勅使川原三郎がダリオ・ミノイアを迎えて、月光の中に踊る異星人を描いた幻想的な舞台『記憶と夢』
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ワールドレポート/東京
香月 圭 text by Kei Kazuki
KARAS アップデイトダンスNo.115
『記憶と夢』勅使川原三郎:演出・照明、佐東利穂子:アーティスティックコラボレーター
アップデイトダンスNo.115『記憶と夢』は、勅使川原三郎が2024年にスイスのバーゼル・バレエ団に振付けたプロジェクトで出会った南イタリアのダンサー、ダリオ・ミノイアをアパラタスに招き、勅使川原・佐東利穂子とミノイアの3人による新作である。

© Akihito Abe

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紗幕でいくつかの区画に区切られた舞台。下手の照明が明るくなると、勅使川原が最前面に立っている。一瞬の暗転の後、今度は別のエリアに立っている。佐東も紗幕の向こうにいつの間にか登場し、いろんな場所に現れる。演者たちは「だるまさんがころんだ」遊びを、鬼に見立てた観客に向かって行っているようでもあり、観る側が忘れかけていたワクワクするような子ども時代の記憶を刺激する。やがてミノイアも登場する。180センチは超えるかと思える長身で、彼の全身を捉えるために、観客はいつもより視線を上げて舞台を凝視した。教会での荘厳な雰囲気を伝えるエルガーの無伴奏合唱曲「They are at rest」が鳴り響くなか、静かに佇むミノイアは、ルネサンス期のイタリアからタイムスリップしてこの場に到達したかのように感じられた。彼は、紗幕で囲まれた狭い空間で、苦痛に耐えかねるような表情で立ったまま悶えていた。ミノイアの後ろに佐東が現れ、紗幕越しに必死に戸口を叩いたり、飛び上がったりして彼の注意を引こうとするが、ミノイアは全く気づかず、超然としている。普段あまり観ることのできない佐東の茶目っ気が微笑ましい。佐東とミノイアによる緩やかなデュエットは宇宙空間を漂っているようだった。インクを溶かしたような群青の照明のなか、秋の草花をあしらった場所に、勅使川原が植物のように長いこと腰を下ろしてじっとしている場面も印象的だった。右手だけが忙しなく動いていたのは、昆虫の触覚のように辺りの気配を感じていたのだろうか。

© Akihito Abe

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勅使川原が今作のアイディアの出発点とした三島由紀夫の『美しい星』になぞらえると、三者それぞれが異星人であるということだろう。紗幕の各区画はそれぞれの故郷の星で、身体を動かす様も三者三様だった。人物がやっと見えるぐらいに抑えた朧月夜のような弱い照明と、空気が水分をはらんだように霞んで見えた紗幕の舞台は、幻想的な雰囲気を高めた。また、紗幕に大きく映る演者の影も、彼らの動きに呼応して刻一刻と変化し、舞台を彩った。

© Akihito Abe
後半、ロック・ミュージックに乗せて踊る、空気を切り裂くような勅使川原の硬質な動きと、長い銀髪をなびかせながら解放されたように踊る佐東の流麗なムーブメントからは、同じ音楽に反応する感性の違いが伺えて興味深い。ミノイアは空気椅子のような深いプリエの状態でしばし留まっていたが、折り曲がった長い手足が作り出す独特のフォルムが神秘的な雰囲気を感じさせた。ジャンプや素速い回転など、通常の西洋の舞踊作法を封印して、勅使川原の舞踊を実直に行った結果である。東京に滞在してリハーサルに臨んできたミノイアにとって、日本に対するイメージは、故国イタリアでアニメや漫画を通して抱いていたものとは異なるものに変化したように思われる。そうした彼の心持ちも、今回演じた、不可思議な魅力に満ちた異星人像に投影されていたように感じられた。
カラス・アパラタスという小さな空間では、個々のダンサーによる身体表現と、自身が設計した照明、そしてクラシックからロックまで多彩なジャンルの音楽を選び、ときには様々な音も加えて独自の音を作り、それらを組み合わせたシーンの一つ一つを、時間軸に沿って数珠のように繋いでいく営みがこれからも続けられていくだろう。
(2025年11月1日 カラス・アパラタス)
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