森山開次がバレエと舞踏、歌舞伎を融合させ、異界の妖怪たちを特攻兵の幻影の中に鮮やかに登場させたK-Ballet Opto『踊る。遠野物語』
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ワールドレポート/東京
香月 圭 text by Kei Kazuki
K-BALLET Opto
『踊る。遠野物語』演出・振付・構成:森山開次
BunkamuraとK-BALLET TOKYOが2022年に始動させた新プロジェクト、K-BALLET Optoは、現代を生きる私たちが共感しうる、時代を反映した新作舞踊を発表してきた。第4弾は『踊る。遠野物語』。"日本民俗学の父" 柳田國男生誕150年と、戦後80年という節目の年にふさわしい企画となった。「遠野物語」は岩手県遠野地方に伝わる逸話、伝承などを地元の文学青年・佐々木喜善から柳田が聞き書きしてまとめた説話集である。座敷わらし、山人、神隠しなど、日常生活の周りに現れた異界の妖怪や不思議な逸話などの独立した119話が淡々とした文語体で綴られている。この舞台化にあたり、プロデューサーの高野泰樹と演出・振付・構成の森山開次は、実在した東北出身の特攻隊員が出撃前、許嫁に宛てた「会いたい、話したい、無性に。」という絶筆を参照して、次のように構想した。「もし、この青年の思いが遠野の地に辿り着いたとしたら、許嫁の幻影を見ることができるのではないか」と。この特攻兵の青年(石橋奨也)を軸として物語は展開していく。

石橋奨也、尾上眞秀 ©渡邉肇
上手(舞台右)で中村明一(音楽監督・作曲も)による尺八演奏が始まった。かすれたような息遣いが遠野盆地に吹き降ろす「やませ」を想起させる。軍服姿の石橋は両手を広げて戦闘機に搭乗し、目的地に向けて出撃する。直線的な動きで舞台を走り回り、大空を飛翔するが、撃墜されてしまう。そこへ「少年K」(尾上眞秀)が現れ、倒れていた青年を助け起こす。彼は神隠しに遭ったとされ、新しい局面になると青年を案内する狂言回し的な役である。生死をさまよい、意識が混沌としている青年と対照的に、少年は飄々とした態度がどこか浮世離れして見える。
「三山の女神」のくだりでは、女神(高橋怜衣)と3人の娘たち(山田夏生、辻梨花、塚田真夕)が遠野に現れ、盆地を囲む3つの山をめぐって3姉妹による陣地取りの物語が繰り広げられた。舞台中央の巨大岩が三分割され、遠野の三山になったという神話だ。女神たちは巫女のような冠に眉を消したエキゾチックなメイクという厳かな装いだった。「今夜、よい夢を見た娘によい山を与えよう」と母の神が語り、母娘が寝静まった深夜、天から美しい霊華(蓮の花という説あり)が姉の胸の上に舞い降りる。目覚めた末娘が霊華を自分の胸の上に置き変え、最も美しいと評される早池峰の山を治めることになったという伝説を、母神と3姉妹が人間味溢れるやり取りを交わしながら美しく舞った。

辻梨花、高橋怜衣、塚田真夕、山田夏生 ©渡邉肇

石橋奨也(中央)©渡邉肇

石橋奨也、菊池マセ ©渡邉肇

田中陸奥子、石橋奨也 ©渡邉肇
「山人逸話集」では山に住む妖怪たちが、森山の豊かなイマジネーションによって次々と特攻隊員の眼前に現れる。全身白塗りの舞踏家たち(村松卓矢、松田篤史、小田直哉、奥山ばらば、水島晃太郎、小川莉伯)が重心を低くして大地を踏みしめ、唸り声を上げる様子は、泣く子も黙らせるような迫力があった。鹿の角に見立てた木枝や狐や天狗のお面といった小道具も物語の世界観の創出に大きく貢献している。遠野市出身の菊池マセは赤子に見立てた赤紐の束を抱きながら、遠野に伝わる民謡を切々と歌い上げた。森山開次は赤い紐を身に着けた河童として登場。遠野では幾度も飢饉に見舞われ、口減らしのために赤子が川に流され、赤い河童はその化身だとする説がある。森山は長い金髪と赤い細い紐をなびかせ、手指を広げて河童の水かきを表現し、人間を避けるように岩陰に隠れていった。田中陸奥子は若い娘の頃に神隠しに遭い、30年後に遠野に戻ってきたという「サムトの婆」に扮した。焦点の合わない目、正気を失い、訳の分からないことを呟いているようで、何が彼女をこのように変えてしまったのかという、長い時間の謎の空白期間に起こった恐怖を想起させた。

森山開次 ©渡邉肇

石橋奨也、大久保沙耶 ©渡邉肇
紙吹雪が降りしきるなか、白い衣裳に身を包んだ雪女(大久保沙耶)が登場し、青年は底知れぬ寒さを感じて身震いする。磯貝真紀がかき鳴らす箏の調べが激しくなると、雪女は吹雪のひとひらのように青年の周りをくるくると回り、妖しい美しさを放った。青年は、雪女に許嫁の面影を求める。
「魂行列」は、麿赤兒と田中陸奥子扮する常民(普通の生活を送る農民)の後に座敷わらしやオクナイサマ、オシラサマ、木彫りの獅子頭に似たゴンゲサマといった神々が続いて歩く場面だった。家の中や神社などで、神や先祖の霊など目に見えない存在を身近に感じる当時の人々の死生観が表現されていた。
長生きした猿が転生したという妖怪「経立(ふったち)」の場面では、彼らが青年と少年Kに襲い掛かろうとするも、白いお札を頭に下げた少年Kが歌舞伎の「飛び六方」(片手を前に突き出しながらの片足跳び)などを交えて経立の脅威を勇ましく遠ざけた。
「オシラサマ」は、馬と結婚した娘の悲話(第69話)。K-BALLET TOKYOの武井隼人、中井皓己、金瑛揮、森雅臣が馬の頭部、背中、臀部に分かれ、娘役の大久保沙耶が馬の背中に跨って登場。娘が馬から降りて馬のステップに合わせて軽やかに踊り、頭を寄せ合って心を通わせているのを娘の父(麿赤兒)が目にする。娘を馬に取られた憎しみを抱く父は、禍々しい顔つきのお面を被っている。父は馬の首を鎌ではねてしまうが、娘は馬の首とともに天空へ舞っていく。馬を殺めたことにより、娘まで失った父は、良心の呵責に苦しみ、お面と着物が父の体から離脱して、人間から異界へ転生する。多人数で念仏を唱えながら大きな数珠を多人数で回し、厄払いや悪魔よけ、死者供養、雨乞い、無病息災などの祈祷を行う、東北地方に伝わる「百万遍念仏」という信仰行事になぞらえて、K-BALLET TOKYOのダンサーたちが数珠に見立てた球をもって円陣を組み、麿や田中陸奥子を囲んだ。田中は念仏を唱え続け、数珠は麿の体にぐりぐりとめり込んでくる。麿は大声を上げて両手を広げ、数珠の動きを制した。数珠はちぎれて四方八方に散らばってしまう。長い人生を物語る、皺が刻まれた彼の顔と、瑞々しささえ感じさせる鍛え抜かれた舞踏家としての肉体、そのギャップこそが、生死の境界を容易に超え、観客の目には山爺や冥界に蠢く妖怪にも見えるのだろう。麿がわずかに動いただけで、そこには日常から遠く隔たった妖気が漂い、見る者を釘付けにした。

麿赤兒(中央)©渡邉肇
特攻隊の青年は津波に襲われる。照明、布、ダイナミックな跳躍で巨大な津波を表現するK-BALLET TOKYOの群舞の衣裳、川を表す布もすべて赤かった。津波で奪われた多数の命や血、魂を表す赤は、1幕で菊池マセが抱いていた赤い紐で象徴させた赤子や亡くなった子供の生まれ変わりだともいわれる赤い河童、首をはねられてオシラサマとなった馬と、その馬を愛して天へ旅立った娘の衣裳にも繰り返し使われる。
青年の「死ぬ前に一度でも婚約者の姿を見たい」という強い願いが叶い、赤いワンピース姿の許嫁が青年の元に現れ、二人は手を取ってデュエットを踊る。しかし、彼女には彼の姿が見えないようだ。青年が彼女を見ても、彼女は彼を見つめ返したり、微笑むことはなかった。それでも青年は彼女に触れている感覚をしっかりと感じながら踊り続けた。石橋は遠野物語の異界の妖怪たちが派手に動き回る中、受けの芝居に徹し、寡黙で内面に熱いものを秘めているといわれる北国の人間のイメージを自然に体現していた。
フィナーレは岩手県や宮城県を中心に継承されている郷土芸能、鹿(しし)踊り。金色の衣をまとい、「種ふくべ」(来年の瓢苗のために種を中に残したひょうたん。五穀豊穣の象徴)として登場した眞秀が、荘厳な音楽に合わせてひょうたん形の赤い軍配を動かして鈴を鳴らし、鹿(しし)に扮したK-BALLET TOKYOのダンサーたちが白い和紙の紙垂(しで)の長いたてがみを揺らしながら、青年の厳かに鎮魂の舞を踊った。鹿たちはバレエの身体性を保ちながら、魂を込めて踊り、眞秀は歌舞伎の凛とした所作をもってオーケストラの指揮者のように舞台の要となり、洗練されたエンディングとなった。

©渡邉肇

大久保沙耶 ©渡邉肇
森山は、遠野を訪問し、地元の保存会からから鹿(しし)踊りの手ほどきを受け、鹿児島の知覧特攻平和会館を訪ねて事前に入念なリサーチを行った。そして、特攻隊兵士が見た幻影として舞踊化する説話を選び、それぞれの場面にふさわしい舞踊のジャンルの特性を生かした振付を施した。リハーサルでは、森山自ら天狗の面を自作するなど、早い段階から具体的なビジュアルイメージが立ち現れていた。こうした緻密な創作が功を奏し、現代の日本人が忘れかけていた、普段の生活のなかに死者の気配が日常的に感じられる幻想世界が見事に視覚化されていたと思う。日本の題材は奥が深い。こうしたユニークな舞踊作品が現れることを、今後も期待したい。
(202512月28日 東京建物Brilliaホール)

石橋奨也、大久保沙耶 ©渡邉肇

尾上眞秀、石橋奨也 ©渡邉肇
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