遅咲きのインド人ダンサーを追うドキュメンタリー映画『コール・ミー・ダンサー』主演マニーシュ・チャウハン インタビュー

ワールドレポート/東京

香月 圭 text by Kei Kazuki

11月29日にインドのドキュメンタリー映画『コール・ミー・ダンサー』が公開される。大学生のときにダンスに目覚めた主人公の青年、マニーシュ・チャウハンがプロのダンサーを目指して羽ばたいていく様子が捉えられている。来日したマニーシュは笑顔が魅力的な好青年で、映画の撮影時のエピソードや現在の活動のことなどを話してもらった。

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© 2023 Shampaine Pictures, LLC. All rights reserved.

――18歳のときにインドの映画を見て、ダンスに興味をひかれ、独学でブレイキンを学んだそうですが、YouTubeなどのSNSを参考にしたのでしょうか。

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チャウハン:当時お金がなかったので、携帯電話を持っていませんでした。テレビでブレイクダンスをときどき見ることはありましたね。『Aflatoon』(1997年)というインド映画を見たときに、惹かれたのは劇中のダンスではなく、バク転だけでした。駅などでB-boyやB-girl(ブレイクダンスを踊る男性・女性)が技を披露しているところを見て、それを真似て練習していました。大学生の頃、ヘッドスピンをしている人がいて、これはすごいと思いました。自分もやってみたくなり、まずは1ヶ月トライしてみてだめだったらあきらめようと思いました。大学構内に大理石のようなよく滑る床のエリアがあったので、そこで練習しました。ヘッドスピンをするときは、ニット帽など、頭を保護するものを被るのですが、帽子を持っていなかったので、頭に被ったのはビニール袋でした。練習したところ、初日に1回転に成功し、2日目に2回転できて、15日目には15回転回れるようになりました。ただ、ちょっと頭を防御するものが弱かったので、髪が燃えてなくなりそうになりましたが(笑)。他の人ができるということは自分も頑張ればきっとできるのだと、そのときに実感しました。インドでは、ダンスは女性のもので、男子は普通に働いて稼ぐべきだという考え方が今でも根強いので、ダンスで生計を立てるということは想像もできませんでした。でも、バク転などのトリックができれば皆から注目されるのではないかという、そういったモチベーションから始まったわけです。あるトリックを見たときに、そのメカニズムについてはすぐにわかる方でした。人を観察して、まずバックアーチからできるようになってバク転に繋げていきました。

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――あなたのダンスの師であるイェフダ・マオール先生はムンバイに移住した当初は周囲になじめず、壁を作っていましたが、あなたともう一人の優秀な生徒、アミールの才能を見出して、お二人を育てる喜びが生きがいにつながっていきます。先生との出会いがなければ、あなたもプロのダンサーの道に進んでいなかったかもしれませんね。イェフダ先生に感謝していますか。

チャウハン:イェフダ先生は一人でムンバイに移住したので、最初のうちは寂しかったのではないかと思いますが、今では教え子のダンサーたちが彼の家族のような存在になっています。81歳の今もムンバイで教えていらっしゃいます。先生は、ベッドから出られなくなるまでダンスを教え続けるとおっしゃっています。寡黙な方なので、知らない人から話しかけられても何も答えないような方ですが「ダンスの世界で僕は生きてきた」という強いお気持ちがあるので、ダンサーたちからの質問に対してはオープンに心を開いているように思います。

――あなたはどんなときでも笑顔を絶やさず、あきらめることなくプロのダンサーを目指し続けていましたね。あなたの強靭な精神は、どのようにして培われたと思いますか。

チャウハン:誰にでも、いいことがあったときには悪いことも起きるわけですが、悪いことはいつか過ぎていくわけです。最悪の事態になっても、ポジティブな側面に目を向けるということが大事だと思います。イェフダ先生から「君は足がターンアウトできないから、クラシック・バレエのダンサーにはなれない」と言われたときはすごく辛かったですね。ダンスを始めた年齢も遅かったし、身長もそれほど高いわけではないのですが、それでもまだ挑戦したいという気持ちが自分の中にありました。右肩を怪我したときも、このままだとダンサーとして復帰できずに「There was a dancer(かつてダンサーがいた)」という事態になってしまいかねないと思いました。撮影中のこのドキュメンタリーのストーリー展開としては、再び踊れるようになったら理想的だなと思いながら、ポジティブであろうとする気持ちを大事にしていました。笑顔も大事だと思います。レッスン中も先生になぜ笑っているのか、とよく聞かれますが、僕は笑顔が好きなのです。

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© 2023 Shampaine Pictures, LLC. All rights reserved.

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――『コール・ミー・ダンサー』は、長期間に渡ってあなたやご家族、イェフダ先生やダンススタジオ、オーディションなど、様々な場面で密着取材を行いましたが、カメラがずっとあなたを撮影していて煩わしいと思いませんでしたか。

チャウハン:ええ、もちろんそのように思って撮影を断ったことも何回かあります。この映画を監督・プロデュースしたレスリー・シャンパイン監督は元ダンサーです。イェフダ先生の紹介で、僕をメインにした5、6分のドキュメンタリーを撮りたいというお話だったので、撮影を承諾しました。撮影隊が僕のダンススタジオに来て、静止画と動画を撮って、それで終わりかなと思っていたら、撮影期間が1週間に伸び、さらに1年間となり、一体いつ終わるのだろうと思いました。そこで監督に「撮影にどのくらいかけるつもりですか」とたずねると「20年経っても撮影が終わらない映画もあるよ」と言われて、思わず「最長撮影記録に挑戦するのだけはやめましょうね」と監督にお伝えしたほどです(笑)。
ちなみに、僕の半生を基にした映画『バレエ:未来への扉』がNetflixで作られたとき、僕は自分自身の役を演じたのですが、撮影期間は30~40日ぐらいでした。『コール・ミー・ダンサー』の撮影の話に戻ると、レスリー監督は親に会いたい、次は祖母に会いたいと要求がエスカレートしていき、今では監督が僕のことを一番よく知っているかもしれないくらいです。コロナ禍のときを含め、レスリー監督は常に僕に同行できるわけではなかったので「マニーシュ、申し訳ないけれど、自分で録音して撮影してくれないかな」と監督から頼まれることもありました。カメラ操作はあまり得意ではないものの、自分自身を撮影するタスクなども何とかこなしました。いやだと思ったのは、母が泣いているときにも撮影隊がカメラを回していたことです。なぜそんなシーンまで撮らないといけないのか、と当時は思ったのですが、大きなスクリーンで見ると、自分のことなのに僕自身も感動してしまいました。やはり、監督は映像が観る者に与える影響を分かっていたので、あのような場面も撮影したのだなとあらためて思いました。

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© 2023 Shampaine Pictures, LLC. All rights reserved.

――インドのダンスというと、マニーシュさんにも影響を与えたインド映画のミュージカル・シーンのほかには、カタック舞踊のような伝統芸能などが思い浮かびますが、この映画で描かれた、インドでのバレエを取り巻くストーリーはとても新鮮でした。今後はどのような活動に興味がありますか。

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チャウハン:僕は今、ペリダンス・コンテンポラリー・ダンス・カンパニーの団員です。主なレパートリーとしては、モダンダンスやアルヴィン・エイリーの作品、それから抽象的なコンテンポラリーなども上演しますが、同時にクラシック・バレエ作品を上演することもあります。去年、『くるみ割り人形』の王子を演じることができて、すごく嬉しかったです。「起きるべきことは正しいタイミングで起こる」というのがぼくの哲学ですが、時期が熟すまで待ったからこそ、王子を演じることができたのでしょう。
それから、この夏にパリ・オリンピックを見て、久しぶりにブレイクダンス好きの血が騒ぎました。日本チームはすごかったですね。僕もブレイクダンスを最初からずっと続けていれば、ひょっとしたらインド代表になれたかもしれないと思います。最近は、普通のダンスのトレーニングの後にジムに行って、ストリートダンスのトリック練習をしています。宙返りなどのアクロバット的な技は、危険を伴うため、10年前に一旦やめていました。プロのダンサーは足首をひねって捻挫しただけでお金をいただけなくなってしまいます。若い頃は恐れ知らずでしたが、年齢とともに怪我に対して慎重になっていたことにあらためて気づかされました。でも、そういった危険をはらむ派手なトリックは昔からたやすくできる方で、好きでたまらないのです。ブレイクダンス系の踊りは、恐らく自分に向いているのだと思います。クラシック・バレエを踊りながら本当にバレエがやりたかったのか悩むこともあったので、これからはダンスも大事にしながら、新たな気持ちでブレイクダンスの技も磨いていきたいと思います。

『コール・ミー・ダンサー』

原題:Call Me Dancer/2023 年/米/84 分
配給:東映ビデオ (C)2023 Shampaine Pictures, LLC. All rights reserved.
公式 HP https://callmedancer-movie.com/
11月29日(金) 新宿シネマカリテほか全国公開
(C)2023 Shampaine Pictures, LLC. All rights reserved.

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