ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi 
[2013.02.12]
♪バレエ昔も今も♪BALLET OLD AND NEW♪
次期パリ・オペラ座バレエ団の芸術監督にベンジャミン・ミルピエが任命された、というニュースには少々驚かれた方も多いのではないだろうか。一般的には『ブラック・スワン』で振付をして、主演したナタリー・ポートマンと結婚したということが、最近の主な情報だったので、次期オペラ座バレエの監督に指名されるとは思わなかった。もっとも英国ロイヤル・バレエ団の新任監督ケヴィン・オヘアもバーミンガム出身でスーパースターだったわけではない。ヌレエフやデュポン、ダウエル、ワシリエフ、マラーホフ、熊川といった世界的に名の知られたスターダンサーが起用されるのではないか、と漠然と予測していると意外だったと言えるだろう。さらにマラーホフの後任のベルリン国立バレエ団の芸術監督にはナチョ・ドゥアトが決まったそうだ。するとミハイロフスキー・バレエ団はどうなるのか。サラファーノフやワシーリエフがベルリン入りするとかいうこともあり得ないことではない。ところがもっと驚かされたのはボリショイ・バレエで起ったフィーリン芸術監督襲撃事件である。およそバレエ界の普通の出来事とはかけ離れた想像外の事件だっただけに衝撃的だった。ボリショイはかつて、グリゴローヴィチの長期政権に対してダンサーたちが反発の声を挙げたことはあった。それでも亡命事件が起きた時代はいざ知らず、日本でも踊り、良く知られ主要ダンサーが警察の事情聴取を受けたというような話は聞いたことがない。
ビッグ・カンパニーの芸術監督は、自身の芸術観によってカンパニーを導いて行くわけだが、そこには現実問題としてダンサーの生殺与奪の権が関わって軋轢が生じることがある。さらに限りない経済的なプレッシャーがかかる。官僚とも凄絶なやりとりを行わなければならないだろう。するとやはり、したたかな政治的適応力、明快な経済的な決断力が求められることになる。今後は、スーパースターの華やかな名前や高い芸術性よりも、そうした能力に着目した人選が行われることになるのだろう。バレエは、王侯貴族から庇護を受けて誕生した時代から、革命と世界大戦の時代を経て、あらゆる意味での自立を切実に求められる時代になった、ということなのであろうか。

音楽と共鳴する優しさが清新な印象を残した、ブベニチェク兄弟のガラ公演

BUBENIÍČEK NEW YEAR GALA Canon
「ブベニチェク・ニューイヤーガラ〜カノン〜」
"TOCCATA" by J.Bubeníček, "The Picture of Dorian Gray" by J.Bubeníček, O.Bubeníček, "Faun" by J.Bubeníček, "Preludes & Fugues" by J.Bubeníček, "Le Souffke de I'Esprit" by J.Bubeníček
『トッカータ』イリ・ブベニチェク:振付、『ドリアン・グレイの肖像』イリ・ブベニチェク、オットー・ブベニチェク:振付、『牧神』イリ・ブベニチェク:振付、『プレリュードとフーガ』イリ・ブベニチェク:振付、『ル・スフル・ドゥ・レスプリ---魂の溜息---』イリ・ブベニチェク:振付

「ノイマイヤーのところに素敵な双児の男性ダンサーがいる」といった話題が行き交い、注目して見てみよう、と思ったのはつい最近のことのような気もする。ところが時が早送りされて、そのブベニチェク兄弟がニューイヤー・コンサートを東京で開催する、という。まさか人生すべてが初夢の中、というわけでもあるまいが・・。

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コンサートのタイトルは「カノン」と名付けられ、ふたりが共鳴しながらクリエイティヴな作業を進めている様が連想されて、新年にふさわしい清新な印象を感じる。
まず、イリがニューヨーク・シティ・バレエに2009年に振付けた『トッカータ』。ドロテ・ジルベールとエルヴェ・モローのペアとプラス一人と二組のペアが中心になって、様々のフォーメーションをオットー・ブベニチェクの音楽で踊った。トッカータという形式に即した流麗な流れでよどみなく展開する鮮やかなダンスだ。ただこれは以前にも感じたのだが、動きの変化は上半身が主体でステップは少な目。ステップの流れや展開になにかを語らせことは少ない。振付家の構想をさておいた印象では、ステップを主体としたもう少し開放的な動きを組み込むと、ダンスはまた違った表情を見せてくれると思う。
続いて『ドリアン・グレイの肖像』は舞台奥に巨大な肖像画、その横に大きなカーテンが垂らされ、さらにその下手にはドアがあって、現実と幻影、内面と外見、実象と鏡の境界となっている。オットーのドリアン・グレイ、イリの画家バジル(ドリアンの友人)、ヘンリー・ウォットン卿、肖像画の中のドリアン・グレイ、そしてシビル・ウェインのラケル・マルティネスが次々姿を表し、オットーのドリアン・グレイとからむ。人類の永遠の課題ともいうべき内面と外見、善と悪、の対立に葛藤するオットーとイリのデュエットがクライマックスとなる。
ドリアン・グレイとその肖像画を兄弟で踊るというアイディアは優れていると思うが、逆にコントラストが明快だったほうがドラマとしては理解し易いのではないか、とも思った。

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『牧神』はプーランクのミサ曲とドビュッシーの『牧神の午後への前奏曲』を使って昨年、イリがドレスデン・バレエ団に振付けた。
背後に大きな光りの十字架を背負って司祭が立ち、信徒たちが深奥から立ち上る魂の飢えを訴える。このシーンの音楽はプーランク。そして司祭の示唆に一人の信徒が目覚めるともう牧神が現れる。信徒たちの牧神の獣部分と人間部分が別人格となって司祭の前で踊る。それはじつは司祭の内面の反映でもあるかにも感じられる。そしていつの間にか背後の光りの十字架は不気味に太くなっていた。結局、司祭の席には牧神の姿をした獣が座ることとなる。中世の厳しい戒律による信仰の姿が、アイロニーとしてスキャンダラスに描かれている。

『プレリュードとフーガ』は世界初演。イリがショスタコーヴィチの『24の前奏曲とフーガ』の音楽と、その初演の際の美貌女性ピアニストと作曲者のエピソードにインスピレーションをうけて創ったデュオ。今回の公演に向けて、オペラ座のエトワール、ドロテ・ジルベールとエルヴェ・モローのために振付けた。ショスタコーヴィチの曲のピアノの演奏に合わせて踊る爽やかでゆったりとしたダンスで、オペラ座ダンサーのエレガントな舞台を楽しむことができた。
ラストの出し物は『ル・スフル・ドゥ・レスプリ---魂のため息---』。”オルガとマリーに捧げる”とサブタイトルにあるように、オットーとイリの祖父母夫妻に捧げられた作品で、イリが振付け、オットーが「天使の到着」「サイレンス」「天使の出発」を作曲したほか、バッハの『G線上のアリア』、ホフシュテッターの『弦楽4重奏』、パッヘルベルの『カノン』が使われている。背景には、公演のために最後の時に居合わすことができなかった祖母の面影を映した、静かに微笑む女性のデッサンを掲げ、その表情が微妙に変化するように見せることで不在の存在感を巧みに表わしている。天使によって亡き人に会いまた別れる、ため息のような静かな優しさと愛が舞台に溢れるような素敵なダンスだった。
(2013年1月5日 Bunkamura オーチャードホール)

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