池田理沙子と水井駿介、小野絢子と李明賢が「洗練された古典的ライン」の素晴らしいグラン・パ・ド・ドゥを踊った
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ワールドレポート/東京
関口 紘一 Text by Koichi Sekiguchi
新国立劇場バレエ団
『くるみ割り人形』ウィル・タケット:振付(レフ・イワーノフ原振付による)
新国立劇場バレエ団はウィル・タケット振付により『くるみ割り人形』を新製作した。これまでは2017年に製作したウエイン・イーグリングのヴァージョンがレパートリーとして上演されていた。私は池田理沙子と小野絢子のクララ/金平糖の精、水井駿介と李明賢のドロッセルマイヤーの助手/くるみ割り人形の王子の2公演を観ることができた。

池田理沙子、原健太、水井駿介 撮影:鹿摩隆司

撮影:鹿摩隆司
タケット版『くるみ割り人形』は、クリスマス・イブのパーティの準備のさまざまな様子、ドロッセルマイヤー(原健太、中家正博)と助手が贈り物やマジック・ショーの準備をしているところから始まる。
第一幕では、パーティの賑やかな楽しさを表すため、同時に多くの登場人物たちが舞台に現れる。いたずら好きのフリッツ(村田剣一)が友だちと走り回り、子どもたちを仕切る恐ろしい女ダンス教師(関優奈、ネズミの女王も)が子どもたちをビシビシ仕切っている。その夫(宇賀大将、水井駿介、ネズミの女王の夫も)は至って温厚そうでニコニコと世話を焼いている。サンタクロースも姿を見せた。そんな中でクララとドロッセルマイヤーの助手のちょっとした出会いもあった。シュタルバルム家の夫妻(小柴富久修、大木満里奈)とクララの祖母と祖父(山本怜、西川慶・樋口響)そのゲストたち、クララとフリッツと子どもたちが踊る。ドロッセルマイヤーはマジックを次々と披瀝し子どもたちは大喜び、ねずみを追い回す兵士人形(上中佑樹、山田悠貴)やコロンビーヌ人形(奥田花純)、ハーレーキン人形(佐野和輝)なども人形振りを踊ってパーティは大いに盛り上がる。
美味しそうなスイーツがたくさん振る舞われて、子どもたちにはそれぞれプレゼントが贈られる。クララにはちょっと風変わりなくるみ割り人形がプレゼントされ、大変なお気に入りだったが、フリッツが暴れ回って壊してしまう。するとすぐにドロッセルマイヤーの助手がハンカチの包帯を巻いて応急手当を施す。やがてクリスマスのパーティもお開きの時間となり、子どもたちに贈られた人形たちはみんなドールハウスで横になり眠りにつく。
クララはくるみ割り人形が心配で、こっそりと様子を見にやって来た。すると、寝静まった広間に、ねずみたちが次々と姿を現し、怯えたクララは追い詰められて恐怖に陥るが、ドロッセルマイヤーがねずみたちを追い払った。
大時計が真夜中を知らせると、シュタルバルム家は魔法の時間となる。みるみるうちに広間全体が巨大化し、クリスマスツリーもどんどん伸びて天にもとどくばかり。さらにおもちゃの兵士たちとねずみの軍団の激しい戦いが始まった。大きな尻尾を巻いた妖しいねずみの女王はあの恐怖のダンス教師を彷彿させる。くるみ割り人形も兵士たちを従えて出陣し、ねずみの女王と激しく戦うが傷を負って倒れる。クララはあらん限りの勇気をふりしぼって、スリッパをねずみの女王に目がけて投げつける・・・・ねずみ軍は退散した。すると、くるみ割り人形は美しい王子に変身。
クララはくるみ割り人形の王子とともに、大きな雪の結晶のもとキラキラまばゆい光がきらめく世界に行き、雪が舞い散る中からチョコレートの海や御伽の国の中を進み、お菓子の王国へ。

中家正博、李明賢、小野絢子 撮影:鹿摩隆司

撮影:鹿摩隆司
一幕はいろいろあったが、ねずみ軍とおもちゃの兵士の戦争のシーンは、ねずみの女王はなかなかインパクトがあったものの、兵士たちの整然とした行進シーンが少なくて、少し戦いの迫力には少し欠けていたと思われる。
また、タケットは「クララを少し上の年齢に設定した」とプログラムノートに記している。つまり、第1幕ではクララは他の友だちと同じ年齢くらいの少女を演じていて、第2幕では自分の年齢なりの女性を踊っている。元々『くるみ割り人形』は、10歳くらいの少女が王子と出会い、ほのかに好意を感じ、女性として成長していく、という物語で、第2幕では大人のバレリーナの金平糖の精が王子とグラン・パ・ド・ドゥを踊った。しかしこれでは物語の一貫性に欠ける、と指摘されてきた。このため大人のバレリーナが第1幕の少女クララに扮し、グラン・パ・ド・ドゥも王子と踊る、という振付が行われようになった。こうして第1幕の子供たちも大人のダンサーが踊るというヴァージョンも現れる。しかし、タケットはヌレエフ版などで行われている、クララに扮した大人のバレリーナが子どもたちとともに少女クララを踊り、第2幕でも王子とグラン・パ・ド・ドゥを踊る、というヴァージョンとしており、池田理沙子も小野絢子も子どもたちと親和して踊っていた。
美術と衣裳は『マクベス』でもタケットとコンビを組んだ、ミュージカルやオペラなど豊富な経験を持つコリン・リッチモンド。イリュージョンやマジックなどにも専門のスタッフを招いて、特徴のある舞台を作ろうと試みており、優しく魅力的なヴィジュアルを見せて物語を語った。

小野絢子、李明賢 撮影:鹿摩隆司
第2幕ではケーキの縁取りに使われる白いレース模様が舞台を囲み、夢であることを表している。シェフパティシエ(川口藍、関晶帆)から、クララは金平糖の精、くるみ割り人形は王子として迎えられて、スイーツたちの歓迎の踊りが次々と披露され、お菓子のオンパレードとなった。アラビアの踊りをわたあめの踊りに変身させたのはなかなかのアイディアだと思ったが、さまざまな国の民俗舞踊に代わって、わたあめ、ゼリー、キャンディ、ポップコーン、フォンダンローズなどのお菓子のディヴェルティスマンが踊られた。ただ、舞踊にはその国の文化が色濃く映しこまれているのだから、その楽しさが感じられなくなるのはやはり淋しい。「時代を超えた」といえば、そうなのかもしれないが、なにかハチミツに砂糖をまぶしたように糖分過剰の心地がしてしまった。スペイン料理、フランス料理、中華料理、ロシア料理を楽しむように、おいしくお国柄を味わうことはできないのだろうか。そしてお菓子の王国でクララが出会う登場人物たちは「すべて序盤で描かれていたものと繋がっています」、クララの夜の冒険が夢であるから「物語の明快さを貫く」ことになる、とタケットは記している。しかし、夢が現実をちょと歪めたくらいに反映しているのであれば、夢を描くことはそんなに面白いことではない。自分では気付くことの出来ない驚くような想いが深層から現れてくるからこそ、夢はおもしろいのだ。子どもの夢だからと言って、クリスマス・パーティで食べたお菓子が踊りだすとは少し単純すぎないか。
グラン・バ・ド・ドゥは見事だった。最近、観た『くるみ割り人形』の中でも最も優れたものだったと感じた。振付は古典的なラインを尊重した、というが、確かにクララのヴァリエーションなどは、ケレンのない落ち着いた素晴らしい優雅なラインだった。水井の王子は得意のソフトランディングを見せ、軽快に池田のクララをサポートしてを盛り上げ、それに応えた池田もすばらしかった。この二人は素敵なペアだったから、今後もパートナーを組んでほしいと思った。小野絢子と李明賢も良かった。経験豊かな小野は落ち着いて細やかに踊り、長身で手足の長く大きく動く李に合わせてうまくまとめていた。李は若く、伸びやかで生き生きとしていたが、少し細やかさが不足しているとも感じられた。
また、ウィル・タケットの演出振付であるのだから、E.T.A,ホフマンの原作にある暗く恐ろしい世界が、顔を覗かせるシーンもあるのかな、と思っていたが、イリュージョンなどのヴィジュアルに力を入れていて、全体にいわゆる付きのきれいさで整えられていたように思え、心理的な驚きで、子どもたちの空想を膨らまそうという試みはあまりなかったようにも思えた。
(2025年12月21日、2026年1月3日 新国立劇場 オペラパレス)

池田理沙子、水井駿介 撮影:鹿摩隆司

撮影:鹿摩隆司
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