ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi 
[2012.02.10]

旧小坂家住宅で踊られた黒沢美香のソロダンス「鳥日」

INSIDE/OUT 黒沢美香ソロダンス『鳥日once a year』
世田谷美術館、NPO法人Offsite Dance Project

世田谷美術館が「建築と身体」をテーマとして行っているパフォーマンスシリーズINSIDE/OUTの第3回目は、黒沢美香ソロダンス『鳥日once a year』。今回初めて世田谷美術館から離れて、世田谷区の有形文化財の旧小坂家住宅で開催された。
旧小坂家住宅は、信濃毎日新聞社長で貴族院議員だった小坂順造が1937年に、別邸として建てた木造和風住宅。かつてこの地区に多く建てられた別邸建築としては、唯一現存するものだそうだ。現在は世田谷区が管理し公開されているが、震災のために修理が必要となり、今春から新たに見ることができるようになった。
決して華美ではないが、木と紙とガラスの材質感が親しみを感じさせ生活と混在しているようでなつかしい。小津の映画のセットに入ったようにも感じた。昭和初期の良き雰囲気を残し、基礎がしっかりと造られている建物だ。

tokyo1202i02.jpg photo by Hideo Mori

玄関から上がり、庭に面して二間廊下のある十畳くらいの茶の間に待機する。観客の定員は25名だという。
そしてどうやら舞踊家は部屋の隅にスタンバイしているらしい。黒い羽をあしらい、もやもやした衣装に全身を包みオブジェのようにうずくまっていたそれが微かに動く。やがて地を這うようにして起き上がり、遅々とした動きで這い回り、興味深々と見詰める観客の存在を意に介ず、にじりよる。ダンサーとの距離があまりに接近したので観客は身を避けるのだが、なぜかみんな近寄られてちょっと嬉しそうにしている。
鳥は、部屋の壁面に添ったり障子を開けたり様々な動きをくり返しながら、観客をぞろぞろと引き連れて、それぞれの部屋に立ち寄る。そしてしばし、鳥を想わせる動きを織り込んだダンスを踊る。もとより舞踊家は形態模写をのリアリティを追究しているわけではないから、普遍的に鳥を想起させる動きは、象徴的といっても時折、現れるだけであまり重要ななにかが込められているわけてはない。マントルピースが暖めている書斎では壁面にはいあがろうとしたり、ピッピッと鳴き声めいたごく低い声をあげた。厚い絨毯が敷かれた寝室にはレトロなオーディオが据えられていて、あの有名な失恋を鳩とともに歌う『ラ・パロマ』が控え目の音量で流されていた。所詮、空に飛び立つ鳥には愛の幸せを託すことはできないのか。そして一本の長いヤマドリの羽を頭に刺してオレンジの長靴を履いた舞踊家は、外へ。庭石の上に飛んだ。

tokyo1202i01.jpg photo by Hideo Mori

今日ではもう生活の中から失われてしまった茶室と水屋、電話室、女中室とその呼び鈴、内倉、濡れ縁、オーデオのセットなどのレトロでモダン感覚と、舞踊家のポップでシュールな存在感が微妙に、75年の歳月を越えて浸蝕し合い、独特のイメージが生まれて興味深かった。なにやら日常感覚の洗濯をしたかのような気分にもなった。
かつて上野の応挙館で日本舞踊の舞を観たことがあるが、それとはまた異なって生活の感覚があり、大袈裟にいえば「用の美」と人工的な作り物がコラージュされたおもしろさをライヴで味わった、と言ったらいいのだろうか。「建築と身体」、なかなか良いテーマだったのでさらに展開して欲しい、と思った。
(2012年1月19日 旧小坂邸「瀬田四丁目広場」)