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佐々木 三重子 text by Mieko Sasaki 
[2012.06.11]

マニュエル・ルグリがひょうきんなウルリック役で鮮やかに転身

Wiener Staatsballett ウィーン国立バレエ団
Roland Petit “Die Fledermaus” ローラン・プティ振付『こうもり』

新芸術監督マニュエル・ルグリの下で28年振りに来日を果たしたウィーン国立バレエ団。〈ウィンナー・ガラ〉と銘打ったAプロでは、現代作品を含む多彩な作品群で“新生バレエ団”を印象付けたが、Bプロでは、ローラン・プティの傑作『こうもり』で濃厚にウィーンの香りを漂わせた。本拠地ウィーンでは特別の場合以外は踊らないと宣言したルグリだが、ウルリック役で特別出演すると聞けば、見逃すわけにいかない。

tokyo1206b01.jpg photo:Kiyonori Hasegawa

『こうもり』はJ・シュトラウス2世の人気のオペレッタだが、プティがこれを倦怠期の夫婦の物語に仕立て直したバレエ『こうもり』もよく知られている。夫のフランツが翼の生えた“こうもり”に変身して夜遊びに出掛けることを知った妻のベラが、友人のウルリックに促されて自分も変身して何も知らない夫を誘惑し、ひと騒動の後、夫の翼を切り落として平穏な生活に連れ戻すまでが、流麗な音楽にのせ、洒脱で生気に溢れた踊りで面白おかしく綴られる。今回、興味を引いたのは、ルグルが演じるのがフランツではなく、狂言回し的なウルリックであること。あのルイジ・ボニーノが得意とした役である。

ルグリが最初に現れた時の、あの軽妙な、独特の癖のある足さばきに、ダンスールノーブルからの見事な転身ぶりが見て取れた。ベラへの下心をちらつかせ、カフェではつけ髭とエプロンをつけてギャルソン姿で敏捷に踊り、仮面舞踏会では頬を赤く塗ってチャルダッシュに加わり、フランツが捕えられた監獄では付け鼻メガネで看守に扮するなど、常にドラマの鍵を握り、場を盛り上げた。正に八面六臂の大活躍。だが、滑稽な振る舞いでも決して行き過ぎず、節度が感じられたのはさすが。軽快にステップを踏みながら、指先足先にまで神経を配り、体の軸をぶらすことなく踊った。プティの洒脱なセンスを最もよく体現してもいた。ベラとフランツを見守り、仲直りのお膳立てしたウルリックに、バレエ団のダンサーを見守り、盛り立てようとする芸術監督の姿がダブって見えた。

ベラを演じたのはトップ・バレリーナのオルガ・エシナ。冒頭、夫が無視するのが解せないような女盛りの魅力的な女性として登場したため、後の妖艶な女性への変身振りが弱まった。ここは、5人の子持ちのやつれた主婦のイメージがふさわしい。ただ、抜群のプロポーションの持ち主だけにビスチェが良く似合い、惜しげもなく脚線美をさらし、脚を振り上げ、品を作り、男たちを悩殺した。これで、脚でさらに細かなニュアンスを伝えられるようになれば、言うことはない。フランツ役はキリル・クルラーエフ。長身で舞台映えするし、ダイナミックな跳躍など踊りでも見せたが、この役ならではの軽薄さが足りない気がした。それでも次第に調子を上げ、謎の女性を妻とは知らずに追いかける滑稽さや、最後にベラが差し出すスリッパを恭順の証のように履く姿を、自然体で演じた。ただ、身体のラインも露な肌色のタイツ姿のベラとフランツが監獄で踊るパ・ド・ドゥでは、もっと官能的な匂いを醸しだして欲しかった。

娯楽性豊かな作品だけに様々な踊りの見せ場が用意されているが、グランカフェの3人のギャルソンによるコミカルなダンスや、仮面舞踏会での躍動感あふれるチャルダッシュが際立った。チャルダッシュでソロを務めた木本全優は伸び伸びと踊ったが、途中で割り込んできたルグリの演じるウルリックには、さすがに対抗できなかった。木本はスタイルも実力も、他のダンサーに比べて遜色ないだけに、今後が楽しみだ。また、正装した男女が、ワルツの湧き立つリズムを身体でも刻むように流麗に舞うフィナーレは、さすがワルツの国の舞踏会と感心させられた。今回のAプロ、Bプロの公演からは、ダンサーにどんどん役を与え、経験を積ませることで育てようというルグリの姿勢が感じられた。ダンサーも意気込みでそれに応えようとしている。ルグリが芸術監督に就任してからまだ2年足らず。目指すものを達成するには、もう少し時間がかかりそうだが、それにしても期待は高まる。
(2012年4月30日 東京文化会館)

tokyo1206b02.jpg photo:Kiyonori Hasegawa tokyo1206b03.jpg photo:Kiyonori Hasegawa
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