『白鳥の湖』からブルノンヴィル、ダンカン、パ・ド・ドゥ集、ロビンズ『コンサート』とヴァラエティに富んだ構成だったNHKバレエの饗宴 2025
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ワールドレポート/東京
関口 紘一 Text by Koichi Sekiguchi
NHKバレエの饗宴2025
牧阿佐美バレヱ団『白鳥の湖』三谷恭三:演出・改訂振付(テリー・ウエストモーランド版に基づく)ダンサー:秦悠里愛、小池京介、牧阿佐美バレヱ団
『白鳥の湖』秦悠里愛、小池京介
撮影/ 根本浩太郎
今年のNHKバレエの饗宴は、牧阿佐美バレエ団のウエストモーランド版に基づく三谷恭三:演出・改訂振付『白鳥の湖』第2幕で開幕した。
オデットは新星、秦悠里愛、ジークフリード王子もまた新鋭の小池京介だった。秦悠里愛はオデット役のみならず主役デビュー。牧阿佐美バレエ塾で盛田正明スカラシップ(第3回)を受けて育ち、昨年入団したばかり。『くるみ割り人形』のクララや棒キャンディーなどを踊っている。公演パンフレットでは「大抜擢」と記されているが、確かに最近のバレエ界ではあまり例がないようにも思う。
ジークフリード王子を踊った小池京介は2020年の入団だが、彼もまた、バレエ塾出身で第1回の盛田正明スカラシップを受けてバレエを身につけている。小池京介は2023年に『くるみ割り人形』で全幕の主役デビューを果たしている。
このフレッシュな二人はしっかりとパートナーを組んで、白鳥に変身させられている姫と王子の出会いという、マイムが多く表現が難しい第2幕を踊りきった。技術的な細部よりもどのような表現を観客に伝えることができたか、が問題だろう。秦悠里愛は、新人として開幕の舞台を良く踊ったし、新人らしく身体も輝いていて一心に踊っている気持ちが伝わってきた。表情にも気持ちは現れていたが、さらにもう少し精細な工夫があったらさらに良いと思った。小池京介もこの作品への真摯な取り組みがありありと解り、真面目な人柄も踊りに現れていて好感が持てた。でもまた、悪魔の魔術に捕えられているオデットが、人間の姿を取り戻すために希望となる出会い、そして父王を亡くし、結婚して国を治めなければならない孤独な王子が愛を求める希求の中の出会い、そうした屈折した背景を持つ登場人物の情感を舞台上に表すことはできていたが、さらにもう一度、表現の質を点検してみてもいいかもしれないとも思った。
コール・ド・バレエもリズム良く踊り、フォーメーションも物語を語るに相応しく構成されており、英国の古典バレエらしい節度正しい振付に改めて感心した。何トンもの大量の水を舞台に投入して、ダンサーたちがスイミングキャップを着けてパフォーマスを展開する『白鳥の湖』などが上演されている今日では、思わず懐かしさを感じてしまうような舞台でもあった。
『白鳥の湖』撮影/ 根本浩太郎
『白鳥の湖』撮影/ 根本浩太郎
『ラ・シルフィード』第2幕からパ・ド・ドゥ オーギュスト・ブルノンヴィル:振付 ダンサー:前田沙江、中尾太亮
『ラ・シルフィード』前田紗江、中尾太亮
撮影/ 根本浩太郎
『ラ・シルフィード』第2幕からパ・ド・ドゥは、英国ロイヤル・バレエのファーストソリスト、前田紗江とソリストの中尾太亮が踊った。ブルノンヴィルの振付で、音楽はレーヴェンスヨルドである。フィリッポ・タリオーニが娘のマリーに振付けて世界初演された『ラ・シルフィード』に感銘を受けたブルノンヴィルが、故国に帰り、音楽を新たにして振付け上演したもの。ブルノンヴィル・スタイルと言われる独特の活気あふれるステップを駆使した振付で、今日まで比較的忠実に継承されてきており、20世紀になると各国のカンパニーがレパートリーに採り入れるようになった。
ここでは結婚直前に妖精シルフィードの不思議な魅力に魅入られた主人公ジェイムスが、妖精を追い、式を逃れて迷い込んだ森の中でシルフィードと戯れるシーン。シルフィードは泉の清水を手に汲んでジェイムスに届けるが、水は指の間を流れ落ちてしまう。妖精と人間の虚しい関係を叙情的に表している。
シルフィードは下手奥の泉から上手手前に休むジェイムスへ手に汲んだ水を何回か運ぶ。この対角線の動きと、結婚という社会的しがらみから解き放たれ自然の中で不思議な魅力に捉えられた新鮮な体験の喜びを表して、舞台中央で跳躍するジェイムスの垂直の動きが、このシーンの基本の運動形として脳裡に残った。前田紗江のジェイムスを魅了することに成功したシルフィードの自然と融和した生き生きとした表現が明解。中尾太亮はステップの中に表現を見事に溶け込ませて、観客にアピールした。
ブルノンヴィルらしいステップ自体が表現を構成している、とても観ごごちの良い舞台だった。
『ラ・シルフィード』前田紗江、中尾太亮
撮影/ 根本浩太郎
『ラ・シルフィード』前田紗江、中尾太亮
撮影/ 根本浩太郎
「Five Brahms Waltzes in the Manner of Isadora Duncan」フレデリック・アシュトン:振付 ダンサー:佐久間奈緒
フレデリック・アシュトンは若き日にペルーでアンナ・パヴロヴァの舞台を観て、バレエに目覚めたということはよく知られているが、17歳の頃にロンドンで観たイザドラ・ダンカンのパフォーマンスにも強い印象を受け、「私は好きではないと思っていたが、完全に魅了された。彼女は当時、少し派手で赤い髪をしていたのを覚えている。・・・彼女はとても真剣で、観客に強く訴えかけ、完全に惹き込む非常に強い個性を持っていた」とその印象を語っている。当時、ダンカンは44歳。<優雅なドレープを身に纏い、髪を赤く染めて、スキップし、ジャンプし、回転し、蝶を捕まえるように動き、床に倒れ、スカーフを靡かせて舞台を走り、薔薇の花びらを走りながら舞台に散らした>、などと当時の舞台は紹介されている。
アシュトンは、1975年にハンブルク州立歌劇場で開催された第1回ニジンスキー・ガラに、ニジンスキーに影響を与えたダンカンの舞台の印象に基づいて振付けた『ブラームスワルツ』(作品39 第15番)をリン・シーモアのソロにより上演している。そして1976年のバレエ・ランベールの50周年ガラのために『イサドラ・ダンカン風のブラームスの5つのワルツ』と題し、ワルツ集から作品第1(前奏)、第2番、第8番、第10番、第13番を加えたソロ作品として上演している。
近年では、ナタリア・オシポワなどもこの作品を踊っているが、この舞台では佐久間奈緒が踊った。佐久間は、1995年に英国バーミンガム・ロイヤル・バレエに入団し、2002年にプリンシパルに昇格、2018年に退団している。その間には古典バレエから『チェック・メイト』『エリート・シンコペーション』『レ・ランデヴー』などのモダンバレエまで典型的な英国バレエを中心に数多くの舞台を踊って活躍している。佐久間は、音楽とダンカン風に親和して、カンパニーとともに上演する舞台からは解放されたかのような自由さを身につけて踊り、やや流れているともみえたが、「今」をこの上なく喜んでいるのではないか、とも感じられた。ピアノ演奏は佐藤美和。
佐久間奈緒 撮影/ 根本浩太郎
佐久間奈緒 撮影/ 根本浩太郎
『椿姫』から3つのパ・ド・ドゥ、山本康介:振付 ダンサー:中村祥子、厚地康雄
アレクサンドル・デュマ・フィスの小説『椿姫』は、フレデリック・アシュトンによりリストの曲を用いて『マルグリットとアルマン』として、ジョン・ノイマイヤーがショパンの曲により『椿姫』と題して、それぞれバレエ化している。アシュトンがよりドラマティックに二人の愛の情念を彫琢して描き、ノイマイヤーは舞台技巧を凝らして情感を際立たせたバレエとしており、ともに秀作として今日も上演される機会が多い。
今回は、英国で踊り振付家として活躍している山本康介が2021年にバレエカンパニー ウェストジャパンのためにリストの曲により振付けた50分のヴァージョンの中から、二人の出会いと避暑地のひととき、マルグリットの死のシーンの3つのパ・ド•ドゥが、佐藤美和のピアノ演奏とともに踊られた。マルグリット役はそれぞれシーンごとにドレスの色を替えてドラマの雰囲気を醸し、情感を纏った踊りだった。K-BALLT TOKYO 名誉プリンシパルの中村祥子と元英国バーミンガム・ロイヤル・バレエ プリンシパルの厚地康雄は、ともに経験豊かなダンサーらしく落ち着いた踊り。よく練られた丁寧な振付だったが、3つ並べて踊られると、ドラマティックなアピールが少し弱いとも感じられてしまうような気がした。やはり、観客は先行する作品の印象の中にいるためなのだろうか・・・。
中村祥子、厚地康雄 撮影/ 根本浩太郎
中村祥子 撮影/ 根本浩太郎
『ロメオとジュリエット』からバルコニーのパ・ド・ドゥ ケネス・マクミラン:振付 ダンサー:高田茜 、平野亮一
バレエ・ファンなら知らない人はいない英国バレエの至宝とも言うべき『ロミオとジュリエット』のバルコニーのシーン。英国ロイヤル・バレエの日本人プリンシパルの二人、高田茜と平野亮一が踊った。平野の明晰な表現力がまず、会場全体を引き締めて音楽を響かせる。その音楽空間に身を委ねて踊る高田のしっとりとした瞳の美しさが際立った。何回観ても、その都度、新しく鮮烈な印象を受ける音楽と振付の結合が「永遠」という言葉を想起させる。
高田茜、平野亮一 撮影/ 根本浩太郎
高田茜、平野亮一 撮影/ 根本浩太郎
『コンサート』ジェローム・ロビンズ:振付 スターダンサーズ・バレエ団
『コンサート』撮影/ 根本浩太郎
ジェローム・ロビンズは1956年の『コンサート』を振付け、ニューヨーク・シティ・センターで上演しており、その翌年には『ウエスト・サイド・ストーリー』を振付けている。そしてこの『コンサート』を始めとして、一連のショパンの曲への振付を行っている。
『コンサート』は、ショパンのピアノ・コンサートの会場を舞台に、ピアニストから出演ダンサーや観客たちの空想や妄想を紡ぎ合わせて、詩的でかつ愉快なたくまざる時間を創造している。まず、しわぶきも許されない静寂の観客たちの中で、微妙な出来事が起きて騒音が生まれ、それにまた影響されて予想外のことが起こったり・・・舞台では6人のバレリーナたちがクラシック・バレエの完璧なアンサンブルを目指しているが、些細なことからバランスが崩れたり、脱落したり、慌てて戻ったり・・・完璧を目指しているがために返って崩れてしまう人間の弱さが、普段は目に見えにくいのだが、ルーペを通して拡大されているように繰り広げられ、「何やってんだ」と思いながらどこかで腑に落ちてしまう・・・。そしてピアノのメロディに乗せて、帽子の女や権高な妻と気弱な夫、男女3人づつの踊り、騎兵たち、レイン、さらにバタフライの踊りと続いて、最後にはピアニストが捕虫網を持って騒ぎを収めようとするまで、見事なテンポで場面転換しつつコミカルなシーンが踊られ、シュールな小道具や男と女の機微などを混じえながら奇想天外なイマジネーションが展開していく。いわゆるパロディやスラプスティック、ボードビルといったコメディとは異なり、音楽に精通し、クラシック・バレエの動きを知り、パフォーマンスとその観客をよく観察して創ったコメディ、とでも言えるのではないだろうか。エリア・カザンに演劇を学んだというキャリアを持つ、まさにロビンズならではの舞台である。
スターダンサーズ・バレエ団は2022年にこの作品を初演し、再演もこなしているだけに、ダンサーの理解やタイミング、表情の作り方などがこなれてきており、見応えがあり、とても楽しむことができた。
●放映予定
2025年3月23日(日)午後9時
Eテレ「クラシック音楽館」
https://www.nhk.jp/p/ongakukan/ts/69WR9WJKM4/
『コンサート』撮影/ 根本浩太郎
『コンサート』撮影/ 根本浩太郎
『コンサート』撮影/ 根本浩太郎
『コンサート』撮影/ 根本浩太郎
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