テクストを用い身体表現の可能性を多角的に探求する、愛知県芸術劇場xDance Base Yokohama パフォーミングアーツ・セレクション2024
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香月 圭 text by Kei Kazuki
愛知県芸術劇場×Dance Base Yokohama パフォーミングアーツ・セレクション2024 神奈川公演
【Aプログラム】小暮香帆 × ハラサオリ 『ポスト・ゴースト』、島地保武 『Dance for Pleasure』
【Bプログラム】岡田利規 × 酒井はな 『ジゼルのあらすじ』、柿崎麻莉子 『Can't-Sleeper』、島地保武 × 環ROY 『あいのて』
「愛知県芸術劇場×Dance Base Yokohamaパフォーミングアーツ・セレクション」は、ダンス、演劇、音楽、美術などの領域を横断する手法による身体表現のショーケース・シリーズで、パフォーミングアーツの新たな可能性を探究することをねらいとしている。Dance Base Yokohama(DaBY)がオープンした2021年より10作品が発表され、国内外を巡演した。今回は芸術文化振興基金助成事業の助成を受けて、愛知県芸術劇場とDaBYが主催・企画・共同製作を行い、横浜国際舞台芸術ミーティング実行委員会との共催で開催された。ダンスの枠にとどまらない、演劇や実験アートなど総合的な舞台芸術を世に提示する意欲的な作品が並んだ。観客の参加を進行に取り入れる趣向も見られた。演者がセリフを話す機会が多く、BGMでも人の発話が用いられ、字幕でもそれらの言葉を表示するなど、テクストの使用が大きな割合を占める作品が目立った。
『ポスト・ゴースト』
©Yulia Skogoreva 提供:Dance Base Yokohama
『ポスト・ゴースト』
©Yulia Skogoreva 提供:Dance Base Yokohama
筆者はKAAT神奈川芸術劇場で上演されたA・Bの二つのプログラムを観た。【Aプログラム】の新作『ポスト・ゴースト』は、振付家の小暮香帆と美術家としても活動するハラサオリの座組によって、歌舞伎における性、幽霊を現代に再考察した作品だ。序盤に登場した小暮は、クリノリン(スカートの膨らみを保持する下着)を履いており、寝転んで足指一本一本を繊細にコントロールして徐々に体勢を変化させていく。幽霊が墓場から目覚めたように見えた。
野球帽とショートパンツ姿のハラサオリはジョギングしながら登場し、人形のようなカクカクした動きなどを見せる。さらにハラが舞台に持ち出したのは、周囲の景色を鏡のように映し出す黒銀色の空気をはらんだ肩パッド。これをハラが纏うと、アメフト選手の肩パッドのように肩の大きさが強調され、男性を象徴した姿となる。「四谷怪談」の戸板返しを連想させる白い衝立の前でガッツポーズをしてマッチョさを醸し出すハラ。一方、小暮は着物を着たときのような風情で、視線を前方に残しながら見返り美人図のように体を後方へ回転させる。ハラと小暮が肩パッドとクリノリンを何回か交換し、ポーズを取るのだが、ハラが肩パッドの男性の出で立ちのまま、歌舞伎の女形のようにしなりながら動き、クリノリン姿の小暮がマッチョ・ポーズを取ったとき、衣裳と動作の性が反転し、観客に大きな違和感を抱かせた。小暮とハラがインスピレーションを引かれたという出雲の阿国は、男装して男性を演じ、観るものを熱狂させたが、女性の服を着て観客が「女性」と認識した身体が男性的な動きをすると、観ている側としては、その性の認識のねじれを素直に受け取ることはできなかったのだと思う。
次の場面では、マイクを手にしたハラが観客に「幽霊を信じますか」と問いかける。電話の呼び出し音をコラージュした音楽が流れるシーンでは、ハラと小暮は童心に返ったかのように無数に落下する風船と激しく戯れる。幽霊となった女性が現世で抱えていたしがらみから解放された喜びが爆発したかのようだった。終盤で倒された白い衝立に二人が線対称にマジックで描く軌跡が舞台上方からライブカメラで映し出される。マジックが描く領域は、二人の顔や手足にまで及んだ。このドローイング・セッションのライブ映像の試みは刺激的だった。
『Dance for Pleasure』
©Yulia Skogoreva 提供:Dance Base Yokohama
続いて上演された、島地保武が演出・振付し、出演した『Dance for Pleasure』は、言葉を抜きにして、舞踊そのものに正面から挑んだ作品だった。複数人で同じ振付を踊るユニゾンを探求している。ダンス歴や舞踊スタイルが異なる12名のダンサーたちが2人、3人、それ以上の人数で同じ振付を踊る。ある二人の動きに注目すると、一方のダンサーの前に衝突しそうな速さで走り込んで来るもう一方のダンサー。その加速エネルギーをはらんだダンサーを、受け手は反射的に受ける体勢を取る。受け手の反応に対して、相方は瞬時に全身でレスポンスを行う...こうした一瞬一瞬の意志疎通を無数に交わしながらダンサー同士の動きは繰り返されていく。その中で、筆者の目を捉えたのはリエル・フィバックだった。キブツやヴェルティゴ、ロイ・アサフなどのイスラエルのダンスカンパニーで活動経験がある彼女の動きは、チューインガムのように体躯が極限まで延ばされ、カウントぎりぎりまでその伸展を貫く。藤村港平も彼女と似た性質の動きをしている。二人が組むと、動きやリズムの取り方が似ており、一卵性双生児のように同期していた。
島地が舞台に登場すると空気が引き締まり、彼の気配は舞台全体に広がり、演者たちは全身で島地のオーラを感じつつ、目が磁石のように彼に吸い寄せられる。彼は積極的なアイコンタクトで相手とコミュニケーションを図っていた。島地が小柄な女性ダンサーを逆さにして、ひょいっとおもちゃを抱えるように軽々と彼女を運んでいったくだりは、カジュアルさとユーモアを感じさせる現代的なパートナリングだった。
終章、全員でユニゾンを踊るシーンは圧巻だった。カウントの取り方やリズムの刻み方。アクセントの付け方など様々。振りの形も完全に同じではない。群舞では、通常、周りにできるだけ合わせることが最優先である場合が多いが、この作品では、各々自分がいかに気持ちよく踊れることが重要なのだ。自主性を尊重されたダンサーたちの心が喜んでいることが、彼らの踊りからも伝わってきた。ひびのこずえのカラフルでポップな衣裳がダンサーたちの若いエネルギーを象徴しているかのようだった。
『Dance for Pleasure』©Yulia Skogoreva 提供:Dance Base Yokohama
【Bプログラム】はトリプルビルで、1作目は柿崎麻莉子演出・振付・出演による『Can't-Sleeper』。不眠をテーマとした作品で、昨年、愛知芸術劇場で初演された。不眠は日本人の5人に1人が該当するといわれる。神経が休まる時間が少ない現代人の身近な問題がテーマとなっている。開演前に「眠れない夜はどう過ごしますか?」と書かれたアンケート用紙がパンフレットとともに観客に配布され、観客は思い思いの回答を書いて係員に渡した。
薄暗い闇の中で黒いレース地の衣裳(Chika Kisada)を着た柿崎と堀田千晶がうごめく。体はゆらりと揺れ、眠れないため悩まし気な表情。四つん這いになってゆっくりと動いたりもしていたが、その様子は、夜の森を徘徊する夜行動物のようにも見える。「トォー...」と発声した柿崎の声もまた、野生動物の遠吠えを思わせる。ひとつの動きから次の動きへと継ぎ目なく、なめらかに移行する踊りは、眠りを誘発しそうな静かさを秘めていた。
柿崎は高齢者に取材して、昔の人は眠れないときにどうしていたのか談話を集め、彼らの声を作品の音楽として使用していた。「50-48-46...と2つ飛ばしに数えていくといいよ」「全身に力を入れたら抜いてみると寝られるよ」といった方法を真面目に試しては、うまくいかなくて悔しがる。
赤いリボンがかけられた白い箱を柿崎が開けると、観客の回答用紙が現れた。その一部を彼女が読み上げる。会場にいる全員で眠れないときのアイデアをシェアすることで、眠れない人々に優しく寄り添い、観客も創作の一部に参加していることを実感できる作品だった。
『Can't-Sleeper』
©Yulia Skogoreva 提供:Dance Base Yokohama
『Can't-Sleeper』
©Yulia Skogoreva 提供:Dance Base Yokohama
『ジゼルのあらすじ』は、『瀕死の白鳥 その死の真相』で話題を呼んだ岡田利規(演出・脚本)と酒井はなのコンビによる、古典バレエ作品を現代において再考察する作品群の第二弾となる新作だった。酒井扮する「YouTuberはなちゃんねる」の部屋が舞台となり、YouTube配信の音出しなどをするディレクター役に岡田が扮した。
酒井は視聴者=観客に向かって、ロマンティック・バレエの代表作『ジゼル』のストーリーを、踊りを交えながら解説していく。
『ジゼル』を知り尽くしている酒井はなならではの踊りと語りは、絶品だった。時にはメロディを自ら口ずさみながら、あるいは登場人物のセリフを話しながら、ジゼルの世界を完ぺきに再現する酒井の美しい踊りを、観客は至近距離で堪能した。また、彼女は主人公ジゼルのほか、恋仲の貴族アルブレヒトやジゼルを密かに慕うヒラリオンにもなりきって、彼らの気持ちも雄弁に語り、踊った。
長いバレエ人生を歩んできた酒井が一人のバレリーナとしてジゼルという役をどのように作っていくのか、また、踊っている最中のリアルな思いを聞くことができたのも、この作品をより味わい深いものにしている。心臓が弱いジゼルを演じるために減量したり、細く見せるために少し斜めに身体を向けていたことなども明かされた。ジゼルの1幕のヴァリエーションでは「片足ポワントで跳びながらの連続したロン・ド・ジャンブ・アン・レール(膝下を円状に動かすパ)が自分は苦手だが、それが終わると終盤のターンではウィニング・ランのような気持ちになる」といった、踊るときのバレリーナの本音も興味深く拝聴した。また、新国立劇場バレエ団での『ジゼル』のリハーサルで酒井がナターリヤ・ドゥジンスカヤの指導を受けたときのエピソードも興味深いものだった。
YouTube番組特有のコミカルな効果音が時折入り、酒井は真面目な解説を行ったあとに「知らんけど」とミュージカル調のコミカルなポーズでおどける。本作では、コメディエンヌとしての酒井の新たな一面を見ることができた。
アルブレヒトの婚約者バチルダから授かったネックレスは重たく、休憩中は外しているという酒井。次の出番のとき、そのネックレスを身に着けるのを忘れて舞台に。ヒラリオンがネックレスを探そうと意気込むが...。このくだりから虚実が入り混じってきて、YouTuberはなちゃんとしての酒井が語る内容がすべて真実なのか、曖昧になってくる。フェイクニュースやネット広告が安易に発信され、その主張や商品に乗せられる人々があっという間に増殖してしまう、ネット社会の危うさがうまく描かれていた。
『ジゼルのあらすじ』
©Yulia Skogoreva 提供:Dance Base Yokohama
『ジゼルのあらすじ』
©Yulia Skogoreva 提供:Dance Base Yokohama
3作目の島地保武と環ROYによる『あいのて』は、ダンス対ラップという、それぞれのテリトリーで真っ向勝負を挑んだ前作『ありか』に続く2作目(初演2023年)である。舞台からは袖幕と奥のホリゾント幕が除かれ、演技面積が拡張されていた。一人が演技中のときにもう一人が舞台用品が無造作に置かれた脇に腰掛け、休んでいる様子も丸見えで、実際、島地はソロを踊ったあと「いつもより広いな!」と大きく息をついていた。
前作『ありか』では、互いに向かい合ってのパフォーマンスだったが、今作は額縁舞台で、二人が観客のほうを向いて話すコント方式となった。会話は字幕化されて上方に表示された。
環が「カニエ・ウェストの映像、全地形対応車、巨大車輪...」と話し出す。このアメリカのラッパー、ウェストは自身のミュージック・ビデオで大型の車輪の全地形対応車(水陸両用、沼地などどんな悪地でも運転が可能)を実際に運転している。島地はカニエ・ウェストを「カニ(蟹)・ウェスト」と勘違いしているようだった。後半で、島地はカニエの「エ」を探す旅に出る自分自身の姿を語り始めた。鷹に吊り下げられ「寒い。怖い」と言いながら、空中高く舞う様を身振りでも表現した。二人の会話がまるで噛み合わない、シュールな展開が終始続く。
二人が交わした膨大なトークのなかで、彼らが見聞きした哲学的な話題について披露し合う展開があったが、筆者が印象に残ったトピックは「記憶をするときに、項目ごとに場所を変えると内容が覚えやすくなる」といった記憶術についての言及、それから、脳科学者ベンジャミン・リベットの著作『マインド・タイム』の中で、ある行為をする際に、身体の応答が意識するより先に行われるといった主張などである。後者の話題は、身体と言葉との関係に並々ならぬ関心をもつ島地の心に響くものだろう。
環が言葉を発するとき、彼の身体は大きく揺れ動き、手の賑やかな動きも何かを訴えかけているようだ。彼の独特の身体表現には目を惹きつけられた。環があるいはビートに合わせて話しているときに、島地がアップテンポでリズミカルなステップを刻むシークエンスも見られた。島地が踊りながら環につきまとう場面もあった。彼は言葉ではなく、雄弁な身体で環とコミュニケーションしているように見えた。環がイライラして、島地の動きを全力で封じ込めようとするが、島地は環に手足を押さえつけられた体勢から別の体勢を取り、環からするりと身をかわして、次の動きへとつなげていく。その手際が鮮やかだった。繊細なピアノ曲に合わせて、島地がコンテンポラリーダンスのソロを披露するシーンでは、舞踊家として鍛え抜かれた心身から繰り出す動きが力強く美しかった。
島地と環の互いの動作や話の合間に「合いの手(あいのて)」が挟まれていき、言葉ではうまくいっていないように見えた二人の意思疎通が、身体と身体を通した後半の意思伝達では、相手のデリケートな感情なども互いにキャッチしているように感じた。
(2024年12月7、8日 神奈川芸術劇場 大ホール)
『あいのて』
©Yulia Skogoreva 提供:Dance Base Yokohama
『あいのて』
©Yulia Skogoreva 提供:Dance Base Yokohama
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