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原 桐子 text by Hara Tohko 
[2014.04.10]

感動的だった三人のエトワールが踊った最後の『椿姫』、パリ・オペラ座バレエ団公演

BALLET DE L'OPERA NATIONAL DE PARIS パリ・オペラ座バレエ団
”LA DAME CAMELIAS” BY John Neumeier 『椿姫』ジョン・ノイマイヤー:振付

パリ・オペラ座バレエ団日本公演、もうひとつの演目は、かこわれ者の高級娼婦マルグリットと青年アルマンの悲恋をショパンの音楽にのせた『椿姫』。ジョン・ノイマイヤー振付作品の中でも、多くの人に愛されてやまない物語バレエだ。
主役のマルグリット、アルマンにはオーレリ・デュポンとエルヴェ・モロー、イザベル・シアラヴォラとマチュー・ガニオ、アニエス・ルテステュとステファン・ビュリョンが配され、この3組それぞれの公演を見ることができた。

tokyo1404d_1203.jpg シアラヴォラ、ガニオ
photo : Kiyonori Hasegawa
tokyo1404d_1451.jpg シアラヴォラ、ガニオ
photo : Kiyonori Hasegawa

開演前からすでに幕が開けられていて、マルグリットの家の家財道具などが競売にかけられる様子がわかる。暗転なしでマルグリットの侍女だったナニーナがゆっくりと歩いて下手より表れ、観客がそれと気付かぬうちに物語はは始まった。
物見遊山がてらの見物人たちに続き、アルマンが駆け込んで来て、恋焦がれて愛したマルグリットが死んでしまったことを目の当たりにし、ショックで倒れてしまう。その場にいたアルマンの父、デュバルが息子にかけより彼を抱え起こす。やがてアルマンは語り始める。
この作品はアルマンが回想を語る、という形をとられている。ふたりが出会い、惹かれあって愛し合うようになり、マルグリットがパトロンを捨て田舎で幸せなときを過ごしたのも束の間、アルマンの父が現れ、前途ある息子のために別れるように要求する。そしてアルマンに誤解されたまま、病に侵されていたマルグリットが孤独にその死を迎える。オペラとは違ってアレクサンドル・デュマ・フィスの原作に忠実な物語となっている。

この『椿姫』には有名なパ・ド・ドゥが3つある。
第1幕「紫のパ・ド・ドゥ」は、マルグリットの部屋でアルマンが愛を告白する場面。ビュリョン扮するアルマンから想いを打ち明けられて驚くルテステュは、娼婦らしからぬ様子。長身のクールビューティな容姿に純粋な心が輝いて見えた。
続く第2幕では、マルグリットがパトロンの公爵と決別した後の「白のパ・ド・ドゥ」。ここではデュポンとモローの踊りに感情が強く揺さぶられた。思いきり愛し合えることを謳歌し、幸せいっぱいなはずだが、じつは永くは続かないことがお互いにわかっているかのように見えた。宿命的な悲哀が感じられたパ・ド・ドゥだ。
第3幕の「黒のパ・ド・ドゥ」は、マルグリットがこれ以上冷たい仕打ちをしないように、懇願しにアルマンを訪ねる。シアラヴォラは母性的な愛情でガニオ扮するアルマンをあきらめていたのだが、ついには抑えきれなくなってしまう。しかし、幻想として現れたマノンによって現実へと引き戻されるように、アルマンを残し立ち去る姿は痛切だった。
いずれのエトワールもそれぞれに良かったが、上に挙げたシーンが特に心に残る。
これらのパ・ド・ドゥはもちろん、他にも実に複雑なステップが多く、多様なターン、リフト、スローなどがいく度となく繰り返され、高度なテクニックを要し、ダンサーにとっては過酷を極める。オペラ座のエトワールたちは、優雅にそれらを踊り、そのうえで役への深いアプローチを試み、演技的な特徴を見せ、存分に楽しませてくれた。

tokyo1404d_1487.jpg デュポン、モロー
photo : Kiyonori Hasegawa
tokyo1404d_1790.jpg デュポン、モロー
photo : Kiyonori Hasegawa

デュポンはデュマの原作から抜け出したかのようにマルグリットと同化し、散り落ちる寸前までその美しさを最大限に留める大輪の椿のような凛とした佇まい。
シアラヴォラは自身とマルグリットのキャラクターを融合させたかのような解釈で、自然体でリアルなマルグリット像を作り上げた。
またルテステュは、舞台途中から死を目前にした儚げな少女のよう。望むものは愛だけなのだと感じられ、観客の誰もが一度は覚えのある、こんな想いを抱える女性に深く共感したのではないだろうか。

モローはナイーヴな青年でマルグリットどころか他の女性にもろくに声をかけられないよう。内包する苦悩が影となって彼につきまとっている。デュマの幸薄かった幼少時代を思い起こさせるこの陰りは、最後まで舞台を覆い、憂いに満ちていた。
ガニオは熱情を帯びた、まっすぐに愛を伝えることをためらわない青年。マルグリットに裏切られたと勘違いをして、彼女に皮肉たっぷりに札束を渡した後の乾いた自虐的な笑い声が耳について離れない。
そしてビュリョン。物静かな文学青年のようで、あふれる想いをうまく相手に届けられない、非常に不器用でシャイなアルマンだった。

tokyo1404d_1536.jpg photo : Kiyonori Hasegawa

劇中劇としてアルマンとマルグリットの幻影のように登場する『マノン・レスコー』。マノンとデ・グリュー役の白眉は、プルミエ・ダンスールのエヴ・グリンツテインとクリストフ・デュケンヌだろう。特にグリンツテインのマノンが予想を超えた素晴らしさだった。
前半は狡猾で悪魔のような微笑すら浮かべながら、マルグリットを苛む様に圧倒し、一転して、後半はアメリカに渡ってからのデ・グリューを巻き込んでしまったことへの後悔のようなものが伝わってくる。最期にマノンがデ・グリューに抱かれ息絶える様は壮絶で息をのんだ。デュケンヌも安定した踊りで、このデュエットが印象的だった。この『マノン・レスコー』の物語が舞台に彩りを与え、深い味わいをもたらしていたことは間違いない。

マルグリット役の3人のエトワールのうち、ルテステュ、シアラヴォラはすでにパリ・オペラ座でアデュー公演を終えており、デュポンも来シーズンには、アデューする予定。エトワールとしてこの演目の主役の踊りを見られるのは恐らく最後の機会になるのではないだろうか。最高のパートナーを得て、それぞれの英姿を日本で見ることができてほんとうに幸運だったと思う。
(2014年3月20日、21日、22日昼・夜、23日 東京文化会館)

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