ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi 
[2014.11.10]
♪バレエ昔も今も♪BALLET OLD AND NEW♪
今年6月に行われた新国立劇場の「ダンス・アーカイヴ in JAPAN」が、2015年の3月にまた行われるという。バレエ、ダンスは洋舞として、外国で生まれ発展してきたものだからといわれて、日本人の先駆者が顧みられることは少なかった。それが近年少しづつ改められ始めたのか、時折、先人を紹介し学ぼうという催しものが行われるようになってきた。最近では9月から10月にかけて、日大芸術学部演劇学科で定例の演劇資料展として、貝谷八百子オリジナル・バレエ衣装展が開催された。10月には、行方不明となっていた東勇作の牧神を踊る銅像が発見されて、生まれ故郷の仙台市に戻ることができ、その除幕式が行われた。昨年の8月には「舞踊家小森敏を知る」も開催されている。よく調べればもっとあっただろう。
私もかつてチャコットの協力を得て、エリアナ・パヴロバ展を始めオリガ・サファイア展、イトウミチオ展、橘秋子展などを開催してきたが、近年はそれに続く動きも出て来ている。もちろん、どこも予算は無いに等しいだろう。大学や公共の催し以外は、弟子たちや同好の士の手弁当や無償の協力により辛うじて成立しているのが現状だろう。しかし、そうした一般の人々の仕事はほとんど無視されてしまう。大学や公共機関が予算をとって文化的イベントを行うのは仕事として当たり前のことだが、一般の人々の文化的行為を無視し抹殺するのは文化行政として逆行している、と私は思うのだがいかがだろうか。

熊川哲也が新しいフィールドに歩を進めた『カルメン』、音楽、舞踊、美術が融合した舞台

K-BALLET COMPANY
『カルメン』熊川哲也:演出・振付

K-BALLET COMPANYは創立15周年記念として、熊川哲也の演出・振付による『カルメン』を世界初演した。
熊川は『ジゼル』に始まり『ラ・バヤデール』に至るまで、古典バレエの名作10作品を再振付し独自のヴァージョンを創った。とはいえそれは先人たちが礎を創った作品に、新たに独自の解釈を加えて再創造したものであった。しかし15周年を迎えて、かねてより構想を進めていた新たなフィールドへと歩を踏み出した。それが今回の『カルメン』世界初演である。

tokyo1411a_8607.jpg 熊川哲也、ロベルタ・マルケス 撮影/木本忍

今日、良く知られ上演されつづけているバレエ『カルメン』は、アルベルト・アロンソ、ローラン・プティ、マッツ・エクなどの振付作品がある。アロンソ版はプリセツカヤが初演を踊ったが、闘牛場----生きるために死と闘う場---の中に場面が設定されている。そこにほかの登場人物とともに「運命」が現れて展開するドラマ。スペインの舞踊と風土を色濃く塗り込めたバレエ。音楽はビゼーのオペラをシェチェドリンが編曲した「カルメン組曲」を使用している。プティ版はカルメンのドラマを性のエスプリに還元した表現を創って成功した。音楽はやはりビゼーの曲を編曲して使用。エク版は、ドン・ホセの回想をエク独自の舞踊言語で描いたもの。音楽はこれもシェチェドリンの「カルメン組曲」を使用している。
熊川は、K-BALLET COMPANYのレパートリーに入っているローラン・プティの『カルメン』に刺激を受けたことを率直に認めている。プティ版を上演して「1幕ものではあるけれど音楽があり、美術があり、文学があり、そして舞踊がある----そうした総合芸術としての素晴らしさを改めて実感した」という。そこから演出・振付家の熊川哲也は、ビゼーのオペラ全4幕の「ストーリー・ラインと音楽の持つ世界観を活かした構成で」クラシック・バレエとしての『カルメン』を創ろう、と思い至った。

tokyo1411a_8629.jpg 熊川哲也、ロベルタ・マルケス 撮影/木本忍

ただしかし、『カルメン』という作品はスペインの風土、ジプシーの文化と分ち難く成立している、という側面がある。そしてスペインの文化は魅力的なスペイン舞踊を持っている。プティパは感受性豊かな若き日にスペイン旅行をした経験に基づいて『ドン・キホーテ』を創った。レオニード・マシーンは、スペイン人が驚くほど徹底的にスペイン舞踊を身に付けて『三角帽子』を振付け主演した。そのようにスペイン舞踊はデモーニッシュな魅力を持っている。それを作品の魅力に導入したのがアロンソ版であり、プティはそれを逆手にとって、人類のミステリアスな性の世界へと還元した。
熊川版はスペイン舞踊には拘泥せず、ビゼーのオペラ『カルメン』に真正面から取り組んでクラシック・バレエの王道にのっとり制作を行った。言い換えれば、王子と姫君のロマンティックな物語を描くために考案され、その後さまざまに発展してきた技法により、スペインの、ジプシーのディープな愛の悲劇を描くことにチャレンジしたのである。
例えば、バレエに限らず既存の『カルメン』は多くの場合、カルメンがホセにナイフで刺されて死ぬ。スペインのドラマにはナイフは必須の小道具だ。しかし、熊川版では、ホセはピストルでカルメンを射殺する。これはカルメンを逃がしたことが発覚したために、止むなく武器の密輸のグループに入ったホセが、カルメンに拒絶され続けた間ずっと手にしていたもの。時にはカルメンとねんごろにみえた男に突きつけた。そしてプロローグでは自らの頭を打ち砕こうとしたものであり、終始ホセを死の世界へと誘っていたオブジェだ。

tokyo1411a_116.jpg   宮尾俊太郎(ドン・ホセ) 撮影/木本忍

また、熊川は舞台美術デザインをシカゴを拠点に、メトロポリタン・オペラやブロードウェイなどで活躍するダニエル・オストリングに、彼と組むことの多いマーラ・ブルーメンフェルドに衣裳デザインを託した。その際、バレエの装置であっても踊るためのスペースにあまり囚われず、「オペラのようなリアリティ」のある空間を「現実的にすぎず、また作りすぎないもの」。そして「すべての場面に対応できるような象徴となる建造物」といった注文を付けた、という。(この考えは熊川が美術を担当した『ドン・キホーテ』の固め物を思い出せた)
その巨大な全容を捉えることができない建造物は、煤けたタバコ工場の出入り口を表わし、エスカミリヨがカルメンと出会う地下の酒場(タブロー)となり、密輸グループが潜伏する山中のアジトとなり、ホセがカルメンを射殺する闘牛場の外壁となる。そしてその建造物の偉容、あるいはそれが舞台に作る空間は、しだいに追いつめられて行くホセの心理を写していた。

ロベルタ・マルケスのカルメンは、予想に違わず素晴らしかった。情感に溢れ、魅力的だ普段から愛らしい表情をしているが、一旦、拒絶すると、そのことだけでなく、全存在を否定されたようなに感じられ、少々怖かった。しかし、やはり私はジュリエットを踊るマルケスが好きである。熊川のホセはもちろん見事、さすがだった。ラストシーンの銃撃音とともに公演会場全体が震撼し、一瞬の静寂に包まれた後、万雷の喝采が湧き上がった。神戸里奈のミカエラも、ホセへの純粋な愛を全身で表現できていて、とてもよかった。

tokyo1411a_055.jpg 佐々部佳代 撮影/木本忍

佐々部佳代のカルメンと宮尾俊太郎のホセも観ることができた。佐々部のカルメンは、身体も演じる心も中心がしっかりしており、安定していた。細身であるが、宮尾を弾き飛ばすくらいの迫力もあった。
宮尾のホセも熱演だった。とくにもうカルメンと愛し合うことは不可能とわかっていながら、さらに求めずにはいられない、という表現は秀逸。宮尾の個性が生きた。ただ少しだけ、いつも受け身であるかのように見えてしまうところがなくもない。
神戸里奈のカルメンと福田昂平のホセでも観た。神戸はメークも思い切って変え、熱演。カルメンとして初登場だったからか、かなり前掛かりな演舞で初めのうちは少しハラハラさせられた。表現も「小手先の演技はいらない」、と演出家に言われているだけあって、表情も大胆に作ってい見応えがあった。福田昂平は長身を生かして、ヒーローではない苦悩する主役を演じ、とても初主演とは思えない造形力だった。ヒロイックな演技のルーテーンが塗り込まれていなかったのが良かったのかもしれない。
『カルメン』については、まだまだまったく論じ足りない気持ちである。今からもう再演が待ち遠しい。
(2014年10月11日夜 神戸里奈/福田昂平、10月26日昼 ロベルタ・マルケス/熊川哲也、10月26日夜 佐々部佳代/宮尾俊太郎 Bunkamura オーチャードホール )

tokyo1411a_185.jpg 遅沢佑介(エスカミーリョ) 撮影/木本忍 tokyo1411a_1276.jpg 福田昂平、神戸里奈 撮影/木本忍