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s**t kingz⼩栗基裕が主演のシテに挑む。「能」に触発された⾳楽劇『未練の幽霊と怪物―「珊瑚」「円⼭町」―』

ワールドレポート/東京

インタビュー=小野寺 悦子

チェルフィッチュ主宰の岡⽥利規が、能に触発され描くKAAT 神奈川芸術劇場プロデュース『未練の幽霊と怪物―「珊瑚」「円⼭町」―』。願いを果たせないまま亡くなり成仏できずにいる幽霊を「シテ(主⼈公)」とする『夢幻能』の形式を借り、埋⽴てが続く辺野古に⽣息していた『珊瑚』をシテとする1作と、渋谷・円山町を舞台にそこに生きた⼥性をシテとする『円⼭町』の⼆本⽴てで上演を行う。『円⼭町』のシテを務めるのは、s**t kingzのメンバーでダンサーとして活躍する一方、近年は俳優としても注目される⼩栗基裕。シテとして主演を担う彼が、この異色作とどう向き合うのか、意気込みを聞いた。


――岡⽥利規 作・演出の新作『円⼭町』で、主演にあたるシテを務めます。

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小栗 岡田さんとご一緒するのは今回が初めてです。いろいろなシーンで活躍されている方だし、こうして舞台に参加できる日がくるとは思ってもみなかったので、すごくうれしいですね。
まず最初にオーディションを受けました。ワークショップ形式のようなオーディションで、「自分の家を説明してください」というお題が岡⽥さんから出されました。能って、すごくシンプルな舞台に、演者がいろいろな景色を浮かび上がらせていきますよね。演者がいろいろなところを歩いて、その道中で演者が見聞きする風景をお客さんも一緒に体験したりする。たぶんそういう能ならではの風景を作り上げるためのエクササイズだったのだと思います。自分の部屋がお客さんに見えてくるように説明するにはどうしたらいいか、どうしたらそれが浮かび上がるのか、という趣旨でした。面白かったですね。いわゆる踊りを踊ってみせるのではなくて、じゃあこういうキーワードからどういう動きが生まれますか、というような形で動きを見てもらったオーディションでした。

その後出演が決まり、一度『卒塔婆小町』という能の作品を観に行きました。今回の『円山町』のインスピレーションを『卒塔婆小町』から少しもらっているということで、ちょうど上演されているのを知り、これは観なければ! と思って。能を観るのは初めてで、全く知らない世界でした。気兼ねなく観られるようにと、一番後ろの端っこの席をとっていたら、なんとチケットのダブルブッキングが発覚して、かわりにということで前から二列目に案内されちゃって(笑)。正面のすごくいい席です。隣はお着物を着たおばあ様が、何十年前のものだろうという冊子を手に舞台を観ている。なるほどこういう世界なんだって、すごく新鮮でした。ただ、理解できたかというと......。今観たら、もう少し楽しめる気がします(笑)。

――小栗さんが出演される『円山町』は、渋谷・円山町を舞台に、社会に翻弄された⼥性が描かれていきます。台本を読んだ印象をお聞かせください。

小栗 今まで自分が舞台でやってきた役作りはきっと通用しないだろうな、という感覚がまずありました。会話もそんなにないし、かといってミエを切ってポンと何かを言うでもない。言葉が持つ力をそのまま自分を通して広げ、送っていくようなイメージです。ただその言葉を自分に通したとき、いろいろ色付けしてしまうと逆にすごく限定されてしまう気がして。そのさじ加減が難しいですね。セリフ回し自体に言いにくさを感じることはありません。でもそれは、実感を持てるとか、感情が生まれるとか、そういうことでもない気がします。その言葉を理解はするけれど、自分がどれだけ実感できるかということではなく、どれだけお客さんに届けて、それを受け取ったお客さんがイメージをわっと浮かび上がらせるためにはどうしたらいいのだろう、と考えています。

女性役は初めてです。s**t kingzのコントではちょっとやったことはあるけれど(笑)。しな(科)を作ることがある種、その役の属性をきちんと作ってくれる重要なことだと岡田さんが言っていたので、そこはすごく意識しています。動き方とか、立ち方とか、歩き方とか。でもそれがトゥーマッチにならず、ナチュラルになるにはどうしたらいいのだろうと、自分なりに研究しています。
さらに、もう一役演じます。こちらはある種超越した存在であり、この作品の軸になるテーマをもっと広い視野で捉え、料理していく役柄だと受け止めています。いろいろな人間そのものを肯定しながら突き刺していく、悲劇を悲劇としてお客さんにそのまま伝えるわけではない存在という点では、とても重要な役ですね。あまり自分の意見を前に出したり、自分はこう考えているからこういうことを言いたいんだと主張するのではなく、ただそこに存在できたらと思っていて。すごく難しいけれど、媒介となって何かを届ける存在としてそこに居て、そして舞えたら、という想いがあります。

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――稽古の様子はいかがですか。

まず去年の4月にプレ稽古をしています。そのとき台本の一部をいただいて、今回の『円⼭町』という題材を知りました。このときもオーディションでやったようなワークショップ形式で、少しずつ台本を読みながら、岡田さんがイメージを広げていくような稽古でした。そこで作品の雰囲気を一瞬味わえた気がします。
本格的な稽古に入ったのは今年の頭から。昨年のプレ稽古から、8ヵ月間くらいずっと温めていた感じです。岡田さんがやろうとしていることをプレ稽古で少し共有してもらったことで、日々の生活の中でじわじわ育っていたところがあって。自分もそうだし、みんなもそう。それを本読みの時に感じましたね。
岡田さんの演出はすごく丁寧で、寄り添ってくれる感覚があります。岡田さんは絶対に否定しないんです。「それは違います」と言うことはなくて、「じゃぁこうしてみましょう」「こういうことをするためにはどんな感じ?」「こうなるとこういう効果がありますよね」という言い方をされる。正解も間違いもなく、より効果的なものを目指しているように思います。
今回の題材にしても、いきなりぽんと与えられるのではなく、岡田さんがやりたいこと、意図していることを、稽古をしながら少しずつ伝えてくれた感じです。きっといきなり意図を説明されても、たぶん理解できなかったと思います。「今のはこうでしたね、でもこうなるとこういうことが起きますよね」と逐一説明してくださるので、こちらもだんだん理解ができてきて。概念的な話になると、「今のって理解できました?」ときちんと聞いてくれたりもして、導き方がとても丁寧で、信頼できる。さすが世界で活躍されている演出家だなって思います。

――演者は言葉とダンスで役を演じます。振付はどのように行っているのでしょう。

小栗 まずテキストを見ながら、キーワードだったり、その言葉から生まれるアイデアを連想していきます。そこからイメージを広げて、「こういうものが見える気がするので、じゃあこうやって動いてみます」と動いてみたり、いろいろやり取りをしながら、「それ面白いですね」と岡田さんがピックアップしてくれたものを繋げていく感じです。自分自身きちんとそこに明確なイメージを持てて動いているときは、岡田さんにも伝わって、「その感じいいですね、見えますね」となるけれど、自分もまだ曖昧で、こういうことなのかなというようなときは、「もう1つそこに何か欲しい」と言われることもありますね。
いずれにせよ、「この手を3回こうして」という具体的な振付ではなく、概念としての動きです。抽象的ではあるけれど、ピュアなインプロではないし、でも100パーセント振付が決まっているかというと、そうでもない気がします。
昨年出演した『ある都市の死』はインプロ多めでした。s**t kingzのメンバーの(持田)将史くんと、ピアニストの小曽根真さんと3人の舞台です。インプロにしたのは、小曽根さんが弾く音がその時その時で違うから。小曽根さんもステージ上でその時その時聴こえた音を鳴らすそうです。その時聴こえた音で動くという体験をして、決まっていない危うさと面白さを味わいました。だから自分の中では、今回の舞台は来るべくして来たチャレンジで、「おぉ、来たか!」という感じです(笑)。

キャストはそれぞれパートごとに稽古をするのでなかなかご一緒するタイミングがなくて、みなさんと久しぶりにお会いすると、「いつの間にかこんなにできあがってる!」と驚かされます。もう岡田マジックです。自分もそうですけど、みんなたぶんこの稽古でいろいろな新体験をしているんだろうなと思います。
みなさん、不思議な動きをしているんですよね。自分はダンスの目線で考えすぎていて、動きが生まれるには理由がなければいけないと思ってしまっているけれど、理由がなくても動いちゃうことってあるんだなって発見があって。それを踊りと言っていいのかわからないけど、それがまた面白い。どんなエネルギーでその動きが生じているのだろうと......。でもそれは、岡田さんがそう動いてほしいと言っているわけでもない気がするし、自然とみんなが動かされてしまっている感じもします。

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――いわゆる能の所作は意識されますか。

小栗 能は特に意識していません。能の所作自体全然知らなくて、能の決まりとはたぶんかけ離れていると思います。普段のs**t kingzとも違って、時として概念重視のこともあります。踊りのジャンルのようなものもないですね。むしろ、コンテっぽいとか、"何かっぽい"ものになってしまわないように気を付けています。自然と踊りが身体から出るくらい、自分の中で積み上がっているものがあるといいな、という願望があって。自分のベースがストリートダンスなので、やっぱり全然色が違うじゃないですか。それをそのまま作品に入れると、自分も拒否反応が生まれるし、見ている人も「あ、ダンスを始めたな」って感じてしまうと思うので。しいて言えば、小栗スタイルになると思います。自分が持っている特性が、きちんと出たらいいですね。

――2021年に映画『孤狼の血 LEVEL2』で役者デビューし、NHK連続テレビ小説『ブギウギ』にも出演されるなど、近年は俳優としての活躍も目立ちます。

小栗 ダンサーの先輩たちがダンスと芝居のカンパニーをやっていて、それを何度か観に行くうちに、自分もやってみたいなと思ったのが始まりでした。実際そのカンパニーの舞台に出演させてもらったら、すごく難しいけど、すごく面白くて。それで少しずつ芝居にハマっていった感じです。今の事務所に「芝居にもっとトライしたいです」と伝えて、ワークショップやアクティングのスタジオに通ったり、芝居の稽古を重ねています。本当にありがたいことに、いろいろな機会をもらっています。でもやっぱり厳しい世界だなって思います。ダンスをずっと長くやってきたから、芝居もそれだけ長くやらないと見えないものが絶対にあるのだろうなってすごく感じるし、まだまだ足りていないことがありすぎるという自覚はあります。
やっぱり芝居とダンスは違いますね。特に自分がやってきたダンスは、カッコつけるとか、かますとか、何かエネルギーをプッシュするんですよね。でも芝居の場合、必ずしもそれが正解ではなかったりする。「ただそこに居る」というのがすごく難しい。自分たちのジャンルのダンスでは、「ただそこに居る」ことってほぼないし、常にお客さんに与え続けなければいけない。でも最近芝居の経験が少し増えてきたら、ダンスも別にそうでなくてもいいのかなということに気づいて。ダンスで「ただそこに居る」ためにはどうしたらいいんだろう、と考えるようになりました。芝居から、また違う目線でのフィードバックがあるんです。だからすごく面白いですね。

――s**t kingzのメンバーは、小栗さんの俳優活動をどう受け止めているのでしょう。

小栗 s**t kingzの中では、僕はいつも突然変なことにチャレンジしたがる人間だという認識があるみたい。「小栗がまた何か始めたぞ、また不思議な舞台に出ようとしているぞ」と思っているのではないでしょうか(笑)。メンバーにはすごく観に来てほしいし、実際に観てくれると思います。ただ、いつ観に来るかは知らせないでほしい(笑)。意識しちゃうんですよね。ちょっといいところを見せたいって思っちゃう。そこは自分の弱いところです。

――シテとしてお客さまに見せたいものは何ですか。 この舞台でどう在りたいですか。

小栗 ⼩栗基裕として見ないでほしいし、見えないで済んだら1番いいなと思っています。小栗基裕がお客さんに見えないくらい、その世界の一員となれていたらいいですね。

*KAAT 神奈川芸術劇場プロデュース
『未練の幽霊と怪物―「珊瑚」「円⼭町」―』

作・演出:岡⽥利規 音楽監督:内橋和久
出演:アオイヤマダ ⼩栗基裕(s**t kingz)/
⽯倉来輝 七瀬恋彩 清島千楓 / ⽚桐はいり
謡⼿:⾥アンナ 演奏:内橋和久
2026年2⽉13⽇~3⽉1⽇KAAT 神奈川芸術劇場 <⼤スタジオ>
ほか、兵庫、新潟、京都公演
https://www.kaat.jp/d/miren2026

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