ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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佐々木 三重子 text by Mieko Sasaki 
[2012.05.10]

多彩な現代作品で活性化を示したウィーン国立バレエ団の<ウィンナー・ガラ>

Wiener Staatsballett ウィーン国立バレエ団
〈Wiener Gala〉Patrick de Bana “Ludwig II‐The Swan King,” etc.
〈ウィンナー・ガラ〉パトリック・ド・バナ『ルートヴィヒ2世‐白鳥の王』ほか

ウィーン国立バレエ団が、芸術監督マニュエル・ルグリに率いられて28年振りに来日した。かつてパリ・オペラ座バレエ団のエトワールとして絶大な人気を誇ったルグリがこのポストに迎えられたのは2010年9月。以来、ダンサーの質の向上に努め、保守的とされるウィーンにあって現代の振付家による多彩な作品を導入し、わずかの間にバレエ団を活性化させたと高く評価されている。
Aプロは〈ウィンナー・ガラ〉と題して、リグリが踊る世界初演の新作をはじめ、現在活躍中の振付家の様々な作品を盛り込み、Bプロではローラン・プティの代表作の一つで、ウィーンゆかりの『こうもり』を取り上げた。本拠地ウィーンでは、芸術監督の職務に専念するため踊らないというルグリだが、Aプロでは2作品に、Bプロではウルリック役で2公演に出演するというのも話題だった。

tokyo1205b01.jpg 「バッハ組曲第3番」
Photo:Kiyonori Hasegawa

〈ウィンナー・ガラ〉では、9作品が3部に分けて上演された。幕開けはノイマイヤーの『バッハ組曲第3番』。バッハの管弦楽組曲にのせて、5組の男女が整然と踊るクラシカルな作風の抽象作品である。次の、ボリス・エイフマンによる『アンナ・カレーニナ』よりアンナとカレーニンのパ・ド・ドゥでは、カレーニン役のエノ・ペシが暗い舞台にひとり佇む冒頭から苦悩や怒りを漂わせて秀逸。アンナが現れると、彼女への愛憎や屈折した思いを爆発させるようにリフトし振り回し、アンナが去った後はわびしさを滲ませるなど、迫力ある演技で圧倒した。アンナ役のイリーナ・ツィンバルの、白いドレスをひらめかせてのしなやかな身のこなしも哀れで、実に緊張感に満ちたパ・ド・ドゥだった。

『マリー・アントワネット』よりは、ルグリが高く評価するパトリック・ド・バナが昨年このバレエ団のために創った全2幕の作品から、冒頭と最後の場面を抜粋して構成したもの。真っ赤な衣裳をはおった「運命」のキリル・クルラーエフはシャープな跳躍でステージを駆け巡り、白い衣裳のアントワネットのオルガ・エシナとルイ16世のロマン・ラツィクは、諦念にとらわれたように身を寄せ合い、いたわり合うように踊った。ただ、これだけでは悲劇の王妃の何を描こうとしたのか要領を得ず、もどかしい思いが残った。ポール・ライトフットとソル・レオンによる『スキュー−ウイフ』はロッシーニの軽快な音楽にのせたユーモラスな作品である。ミハイル・ソスノフスキー、デニス・チェリェヴイチコ、マーチン・デンプスが次々に現れ、筋肉質な肉体を競うように踊ったが、紅一点のイオアナ・アヴラムが現れると、均衡が崩れたように入り乱れ、最後は4人とも床に倒れて終わった。スピィーディーな展開で、音楽のワクワク感ともマッチして楽しめた。

tokyo1205b02.jpg 「アンナ・カレーニナ」より
Photo:Kiyonori Hasegawa
tokyo1205b03.jpg 「マリー・アントワネット」より
Photo:Kiyonori Hasegawa
tokyo1205b04.jpg 「マリー・アントワネット」より
Photo:Kiyonori Hasegawa

ルグリは第2部の『イン・ザ・ナイト』で登場した。ジェローム・ロビンズがショパンのノクターンを用いて、星空をバックに夜会に来た3組の男女を描いた作品である。1組目のナタリー・クッシュと木本全優は、初々しく清潔なカップルという印象。木本はクッシュを丁寧にエスコートしていたが、表情にはまだ硬さが感じられた。2組目のアレーナ・クロシュコワとロマン・ラツィクは大人のカップルといったふうで、ラツィクのリフトが頼もしかったこともあり、互いの信頼関係が見て取れた。難度の高い技が要求される3組目がニーナ・ポラコワとルグリで、短いドラマを紡ぐような情感豊かなデュエットを展開した。それにしても、登場しただけでエレガントな雰囲気を漂わすことができるルグリはさすが。滑らかで優雅な身のこなしは別格で、アクロバティックなリフトも美しくこなした。恐らく一緒に舞台に立つのは久し振りなのだろう、踊る喜びが感じられた。

第3部はフォーサイスの『精密の不安定なスリル』で始まった。5人のダンサーのうち、玉井るい、橋本清香、木本全優と3人も日本人が起用されていたが、それぞれ遜色のない演技を見せた。木本はこういうモダンな作品のほうが合っているようで、伸び伸びと踊っていた。また、デニス・チェリェヴイチコの小気味よいピルエットも冴えていた。
続いてが、世界初演のド・バナの新作『ルートヴィヒ2世−白鳥の王』。登場人物を、“狂王”と呼ばれた実在したバイエルン国王ルートヴィヒ2世、その良き理解者だが国王を救えなかったオーストリア=ハンガリー帝国の皇后エリザベート、国王を狂気に駆り立てる想像上の「湖の貴婦人」の3人に絞り、国王の心の闇に踏み込もうとした意欲作だ。うっすらと髭を伸ばしたルートヴィヒ役のルグリは、うつろな表情で精神の危うさを滲ませ、エリザベートや湖の貴婦人の間で引き裂かれる心を振幅の大きい表現で伝えた。湖の貴婦人を演じたニーナ・ポラコワは、裸身のような総タイツ姿で妖しい魔力を放ち、ルートヴィヒを翻弄し、国王を守ろうとするエリザベートと争うなど、烈しい動きで威圧した。布に散りばめられたスパンコールが水滴のように光り、ルートヴィヒを湖へといざなっているようにも映った。マリア・ヤコヴレワは気品と落ち着きを失わないエリザベートを演じたが、他の2人に比べると控え目な描かれ方だった。エリザベートと湖の貴婦人が拮抗するように描かれていたなら、ドラマの密度はもっと高まったのではないだろうか。ワーグナーの『トリスタンとイゾルデ』より前奏曲と「愛の死」が奏でる旋律が効果的だった。

Aプロの締めは古典作品で、ヌレエフがプティパ版に基づき振り付けた『ライモンダ』よりグラン・パ。ライモンダ役のオルガ・エシナとジャン・ド・ブリエンのウラジーミル・シショフは大柄で、群舞の中でも存在感を示した。エシナは揺るぎないテクニックで格調高く舞い、シショフは重たくはあったがスケールの大きな跳躍をみせた。こうして、6時半に開演した公演は、20分と15分の休憩をはさみ、10時10分を過ぎて幕を閉じた。多様なスタイルの演目でダンサーのエネルギーと柔軟性をアピールしようとしたのだろうが、明らかに盛り込みすぎで、古典と現代作品とのバランスも欠いていたようだ。バレエ団は100人のダンサーを擁しているというが、ロシア系が多く、平均年齢は若そうだ。ダンサーの技量にはバラツキが見受けられたが、ルグリを迎えて意欲に燃えているバレエ団である。これからどう発展するか、楽しみに見守りたい。
(2012年4月24日、東京文化会館)

tokyo1205b05.jpg 「イン・ザ・ナイト」
Photo:Kiyonori Hasegawa
tokyo1205b06.jpg 「精密の不安定なスリル」
Photo:Kiyonori Hasegawa
tokyo1205b07.jpg 「ルートヴィヒ2世‐白鳥の王」
Photo:Kiyonori Hasegawa
tokyo1205b08.jpg 「スキュー ‐ ウィフ」
Photo:Kiyonori Hasegawa
tokyo1205b09.jpg 「ライモンダ」より
Photo:Kiyonori Hasegawa