アナニアシヴィリがチャイコフスキーの『くるみ割り人形』を愛情を込めてジョージアの文化と融合させた素敵な舞台
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ワールドレポート/東京
関口 紘一 Text by Koichi Sekiguchi
ジョージア国立バレエ団
『くるみ割り人形』ニーナ・アナニアシヴィリ:改訂台本(E.T.A.ホフマンの童話に基づく)、ニーナ・アナニアシヴィリ、アレクセイ・ファジェーチェフ:改訂振付・演出
ジョージア国立バレエ団の『くるみ割り人形』は、E.T.A.ホフマンの原作に基づいてニーナ・アナニアシヴィリが台本を改訂している。そして改訂振付・演出はアナニアシヴィリとアレクセイ・ファジェーチェフ。ジョージア国立トビリシ・オペラ・バレエ劇場は2015年10月10日に新装オープンしているが、この『くるみ割り人形』は、2020年1月に満を侍してこの新しい劇場で世界初演されている。
ニーナ・アナニアシヴィリは、ボリショイ・バレエを中心に踊った二十世紀の国際的スター・ダンサーとしてよく知られている。
アナニアシヴィリは、旧ソ連邦に属していたグルジア(ジョージア)でアイス・スケートのチャンピオンだったが、1977年からボリショイ・バレエ学校で学び、1981年にボリショイ・バレエにソリストとして入団して、往年の名花、ライサ・ストルチコーワに師事した。そして高速スピンやスピーディで身体が見事に音楽と一体化する華やかな踊りで頭角を表した。中でもボリショイ・バレエ団の十八番ともいうべき『ドン・キホーテ』のキトリは当たり役で、第1幕、アバニコを手に真紅のバラを髪に着けて弾けるように登場し、活力溢れる情熱的な踊りを披瀝して、ボリショイの熱狂的バレエファンを完全に魅了した。そしてプリセツカヤと世代交代してボリショイ・バレエのトップスターとなったのである。また、1988年には、ロシア人で初めてニューヨーク・シティ・バレエにゲスト・ダンサーとして招かれ、ジョージア出身の偉大な舞踊家バランシンの新たなメソッドのもとで踊り、高く評価された。その後もABTやヒューストン・バレエ、英国ロイヤル・バレエなどでプリンシパルとして活躍している。
アナニアシヴィリは、日本でも絶大な人気があり、「アナニアシヴィリとボリショイのスターたち」他のガラ公演でも度々来日している。日本の舞台の彼女は特別の磁力を持っていて、とりわけお団子に髪を結った小さなバレリーナたちの憧憬を一心に集めていたことが印象に残っている。2004年には大統領に要請されて、ジョージア国立バレエの芸術監督に就任し、持ち前の熱意と情熱を注いで祖国のバレエ芸術の興隆のために積極的に貢献し、着々と実績を重ねている。
Photo:Yuuki Horiguchi ©KORANSHA
「ジョージア国立バレエの芸術監督として、愛すべきチャイコフスキーの『くるみ割り人形』に、ジョージアの精神を取り入れたいというのが私の願いでした。何世代にもわたって観客を魅了してきたこの不朽の名作は、実はジョージアと特別なつながりがあります。チャイコフスキーがジョージアに滞在した際、ジョージアの音楽の美しさと文化の温かさからインスピレーションを得て、一部を作曲しているのです」とアナニアシヴィリは公演パンフレットの冒頭で述べている。確かにジョージア色に満ちた愛情のこもった『くるみ割り人形』を観ることができた。
まず設定は20世紀初頭のジョージアのダディアーニ一家とされており、役名はクララ/マーシャはバーバラ(ニノ・ハフタシヴィリ)、フリッツはレヴァンとなっていた。ドロッセルマイヤー(マルセロ・ソアレス)はバーバラの名付け親であり、彼女の夢を仕切っている。物語の流れは大きく変えられてはいない。
第1幕には、ジョージアの民族衣裳と踊りが導入されていて、ローカルなヴィジュアルがチャイコフスキーの音楽と良い感じで溶け合っていて、観ていて微笑ましかった。クリスマス・イブのパーティにドロッセルマイヤーとともにスペイン、東洋、ロシア、中国、フランスの人形たちもやってきてパーティを楽しく賑やかにした。おもちゃの兵隊は規律正しく戦ったが、ネズミの王様(西出拓真)との一騎打ちでピンチに陥ったくるみ割り人形(細谷海斗)をバーバラが健気に靴を投げつけて救った。するとネズミの呪いが解けたくるみ割り人形は、素敵な王子の姿を取り戻した。ボリショイ・バレエ・アカデミー出身でリーディングソリストの細谷海斗は落ち着いた踊りで、トビリシ・バレエ学校出身のハフタシヴィリをよくサポートしていた。息の合ったペアで最後まで舞台の核心を見事に務めた。また、京都バレエ団のプリンシパル、鷲尾佳凛はジョージア国立バレエ団に2014年に入団しリストとして活躍、アナニアシヴィリとも共演している。私は残念ながら観ることができなかったのだが、今回の日本公演では、6公演くるみ割り人形と王子を踊っている。
Photo:Yuuki Horiguchi ©KORANSHA
Photo:Yuuki Horiguchi ©KORANSHA
第2幕は、ジョージアの有名な遊園地でトビリシ市街が眼下に見渡せるムタツミンダ山の頂上にある、ムタツミンダ公園が舞台とされているという。ここはさまざまなちょっとシュールな造型物があり、森があり、ゴースト・キャッスルがあり、ジェット・コースターも走り、恐竜が鳴いて、「ジョージアの夢の国」とも言われるところ。おそらく、ジョージアの人が2幕の美術を見ればすぐに気がつくのだろう。
美術はジョージアの著名な画家であり修復士でもあるダヴィッド・ポピアシヴィリ。円形を基本とした特徴的なデフォルメにより、ロシアのイコン画を思わせるところもある愉快なタッチで、1幕の雪だるまや2幕の溢れるばかりの多彩なお菓子の塔やお城など、すべて手描きで描いた、という。特に2幕では、濃厚な夢の国にいるような気持ちにさせられる圧倒的な雰囲気があった。
そしてスペイン、東洋、ロシア、中国、フランスの人形たちはでヴェルティスマンを踊り、ギゴーニューおばさんの曲になるとすべての人形たちが踊り、くるみ割り人形やコール・ド・バレエとともに花のワルツに合流して華やかに盛り上がった。
最後はお待ちかねの金平糖の精(ラウラ・フェルナンデス)とお菓子の国の王子(ダレル・ザパロフ)のグラン・パ・ド・ドゥ。フェルナンデスはスイス出身でマリインスキー・バレエ、モスクワ音楽劇場バレエなどで踊り、現在はリーディングソリスト。ザパロフはワガノワ・バレエ・アカデミー出身でミハイロフスキー劇場バレエ他で踊り、リーディング・ソリストを務める。おそらくはアナニアシヴィリがしっかりと教え込んだのではないか、と推測され、少しスローには感じたが、それだけ丁寧な気持ちのこもった踊りだった。フェルナンデスはスタイルが良く素敵なダンサーだ。
全体にカンパニーが力を合わせて舞台を作ろう、という熱意が直歳に伝わっていくるような力強い公演だった。こうした上演国の文化を積極的に採り入れて特徴を出していく、という方法もクラシック・バレエの一つの道だとも感じた。
(2024年12月26日 東京文化会館、舞台写真は12月17日の同じキャストの高崎公演)
Photo:Yuuki Horiguchi ©KORANSHA
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