ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi 
[2012.03.12]

繊細な音とジョセフ・ナジの創る黒とのコラボレーション『カラス/Le Corbeaux』

Performance de Josef Nadj et Akosh S. 『カラス/Le Corbeaux』
世田谷パブリックシアター

ジョセフ・ナジ(旧ユーゴスラヴィア、現セルビア出身)は2006年、日本とフランスでワークショップを重ね、『遊*ASOBU』を世田谷パブリックシアターと共同制作した。この作品は黒田育世を始め日本人ダンサーも多く参加し、アビニヨン演劇祭のオープニングで上演されたほか15都市を巡る世界ツアーも行われた。
そして『カラス/lesCorbeaux』は、その世界ツアーの途上の日本で、「一羽のカラスが、まるで<こんにちは>と挨拶するかのように私の隣に舞い降り」て生まれた作品だ、という。
『カラス』で音楽を作りパフォーマンスも行うハンガリー出身の音楽家アコシュ・セレヴェニも、『遊ぶ*ASOBU』でナジと交流を深めている。

tokyo1203i01.jpg撮影:青木司

舞台上手にはサックスやパーカッションなどさまざまな手作りにも見える楽器がセットされ、下手側は大きな白いパネルが床と背後に設置され大きな壺も置かれている。セレヴェニがサックスやパーカッションなど様々な楽器を演奏し、ナジも参加するライヴパフォーマンスが開幕から続く。
まず、ぼやっと人物が見える暗がりの中、サックスが吹かれる、と言ってもごくごく微妙な音。その音が繰り返されるうちに大きくなり次第にサックスの音らしくなっていく。そしてランダムな高さの鹿威し程度の太さの筒をパイプオルガンのように置き、天から流れ落ちる砂を入れたり出したりする作業のようなパフォーマンスをふたりで繰り返す。するとここでも人間の手の機械的な作業から微妙な現実音が生まれる。それはやがて微かに物を擦るような音となり様々に発展していく。セレヴェニの音は観客のお腹の鳴る音よりも微妙で、彼の音への集中力は舞台を貫くかのようでさえあった。

黒いスーツと黒い帽子のナジは、顔の中心部にチラと墨を塗り、両足のかかとに羽を着けてカラスを想わす動きを踊りながら、舞台のフロアの白いパネルに痕跡を描く。これはもちろん形態模写ではないが、カラスの命の存在を表すダンスだ。そしてさらに、ナジは、墨汁をたっぷりと湛えた大きな壺の中にすっぽりと頭まで深々と潜った。この大胆で根源的なパフォーマンスにはいささかあっけにとられ度肝をぬかれた。
全身から墨汁を滴らせながらナジは2枚の純白のパネルに、黒々とした痕跡を描く。それは数年前に「こんにちは」と挨拶された、東京のカラスとの再会を期する気持ちであり、同時に今はないユーゴスラヴィアからパリで学び日本へと旅してきたナジの心の姿でもあるのだろう。そしてまた、レンブラントの黒とはまた異なったナジしか描くことの出来ない黒でもあった。
(2012年2月17日 世田谷パブリックシアター)

tokyo1203i02.jpg撮影:青木司 tokyo1203i03.jpg撮影;青木司