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浦野 芳子 text by Yoshiko Urano 
[2012.05.10]

日本の舞踊界の「いま」を垣間見た『NHKバレエの饗宴2012』

新国立劇場バレエ団、Noism 1、谷桃子バレエ団、牧阿佐美バレエ団、吉田都&ジョセフ・ケイリー
NHKバレエの饗宴2012

今の日本を代表するバレエ・舞踊カンパニーを集めて開催された「NHKバレエの饗宴」を、3月30日、東京・渋谷のNHKホールにて鑑賞。ガラ公演、ということになるのだろうけれども、一般的なガラが男女のパ・ド・ドゥなどの小作品で構成されるのに対しこちらは、ひとつのカンパニーが20分ほどの作品(場面)を上演する、という内容で構成された。日本の舞踊界の「いま」を垣間見る良い機会であったことはもちろん、限られた時間の中で見比べることにより、各カンパニーの個性や力量を知る手掛かりにもなった。作品や舞踊家の魅力、そして舞踊の本質について思いを馳せる、よい機会でもあった。

◎新国立劇場バレエ団『アラジン』から「財宝の洞窟」
振付:デビット・ビントレー 音楽:カール・デイヴィス
指揮:大井剛史、管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

tokyo1205d_1390.jpg 新国立劇場バレエ団「アラジン」撮影/瀬戸秀美
デビット・ビントレー振付の『アラジン』から「財宝の洞窟」は、2008年に同バレエ団により初演された3幕バレエである。「アラジンと魔法のランプ」を原作としながらも、衣裳や美術、照明などが非常に色鮮やかで現代的であり、またエンタテイメント性に溢れるストーリー展開と見せ方が、親しみやすかったことも記憶に新しい。
今回上演したのはこの作品の中の1幕の終盤、洞窟の中にやってきたアラジンの前に次々と宝石たちが現れて踊りだす、というシーン。“オニキスとパール”“ゴールドとシルバー”“サファイア”“エメラルド”“ルビー”“ダイヤモンド”らが入れ替わり登場するのだがまずその衣裳がお洒落。当然、それぞれの宝石たちを象徴しているのだけれども、これまでのバレエの衣裳の概念からちょっと外れた素材・質感を用いているところが新鮮だ。印象的だったのはエレガントで気品に溢れる、ゴールドとシルバーの女性たち(米沢唯、堀口純)、大人のミステリアスな色気を感じさせた湯川麻美子のサファイア、エキソチズムに溢れつつもどこか可憐な、エメラルド(寺田亜沙子、細田千晶、古川和則)。ルビーを踊りひときわ大きな拍手をもらった長田佳世の安定感のあるテクニック(…と、素晴らしい腹筋!!)にも、魅せられた。新国立劇場バレエ団のダンサーたちの、層の厚さを感じさせる。振付はクラシック・バレエに忠実なものであるにもかかわらず、新しい時代の風を運んでくる。アラジン役の八幡顕光が、このシーンでは見せ場が少ないのが残念だった。

◎Noism1『solo for 2』
振付演出:金森穣 音楽:バッハ バイオリン演奏:渡辺玲子

tokyo1205d_0230.jpg Noism 「solo for 2」撮影/瀬戸秀美
唯一、コンテンポラリー・ダンス・カンパニーとして参加したNoism1は『solo for 2』を踊った。色とりどりの照明、グラフィカルな舞台セットの中で繰り広げられる宝石たちの踊りから一転して、脚の一部を切断し傾いた椅子を並べたセット、白と黒のシンプルな衣裳で繰り広げられるミニマムな舞台だ。渡辺玲子がバイオリンで奏でるバッハの調べに合わせ、ダンサーたちが二人一組のデュオで順番に踊りはじめる。出番が来ると、さながら静から動へスイッチが働いたように身体の表情を変えて表現に挑むダンサーたち。張りつめた緊張感から解き放たれた彼らの身体が、音楽と一体となり溶け合う。彼らの身体の軌道が舞台空間に現れると、そこにはどんな舞台セットより雄弁な空間が出現した。高い身体性を基本としているからこそ表現できる伸びやかなライン、ジャンプやビルエッとなどの技巧などには、クラシック・バレエの超絶技巧に心を打たれるのと同様の感動を覚える。
メンバーの大半はクラシック・バレエの教育を受け、コンクールの入賞や海外経験もある。もちろんそれがすべてとは言わないが、厳しい基礎を身体に叩き込んでいるからこそ、その型を超えたところに、より豊かな身体のボキャブラリーが現れるのである。
コンテンポラリー・ダンスは、良くも悪くも自由な表現が許される世界。Noismを率いる金森穣は、舞踊のプロフェッショナルとして自由な表現を許されるためには、高い身体性をベースに持つべきであると、自らのカンパニーを厳しく律してきた。その結果、一つの答えのようなものがこの作品の20分間で、見事に顕されていたと思う。特に、小㞍健太と井関佐和子のデュオが繰り広げたパフォーマンスは筆舌に尽くしがたく研ぎ澄まされた世界であった。繊細にして鞭のように強く、空気ごと客席を引っ張っていくような動きの質感。伸ばされた腕や脚の、その先端が遠い宇宙につながっているような永遠の軌道。幕が下りはじめ、客席に背中を向けゆっくりと歩き始めた井関佐和子の足運びに、客席が吸い込まれていくような一体感に包まれた。

◎谷桃子バレエ団 歌劇『イーゴリ公』から「ダッタン人の踊りと合唱」
振付:望月則彦 音楽:ボロディン 演奏:妻屋秀和(バス) 合唱:藤原歌劇団合唱部、二期会合唱団 合唱指揮:長田雅人
指揮:大井剛史、管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

tokyo1205d_1837.jpg 谷桃子バレエ団「ダッタン人の踊りと合唱」撮影/瀬戸秀美
「ダッタン人の踊りと合唱」は、中世ロシアの抒情詩に基づいて創られたもので、東方民族ポロヴェッツ軍との戦いに敗れ、捕虜となったロシアのイーゴリ公率いる一軍を、捕虜としながらも敬意をもって扱い慰める宴のシーンだ。奴隷の女たちが繰り広げるエキゾチックな群舞や、弓や槍を持ち繰り広げられる男性たちの力強い踊りなど、土埃が巻き起こりそうなエネルギッシュな群舞が繰り広げられる。
日に焼けて色褪せたようなニュアンスを感じさせる衣裳や小麦色の肌など、バレエが白いチュチュの世界だと思い込んでいた人にとってはさぞかし鮮烈な世界だったことだろう。第一部の最後にこの作品が上演されたのも絶妙なタイミングだったと思いう。嵐のような群舞の世界にぐいぐい引き込まれ熱くなったところで休憩。心地よい興奮を身体にまとった観客たちが、ロビーで前半の感想を思い思いに語らっていた。

◎牧阿佐美バレヱ団『ライモンダ』第3幕から
振付:マリウス・プティパ 改訂振付:テリー・ウエストモーランド 音楽:グラズノフ
指揮:大井剛史、管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

tokyo1205d_0741.jpg 牧阿佐美バレヱ団「ライモンダ」撮影/瀬戸秀美
土埃の興奮の世界から一転、2部はクラシック・バレエの様式美でスタート。牧阿佐美バレエ団が“『ライモンダ』第三幕から「グラン・パ・クラシック」”を上演した。
ハンガリー舞踊のエッセンスを随所に取り入れた独特の振付は、高いテクニックと音楽性が求められるが、ライモンダに伊藤友季子、ヴァリエーションには青山季可というバレエ団の二大看板を据えて臨んだ。白いチュチュを着て、まるでオルゴールの中でくるくる回っているバレエのお人形のような、伊藤友季子のはかなげな美しさはいかにもバレリーナという感じで、バレエをまだあまり知らない人たちにとっては素晴らしい目の保養となったかも知れない。が、凛と強いライモンダのイメージ、動きをイメージして、その線の細さがちょっと物足りなくも感じた人もあったかも知れない。しかし、入れ替わり現れるコール・ド・バレエやソリストたちがその踊りで印象付けていく、多彩な場面の変化は、クラシック・バレエのファンにとってはやはり王道作品であると言えよう。

◎東京バレエ団『ザ・カブキ』から第八場「雪の別れ」第九場「討ち入り」
振付:モーリス・ベジャール 音楽:黛敏郎 演奏:三味線/田中悠美子、鳴り物/西川啓光、笛/藤舎理生、合唱/藤原歌劇団合唱部、二期会合唱団、合唱指揮/長田雅人、副指揮/鈴木竜哉、松下京介
●指揮:大井剛史、管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
※世界初生演奏

tokyo1205d_2216.jpg 東京バレエ団「ザ・カブキ」撮影/瀬戸秀美
こちらは、男性群舞のスピード感と迫力を印象付けた。『ザ・カブキ』は、巨匠モーリス・ベジャールが歌舞伎の「仮名手本忠臣蔵」を題材にして創り、1986年に東京バレエ団によって初演された作品で、その終盤からふたつの名場面が、今回上演された。
討ち入りに臨む四十七士の勇壮な群舞は、舞い散る雪を背景に、腰を落としてひたひたとハイスピードで舞台を駆け抜け、隊列を作って踊る男性ダンサーたち。群舞の迫力はありながらも、先のダッタン人のようなむき出しの情熱とは異なる、静謐な世界観を感じさせるのはやはり、物語が和の世界、しかも討ち入りと言う、隠密裏に進行するストーリーをなぞったためか。加えて直線的な動きや、あえてフレックス(つま先を伸ばさない)で行う足運びなど随所に散りばめられた和の表情へのこだわりが、静かな中に重さをつくりだす。しかも、通常のオーケストラに邦楽器や生の合唱が用いられたのは、今回が初めてなのだそうだ。この討ち入りのシーンの直前、「雪の別れ」のシーンでは、顔世御前役で登場した二階堂由依の長すぎる手足があまりにも印象的だった。日本人離れしたそのプロポーションの美しさに目が釘付けになった観客も多かったはず。

◎吉田都&ジョセフ・ケイリー『真夏の夜の夢』から「オベロンとタイターニアのパ・ド・ドゥ」
振付:フレデリック・アシュトン 音楽:メンデルスゾーン
指揮:大井剛史、管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

tokyo1205d_2568.jpg 『真夏の夜の夢』から 撮影/瀬戸秀美
そしてトリは、吉田都とジョセフ・ケイリーによる“オベロンとタイターニアのパ・ド・ドゥ”。昨年の英国バーミンガム・ロイヤル・バレエ団公演のこの作品の吉田都の踊りがまだ記憶に新しいだけに、あの日の感動を胸に、幕が上がる瞬間を心待ちにする空気が客席に満ちていた。
この場面は、妖精の王オベロンと女王タイターニアの仲直りのシーン。吉田都のタイターニアは期待にたがわず、この世のものではない“妖精”にふさわしく、重力をまとわない軽やかさが素晴らしい。腕の動きひとつをとっても、ひらりと風をはらむようで、しかもそこから何かきらきら光るものがこぼれるような錯覚さえ抱かせる。そのきらきらしたものは、静止しているシーンにおいても気配としてこぼれ続けている。軽々とリフトされる瞬間などは、そのままふわっ、と空に浮いてしまうのではないかとさえ思わせるし、なにしろ妖精としてそこに存在していることが自然なのだ。こうなってくると、細かな足さばきや高い引き上げなどのテクニックは当たり前のものとしてこちらの目をスルーしていく。すべてのテクニックが、流暢な言葉のように心地よいものとして、流れていくから、テクニックではなく吉田都が演じる妖精の世界に耽溺できるのだ。
自分の個性を見せよう、あるいは何か表現してやろう、という思いを強く発するダンサーはたくさん見るが、こんなにも“自分の気配を消し”“その役柄がまったく自然に自らの中から湧きあがっている”ように見せることのできるダンサーと言うのは、そう出会えるものではないと思う。観客を惹きつける輝き、才能とは、こうしたことを言うのだろう、などと感嘆の溜息を漏らす。20分があっという間の、儚い夢の時間だった。
(2012年3月30日 NHKホール)