野水香と厚地康雄の主演による『ジゼル』(全2幕)が幕を開けた。舞台奥が本物の湖で、その向こうの山々がドイツのうっそうとした森そのものに見える。村娘ジゼル(上野)は青年アルブレヒト(厚地)と恋仲である。母親のベルタ(吉岡まな美)は、心臓が弱いジゼルを常に心配している。アルブレヒトは、実は身分を隠した貴族で、従者ウィルフリード(山本達史)の忠告も聞かずに村人に変装している。ジゼルは、意中の相手、アルブレヒトに会うと心から幸せそうだが、厚地が演じたアルブレヒトは、純朴なジゼルと戯れるのが楽しくてしかたがないといった様子で、彼女を真摯な気持ちで愛しているようには見えなかった。暗闇の中に浮かび上がる、秋の日差しのような暖色の照明の舞台には村人たちが集い、ペザント(酒井友美、田村幸弘)の軽やかなパ・ド・ドゥやソリストの村人(松浦景子)がヒラリオンと組んだデュエットも披露された。上野は踊りが好きなジゼルを生き生きと演じた。しかし、彼女を慕う森番の若者ヒラリオン(ブラウリオ・アルバレス)が、貴族であるアルブレヒトの正体を暴き、ジゼルの幸福は崩れ去る。狩りのため、ジゼルの家で休憩していたクーランド公爵の娘バチルド(吉岡まな美)は、アルブレヒトの婚約者だったのだ。恋人の裏切りに絶望し、ジゼルは髪を振り乱して半狂乱になる。上野は正気を失うジゼルを迫真の演技で見せた。

0089.jpg

『ジゼル』松浦景子、ブラウリオ・アルバレス
©STAGE PHOTO Blanc 吉川幸次郎

0099.jpg

『ジゼル』酒井友美、田村幸弘
©STAGE PHOTO Blanc 吉川幸次郎

©HIDEMI-SETO__1A9446.jpg

『ジゼル』上野水香、厚地康雄 ©HIDEMI SETO

第2幕の舞台は夜の森。ジゼルの墓を訪れたのはヒラリオンだった。しかしそこには鬼火がちらついており、彼は恐怖からその場を離れる。野外舞台ならではの本物の炎によるリアルな演出だった。そして精霊ウィリたちが登場し、女王ミルタ(冨士原凜乃)に率いられた彼女たちは整然と踊る。暗い舞台で白いロマンティック・チュチュが青白く浮かび上がる様が、実に幻想的だった。やがて、ジゼルもウィリの仲間入りをする。生きていた頃の柔和な表情が消えた精霊となり、ミルタの魔法の杖に操られ、緩やかなアラベスクでくるくると回転を始める。ジゼルの墓参に現れたアルブレヒトはジゼルの死を悲しみ、後悔の念に苛まされ、沈痛な面持ちだった。一方、ヒラリオンはウィリの大群に追われて命尽きるまで踊らされ、ついには沼に突き落とされる。このシーンも見どころのひとつだが、かつて若い乙女だったウィリたちの、女性に対して誠実でなかった男性に対する生前の怨念が込められているような迫力があった。本物の湖が沼に見え、会場の冷気と相まって、身体が震え上がるような恐怖を感じた。
ジゼルの気配に気づいたアルブレヒトは、彼女の幻影を追い求め、ついには二人でゆったりとしたアダージオを紡いでいく。精霊ウィリの一人となったジゼルは表情こそないものの、柔らかい腕の動きでアルブレヒトを赦しているという気持ちを終始表現した。厚地のサポートも繊細で、ジゼルが空中で漂っているような視覚効果が出た。また、アルブレヒトのヴァリエーションでは、悲しみと悔恨を胸に抱き、それでも、これから貴族の一人として現実世界で生きていかなければならないという青年の心の苦しみが現れていたように感じられた。芸術監督のイルギス・ガリムーリンによるオーソドックスな演出をベースにした、主演二人の個性を活かした舞台だった。『ジゼル』は起伏に富んだストーリーなので、バレエを観る機会が少ない人でも飽きることなく、ついていけたのではないだろうか。

0286.jpg

『ジゼル』©STAGE PHOTO Blanc 吉川幸次郎

翌19日はあいにくの小雨模様だったが、「芝生の広場」では、クラシック音楽に合わせて椅子に座って行う動きを中心とした「チェアバレエ」のデモンストレーション&体験が行われた。講師・稲垣領子の指導に合わせて、参加者たちは傘を差しながらも手足を伸ばし、白鳥のように羽ばたきをして、エクササイズを楽しんでいた。
その後も天気が心配されたが、午後からは野外舞台のくつろいだ雰囲気のなか、バレエやダンスの魅力を伝えるイベント「Ballet Park 2025」が野外特設ステージでスタートした。バレエ衣裳のファッションショーに続いて、ヴァイオリニスト式町水晶(脳性まひと闘っている)による生演奏とバレエのユニークなコラボレーション・パフォーマンスもあった。東京舞座(振付・演出:風花、池島優)によるコンテンポラリーダンス『UZU』では、現代に生きる若者たちのリアルな感情や人生のうつろいが自由に表現されていた。

_5A_0080_クレジット入り.jpg

Attractive Eldersによるチェアバレエのパフォーマンス©STAGE PHOTO Blanc 吉川幸次郎

0105_クレジット入り.jpg

『眠れる森の美女』第1幕より、花のワルツ(音楽×バレエのコラボレーション)©STAGE PHOTO Blanc 吉川幸次郎

4531.jpg

東京舞座『UZU』©STAGE PHOTO Blanc 吉川幸次郎

そして佐久間奈緒と厚地康雄主演による『白鳥の湖』第2幕が上演された。相模湖という本物の湖を背景にした舞台に白鳥の群舞が登場すると、まさに題名どおりの臨場感があった。スワンボートの観光客やカヌーに乗った釣り人も、舞台の真後ろでしばしバレエの美しさに見入っていた。
『白鳥の湖』第2幕では、ジークフリート王子(厚地康雄)と白鳥の姿に変えられた王女オデット(佐久間奈緒)との出会いが描かれる。湖のほとりに来たジークフリートは一羽の白鳥を見つけ、弓矢で射ようとするが、その白鳥は美しい乙女の姿に変身する。オデットは「自分と侍女たちはロットバルトの呪いによって白鳥の姿に変えられてしまい、夜の間だけ人間の姿に戻ることができるのだ」と語る。佐久間のマイムは自然で、自分の内なる声がそのまま言葉になったようだった。「ロットバルトの魔法で白鳥に変えられた悲しみの涙で湖ができました」とオデットが語るくだりの、悲哀に満ちた表情から両手で涙を流す仕草が実に美しかった。ジークフリートが思わずオデットにかけ寄ると、彼女は恐れて逃げ惑う。厚地扮するジークフリートは、オデットを優しくサポートすることで彼女を安心させていく。そしてオデットもまた、ジークフリートに対して信頼を寄せ、オデットがジークフリートのそばで踊るようになる。初対面の二人が愛情を抱くようになるまでの気持ちの変化を、佐久間と厚地は丁寧に踊り進めていった。オデットはジークフリートに身を委ねて束の間の心の平安を得る。第2幕の冒頭で登場したフクロウと化した悪魔ロットバルトに扮した毛利輝忠の、本物の鳥のように高い飛翔も印象に残った。
後半から降ってきた霧雨は止むどころか雨足がひどくなったため、オデットとジークフリートのパ・ド・ドゥの終了とともに、公演は残念ながら中止となった。舞台奥でスタンバイしていた4羽の白鳥以降のパフォーマンスが見られず残念ではあったが、寒い雨のなか最後まであきらめることなく懸命に舞台を務め上げた出演者には、惜しみない拍手が贈られた。自然が創り上げた舞台におけるバレエの美しさを存分に堪能することができた、忘れがたい体験だった。
(2025年10月18、19日 神奈川県立相模湖公園 野外特設ステージ)

0008.jpg

『白鳥の湖』第2幕 佐久間奈緒
©STAGE PHOTO Blanc 吉川幸次郎

0012.jpg

『白鳥の湖』第2幕 佐久間奈緒、厚地康雄
©STAGE PHOTO Blanc 吉川幸次郎

0019.jpg

『白鳥の湖』第2幕 ©STAGE PHOTO Blanc 吉川幸次郎

記事の文章および具体的内容を無断で使用することを禁じます。

ページの先頭へ戻る