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関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi 
[2012.06.11]
♪バレエ昔も今も♪BALLET OLD AND NEW♪
シュツットガルト・バレエ団が『じゃじゃ馬馴らし』を10年ぶりに東京で上演した。私は28年前に、この既に伝説となっている舞台をオリジナル・キャストのマリシア・ハイデとリチャード・クラガンで観た。その時はクラシック・バレエでこんなことができるのか! と大いに驚いたというよりもたまげたことを憶えている。ハイデの小動物のように敏捷で隙のない身体に宿ったエネルギッシュな魂が、クラガンの茫洋とした心根に触れて次第に温かいものとなっていく様が、手に取るように生き生きと描かれていて感動的だった。今回の公演ではスターダンサーの強烈なキャラクターと表現力が引っ張っていく舞台と言うよりも、絶妙のタイミングでコミカルに踊る群舞が見事だった。芸術監督リード・アンダーソンの指導によるものだろう。詳しくは次号で佐々木三重子さんが書いてくださる。
私が観た頃のシュツットガルト・バレエ団では、キャリアから言っても世評から言ってもハイデはクラガンに優っていたから、そのパワーバランスがバレエの中で逆転していく、というスリリングなおもしろさもあった。
ハイデとクラガンはマクシーモアとワシーリエフとともに二十世紀を代表する個性豊かなパートナーシップを築いたペアだった。むろん、フォンテーンとヌレエフはどうか、という声もあるだろう。しかしこの二人は多くの優れた舞台を残したが、やはり年齢差が大きく受けた舞踊教育も異なっていた。マクシーモアとワシーリエフは旧ソ連時代の活躍が多く、その名演にふれるチャンスには恵まれなかった。その点、ハイデとクラガンはもっともバランスのとれた踊りと絶妙の演技で、この二人でしか語ることのできない表現力をそなえた、至高のパートナーシップをみせてくれた。それは例えば、短い舞台だつたが『ボリショイに捧ぐ』(クランコ振付、グラズノフ音楽)といった作品の中に見事に結晶していて、忘れ難い舞台を残したのだった。

小野絢子&福岡雄大が中国人ペアと競演した、新国立劇場『白鳥の湖』

マリウス・プティパ、レフ・イワノフ振付、牧阿佐美 演出・改訂振付『白鳥の湖』
新国立劇場

新国立劇場の『白鳥の湖』は、開館当初の1998年のシーズンから、ナタリア・ドゥジンスカヤが監修したコンスタンチン・セルゲイエフ改訂振付版が上演されていたが、現在は2006年に牧阿佐美が演出・改訂振付けしたヴァージョンがレパートリーとなっている。このヴァージョンの初演ではスヴェトラーナ・ザハーロワとデニス・マトヴィエンコがゲストダンサーとして出演し、その後も何回か再演時に招かれている。
芸術監督がデイヴィッド・ビントレーに代わってからは、チャイコスキーの演し物が少なくなるなどの変化が見られ、ゲストダンサーもネームヴァリューにはとらわれずに招聘する、と言う主旨なのだろうか。ともあれ、今回の上演ではワン・チーミンとリー・チュンという中国国立バレエ団のペアが初日を踊った。二人とも1999年に北京舞踊学院を卒業し、ワン・チーミンはパリ国際バレエコンクールで特別賞、モスクワ国際バレエコンクールで金賞を受賞している。リー・チュンはジャクソンのコンクールで銀賞を受賞、06年にはローラン・プティのグループのワールドツアーに参加している。

tokyo1206a0455.jpg 撮影:瀬戸秀美

リー・チュンは第一幕の登場から、やや緊張気味で主役として舞台を盛り上げるまでにはいたらず、少々不安に感じられたが、パ・ド・トロワの間に舞台を捌けてからは落ち着きを取り戻したように見えた。第一幕の冒頭は踊りよりも細かい所作が続くので、音楽にも乗りにくく初めてのカンパニーとの共演はなかなか難しいのかもしれない。しかしリー・チュンは落ち着きを取り戻し破綻なく踊った。特に手首が非常に柔らかく独特の表現のニュアンスを出すことができるダンサーだった。
オデット/オディールを踊ったワン・チーミンは意欲満々で自身の踊りに集中していた。スタイルもよく身体能力も優れていて、闊達に前進していく力強さが感じられた。ただ登場人物を表す表現が彼女自身のなかで完結しているのか、もう少し音楽のディティールを拾って踊って欲しいと感じるところもあった。オデットとオディールの演じ分けもやや不十分だったが、あるいはオデットの悲しみの深部を彼女の踊りから私が感じとれなかったからかもしれない。ゲスト出演だから致し方ないのかもしれないが、コール・ド・バレエとの調和によって感動させられるというところまではいたらなかったのは残念だ。

tokyo1206a1174.jpg 撮影:瀬戸秀美

小野絢子のオデット/オディールと福岡雄大のジークフリード王子も観たが、こちらはさすがに調和のとれたバランスの良い舞台だった。
小野絢子は相変わらず美しく動きもスムーズで全幕を通して、安定した踊りの流れを見せた。福岡雄大との呼吸も良く合っていた。ただ、どういえばいいのだろうか、登場人物の情感が全身から現れてこないようにみえたところも時折あった。厳しすぎる注文かもしれないが、『白鳥の湖』に限らず多くの作品を踊り込んできたことにより、初演時のような緊張感が客席にまで響かないからだろうか、身体のすみずみまで神経が行き渡っていないところがあるのではないか、と感じられてしまうのだ。それは何故だろうか、ダンサーでない私には分からない。ただ、マリインスキー・バレエ団の名花、ロパートキナのようにオデットの踊りに、完璧なラインを描いてしまうダンサーがいるのだから、それもまた致し方ないだろう。しかしもちろん、新国立劇場バレエ団の小野絢子&福岡雄大およびコール・ド・バレエが世界的水準の中で遜色ない『白鳥の湖』を創っていることは言うまでもない。
(2012年5月5日、11日 新国立劇場 オペラパレス)

tokyo1206a0374.jpg 撮影:瀬戸秀美