ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi 
[2012.03.12]
もし明治維新を知ろうと思えば、坂本龍馬や西郷隆盛ばかりを追いかけていても勝海舟や榎本武揚を知らなければ、その実態を捉えることは出来ない。にもかかわらず人々の注目は、いわゆる「改革者」に集まる。バレエ・リュスはなぜどのような芸術的風土の中で起ったのか、そのアプローチを抜いては研究は始まらないのではないのか、私はそう感じるのである。とはいえ学生を動員して資料を漁ることもできないし、まして研究費なんてどこからも出てくるはずもない。そう考えてしまうとばかばかしくもなるが、とにかく試みてみた一冊が、『ペテルブルグのバレリーナ~マチルダ・F・クシェシンスカヤの回想録』。宣伝で申し訳ないが、もし書店の店頭で目に触れる機会があれば、覗いてみていただきたい。

『スパルタクス』のスカイウォーカーのようなワシーリエフの跳躍に大喝采!!

The Bolshoi Ballet ボリショイ・バレエ団
Yury Grigorovich  "SPARYACUS" ユーリ・グリゴローヴィチ振付『スパルタクス』

かつては超大国だったソ連は崩壊して、一時は混乱に陥った。しかし近年、ロシアの国力は復活。大国としての存在感を示しつつある。そしてもう二度とあの日々の食料さえ事欠いた困窮生活には戻りたくない、という国民の意思が強いロシアを待望し支えている。

tokyo1203a0610.jpg 撮影:瀬戸秀美

天蓋にアポロンの馬車をいただき、かつてのソ連を代表する劇場だったボリショイが、その強いロシアの復活と軌を一にするように大規模にリニューアルされ、昨年10月28日には大統領府主催によりオープニング・ガラが開催された。11月18日には、1964年から30年間にわたって首席バレエマスターとして君臨し、後に退いていたユーリ・グリゴローヴィチが復活して『眠れる森の美女』を新たに振付け、新劇場の全幕バレエの開幕を飾った。バレエ団を率いる芸術監督の気鋭の若手、セルゲイ・フィーリンは、1988年にボリショイ・バレエ団に入団しているから、まさにグリゴローヴィチの薫陶を受けた舞踊家である。

新生ボリショイ・バレエ団が最初の海外公演を行ったのは日本。復活をアピールする<グリゴローヴィチ・フェスティバル>の一貫として、『スパルタクス』『白鳥の湖』『ライモンダ』のグランド・バレエ三作品を上演した。
そして今回のボリショイ・バレエ団来日公演のもうひとつの話題は、ミハイロフスキー・バレエ団に移籍した<ロケットマン>ことイワン・ワシーリエフの出演だった。
東京公演初日は、そのワシーリエフのスパルタクス、アレクサンドル・ヴォルチコフのクラッスス、スヴェトラーナ・ルンキナのフリーギア、エカテリーナ・シブーリナのエギナだった。

tokyo1203a0745.jpg 撮影:瀬戸秀美

舞台奥のスペースを天から蚊帳のようにつるした網で際立たせ、主人公の抑圧され雁字搦めにされた心理を象徴的に表し、舞台の手前では物語の進行を語る。例えば、スパルタクスがローマ帝国に対して反抗に立ち上がった時には、今度はその天で波打つ網が、巨大な権力の支配を支えるシステムをヴィジュアルにしたようにもみえ、ドラマの背景をシンプルかつ効果的に表していた。また主要な登場人物の意志と立場、コール・ド・バレエの役割が明快にしかも深く掘り下げ造型されているために、ドラマティックな対立がより際立つ。マイムは避け、装飾的な表現を配してダンスの動きによる演劇的表現を中心に、物語をテンポ良く展開する。第一幕では演出が見事に成功して、ワシーリエフを中心としたダンサーたちの力量は、アラム・ハチャトゥリアンの勇壮な音楽とともに120パーセント発揮された。
ロシアの大地から生まれた雄大な力感溢れる男性群舞と、ルンキナなどのたおやかな曲線の女性ダンサーたちの清楚なエロティシズムを醸すフェミニンな感覚が、くっきりとコントラスト描いてグリゴローヴィチ作品ならではの、じつに魅力的なダンスシーンが観客の心を虜にした。ただドラマ自体はかなり単純化されていて、ハチャトゥリアンの音楽も勇壮ではあるが変化に乏しく、やや単調な印象は否めなかったのではないだろうか。
二元的に世界を捉え、シンメトリーを忠実に駆使して舞台化していくグリゴローヴィチ演出は、そのドラマを把握する力は圧巻だ。ただ1968年に初演された作品であり、当時の時代背景の影響も受けていると思われ、今日観ると登場人物への感情移入の面では一方的になってしまう場合もあるようだった。
しかしダンサーの存在感は、まるでロシア・バレエの威力を世界の舞台に向かって見せつけるかのように凄い。とりわけワシーリエフは、ほとんど宙空を歩くスカイウォーカーさながらの跳躍をみせ、会場は感歎の溜息と興奮の絶叫に溢れかえり、爆発的な大喝采が延々と続いた。彼が去った後は、かつてはウラジーミル・ワシーリエフが、後にイレク・ムハメドフが跳んだボリショイ劇場のプロセニアムを、次は誰が飛翔するのだろうか、興味は尽きないところである。
(2012年1月31日 東京文化会館)

tokyo1203a1144.jpg 撮影:瀬戸秀美 tokyo1203a1266.jpg 撮影:瀬戸秀美