ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi 
[2012.01.10]
2012年を迎えた。 21世紀に入ってから10年を越え、舞踊界では前世紀を代表する作品を創造した大物振付家たちのほとんどが逝ってしまった。新しい時代の舞踊はどんな顔をみせてくれるのだろうか、しかし、まだその輪郭すら姿を表してはいない。
むろん様々な見方はあるだろうが、20世紀の舞踊はバレエ・リュスで幕を開け、バランシンの目指すバレエが軸となり、ベジャールのイマジネーションが衝撃を与え、ピナ・バウシュの人間味豊かなダンスが豊穣感を醸す、と様々に変転してきた。そして茫漠とした今日の舞台に、ひとつだけでも何らかの灯りを灯せと言われたら、もちろん私には不可能だが、ツィートでも良いと許されるならば、これだけは言いたい、ということがないわけではない。
たとえば、舞踊を論じるならば舞台と対決せよということ。確かに舞踊は小説やオペラや芝居を素材とした二次的に創作物として制作されることも多い。当然だが、だからといってそうして生まれた舞踊が芸術的価値を減じることはない。クランコの『オネーギン』はプーシキンの『オネーギン』と同じではない。言葉では絶対に表すことの出来ない深い体験を観客に与えるからだ。ということは、文学の筆法で舞踊を簡単に論ずることはできないし、心理学の分析でも哲学の洞察でも舞踊そのものに迫ることは出来ないはずだ。こうしたしごく当然のことが傍らに追いやられ忘却されている、そういう気がしてならない。
2012年は、舞踊そのものにこそアプローチを試みていきたい、と強く思った。

様々な『くるみ割り人形』の世界が華やかなクリスマス・シーズンを彩った

K バレエ カンパニー 熊川哲也 演出・振付『くるみ割り人形』
K バレエ カンパニーの熊川哲也 演出・振付『くるみ割り人形』Akasaka Sacas Versionは、マリー姫が松岡梨絵、くるみ割り人形が宮尾俊太郎、クララは神戸里奈、ドロッセルマイヤーはスチュアート・キャシディという配役で観た。
開幕から様々に演出的工夫を凝らし、ホフマンの原作小説のかなり複雑な物語世界と同調する。マリー姫がねずみ顔に変貌させられる象徴的シーンをオープニングとして、物語の全体像を表している。そして特に、クララがくるみ割り人形をドロッセルマイヤーにプレゼントされて、不思議なインスピレーションを感じて踊るヴァリエーションは、ホフマンの物語世界をしっかりと描いているために、際立って印象的だった。あるいはまた、第2幕のねずみ顔から美しさを取り戻した人形の王国の人々の歓喜の瞬間を、花のワルツの冒頭と見事に合わせた演出の巧妙さには感服させられた。
第2幕終盤ののディヴェルティスマンも、ねずみの姿からの解放を人形の王国の人々が祝う踊りとして始まり、踊りが進行するに連れて次第に本来の姿となっていく。そして最後のフランス人形の踊りには、王国の門前に立っていた衛兵たちをも途中参加させて、喜びの輪が人形の王国全体に広がったことを洒脱に表現してみせ、フィナーレを飾るグラン・パ・ド・ドゥへと至る、という細部に至るまで凝った展開を楽しませてくれた。さらに加えてそこにクララとドロッセルマイヤーのパ・ド・ドゥのヴァリエーションを挿入するといった手法の冴えもまた、鮮やかだった。
作曲家チャイコフスキーと演出家熊川哲也の周到に計算されたコラボレーションを、充分に堪能した得難い一夕を過ごすことができた。
(2011年12月22日 赤坂ACTシアター)

tokyo1201a1_01.jpg 撮影/ 言美 歩 tokyo1201a1_02.jpg 撮影/ 言美 歩

新国立劇場バレエ団 牧阿佐美 演出・改訂振付『くるみ割り人形』
牧阿佐美による新国立劇場バレエ団の『くるみ割り人形』は、米沢唯の金平糖の精、厚地康雄の王子、寺田亜抄子の雪の女王、五月女遥のクララ、冨川祐樹のドロッセルマイヤーで観た。厚地は新国立劇場主役デビューだった。英国のバーミンガム・ロイヤル・バレエ団から移籍してきて、当然、すぐに主役にキャスティングされるのかと思っていたが、ビントレー芸術監督の配慮からだろうか、あまり踊りのない脇役に甘んじていることが多かった。しかし『アラジン』の宝石の踊りなどでは際立つ表現力をみせていたから、今回の主役デビューはむしろ遅すぎたくらいだ。特別に高く跳んだりスピード感覚が抜きん出ているわけではないが、落ち着いた良い雰囲気を舞台に満たすことができるなかなか得難いダンサーだ。ただ今回観た印象では、時折、表情が意図したものとは異なって見えてしまうような気がして少しだけ気になった。今後は力感のある福岡雄大とともにバランスよくカンパニーを背負っていくことになる、と思われるので大いに期待したい。
米沢唯はメリハリの利いた踊りだった。グラン・パ・ド・ドゥのヴァリエーションが期待しただけにちょっと物足りなかったが、あとはすべてきちんと踊った。日本人には少ない堂々と豪華さを表すことができる大きな可能性を秘めたダンサーだと思う。
そして雪の国のコール・ド・バレエはほぼ完璧と言っていいのではないか。おそらくオペラ座の舞台で踊っても喝采を得ると思わせる美しさだった。クララと群舞のからみ方も気が利いていておもしろかったし、フォーメーションも良く整っていてなかなか味わいもある振付だった。また、4組のソリストのペアと12組のコール・ドのペアで踊られた花のワルツも整然と踊られ、ワルツらしいフォーメーションでじつに感じ良かったし、ゴーダとの兼ね合いも巧いと思った。こうしたシンフォニックな動きの構成は、「さすが」と思わせる牧阿佐美の練達の技が光り、見応えは充分だった。
(2011年12月18日 新国立劇場 オペラパレス)

tokyo1201a2_01.jpg 撮影/瀬戸秀美  tokyo1201a2_02.jpg 撮影/瀬戸秀美 
tokyo1201a2_03.jpg 撮影/瀬戸秀美  tokyo1201a2_04.jpg 撮影/瀬戸秀美 

松山バレエ団 清水哲太郎 演出・振付『くるみ割り人形』

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2011年10月に、上海、北京、重慶を巡って新『白毛女』を上演する第13回訪中公演を成功裡に終えた松山バレエ団。森下洋子の舞踊歴60周年を迎えて上演した『くるみ割り人形』は、1982年の初演から数えて30年目になると言う。
清水哲太郎版の『くるみ割り人形』は、クリスマスにトウシューズをプレゼントされたクララが夢の中で王子と華やかなグラン・パ・ド・ドゥを踊る。二人には深い心の交流が生まれて、まさに夢のようなロマンチックな愛が芽生える。しかし結局、夢の終りが近付いて王子とクララは別れのパ・ド・ドゥを踊る。クララを愛する王子は、彼女の夢から去りがたくなかなか踏ん切りがつかない。すると、クララの夢の演出者であるドロッセルマイヤーに、はやく夢の国に戻るように指示され、余情を残して立ち去る・・・。
クララはクリスマス・パーティが終わった居間で夢から覚める。現実に戻ってお客様を見送りに表に出ると、夢の中で寒い雪の国でプレゼントされたショールをドロッセルマイヤーから優しく肩に掛けられる。クララの胸に、一瞬、王子に愛された記憶が甦り、夢と現実を超えた体験をする、という見事なエンディング。
お伽噺の世界にロマンスの味を巧みにミックスした、ハートウォーミングなじつに素敵なバレエだ。
(2011年12月23日 ゆうぽうとホール)

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牧阿佐美バレヱ団 三谷恭三 演出・改訂振付『くるみ割り人形』
牧阿佐美バレヱ団は、1963年に『くるみ割り人形』を初演し、78年にはジャック・カーター演出・振付のヴァージョンをレパートリーとした。それからさらに2001年には、総監督の三谷恭三自身が演出・改訂振付した舞台を初演し、今日まで上演し続けている。三谷恭三版の制作にあたっては、美術をデヴィッド・ウォーカーが創り、照明デザインをポール・ビヤントが担当している。
今回は、青山季可の金平糖の精、京當侑一籠の王子、日高有梨の雪の女王、加藤花歩のクララという配役で観た。ちなみに他日公演は伊藤友季子、菊地研、日高有梨、佐々木葵美。織山万梨子、清瀧千晴、中川郁、石崎日梨というキャストだった。三日目に金平糖の精を踊った織山万梨子は三谷恭三版『くるみ割り人形』初演のクララを踊っている。
初日に金平糖の精を踊った青山季可もまた、10歳でクララを踊っているし、1993年には東京新聞全国舞踊コンクール第2部では一位に輝いた。そしてキャリアを重ね、今では『白鳥の湖』のオデット/オディールを始め、ほとんどの古典名作バレエの主役を踊っているだけに、じつに落ち着いた堂々たる踊りだった。大型ダンサー同士のパートナー、京當侑一籠とのコンビも息が合っていて華やかさで舞台を彩った。
牧阿佐美バレヱ団の『くるみ割り人形』は、やはり第2幕のお菓子の国のシーンに登場する小学生が扮する可愛らしいコックたちが印象的。他にも清瀧千晴はハレーキン人形とトレパック(他は上原大也、篠宮佑一)を踊り、逸見智彦がスパニッシュを踊り、ドロッセルマイヤーは森田健太郎が扮したし、パーティのお客の中には逸見とともに菊地研が参加するなど、主役級のダンサーがところどころに配されていることも楽しみのひとつとなっている。
(2011年12月16日 ゆうぽうとホール)

tokyo1201a4_01.jpg 撮影:山廣康夫 tokyo1201a4_02.jpg 撮影:山廣康夫

NBAバレエ団 安達哲治 演出・振付『くるみ割り人形』
NPO法人となって10年目を迎えたNBAバレエ団の『くるみ割り人形』は、このカンパニーを芸術監督として率いる安達哲治の演出・振付のヴァージョン。
金平糖の精を峰岸千晶、王子をジェイド・ヘールクリストフィ、クララを小島沙耶家香、ドロッセルマイヤーをダニエル・スミス、雪の女王を関口祐美、雪の王をウルズィーオロシフ・アルタンツェツェグが踊った。
ピエロ、コロンビーヌ、ハレーキンの三人の人形がクララの夢をリードして、様々な経験を重ねていく、というストーリー。
ねずみ軍との激しい戦いののち、雪の国からお菓子の国に旅していくのにも、よくみられるトナカイが引く豪華なソリなどの乗り物は使わずに、すべてをダンスで表そうとしているところも良かった。
ディヴェルティスマンでは、マダム・ボンボにエールのキャンディ・ボンボン(子供たち)がかわいかったし、葦笛のパ・ド・トロワがフレッシュで楽しい気持ちになった。花のワルツもダイナミックで良く音楽に乗っていた。ほとんど出ずっぱりのクララを踊った小島、シュタームバウム夫人を踊った鷹栖千香がしっかりと表現を創っていてよかった。
(2011年12月17日 なかのZERO大ホール)

tokyo1201a5_01.jpg 撮影/ 鹿摩 隆司 tokyo1201a5_02.jpg 撮影/ 鹿摩 隆司 tokyo1201a5_03.jpg 撮影/ 鹿摩 隆司

東京シティ・バレエ団 石井清子 演出・振付『くるみ割り人形』

tokyo1201a6_01.jpg 撮影:鹿摩隆司

石井清子の演出・振付による東京シティ・バレエ団の『くるみ割り人形』は、子供たちのダンスがじつに生き生きとしていて楽しかった。地域と一体となってすすめられてきたティアラ"くるみ"の会のメンバーが出演し、地元の商店街も参加して公演を大いに盛り上げている。
小さなピエロ・コロンビーヌ・ムーア人は、ねずみ軍に追いかけられながらクララとくるみ割り人形の王子とともに、雪の国からお菓子の国まで旅をした。そして美しい金平糖の精とコクリューシュ王子に、ねずみ戦争でのクララの活躍ぶりを演じてみせる。なかなかの大役だった。
キャンドルケーキから飛び出した8人も可愛らしかったし、客間のクララやフリッツを始めとする子供たち、子ねずみ、中ねずみ、兵隊とみんなそれぞれの表現を創っていた。そして、子供たちの世代、クララとくるみ割り人形の王子の世代、金平糖の精とコクリューシュ王子、さらにドロッセルマイヤーや父母と様々な世代が登場。それぞれの世代が役割を担って踊り、物語全体の表現をしっかりと構成している。
金平糖の女王はプリマの志賀育恵、コクリューシュ王子は黄凱で、息の合った見事な舞台を見せてくれた。クララは猪口恵、くるみ割り人形は岸本亜生で、優れたバランス感覚で楽しく魅力的なクリスマスを演出した『くるみ割り人形』の世界だった。
(2011年12月25日 テアラこうとう大ホール)

tokyo1201a6_03.jpg 撮影:鹿摩隆司 tokyo1201a6_04.jpg 撮影:鹿摩隆司
tokyo1201a6_02.jpg 撮影:鹿摩隆司 tokyo1201a6_05.jpg 撮影:鹿摩隆司

井上バレエ団 関直人 振付『くるみ割り人形』
井上バレエ団の『くるみ割り人形』の振付はカンパニーの芸術監督でもある関直人、美術と衣裳は英国ロイヤル・バレエ団などで舞台で知られる著名デザイナー、ピーター・ファーマーが創っている。やはりファーマーの美術は見事という他ない。幕が開くとたちまち、美しく味わい深いフェアリー・テールの世界へと誘ってくれる。
金平糖の精を踊ったのは田中りな。2004年に初めて金平糖の精を踊っているが、その後デンマーク王立バレエ団で研修を受けている。すっきりとした舞台姿で踊りは、スポーティーというか軽快でスタッカート、さわやかな印象を受ける。王子はゲストダンサーの藤野暢央。香港バレエ団のプリンシパルとしてまた、オーストラリア・バレエ団のシニアソリストとして踊り、2004年には日本人では初めてブノワ賞にノミネートされている。金平糖の精と王子の、なかなかいいラインを描いたグラン・パ・ド・ドゥだった。
また、越祐紀子が扮したクララも落ち着いていたし、マルセイユのコレット・アルマン・バレエ学校に留学した経験のある小高絵美子が踊った雪の女王もきれいだったので、全体に安定感のあるこのカンパニーらしい清潔感をじさせる丁寧に創られた舞台だった。
(2011年12月17日 文京シビックホール)

tokyo1201a7_01.jpg 撮影:根本 浩太郎 tokyo1201a7_02.jpg 撮影:根本 浩太郎

小林紀子バレエ・シアター 小林紀子 演出・再振付『くるみ割り人形』
100回目の公演として2011年8月に『マノン』全幕を上演した小林紀子バレエ・シアターの『くるみ割り人形』は、101回目の公演となった。1934年にキーロフ・バレエ団が初演して世界中で上演されるようになったワシリー・ワイノーネン版を原振付として、芸術監督の小林紀子が演出・再振付を行い、ジュリー・リンコンが監修しているヴァージョンだ。
ミラノ・スカラ座のプリンシパル、アントニーノ・ステラをゲストに迎え、島添亮子と高橋怜子が金平糖の精を日替わりで踊った。クララは谷川千尋と影井蘭、雪の女王は高橋伶子と萱嶋みゆき、ドロッセルマイヤーは中尾充宏だった。私は『エリート・シンコペーションズ』のStop-time Ragで印象に残った高橋伶子の日を観た。
演出も振付もオーソドックスなもので、快適なテンポで物語が進行した。第2幕のデヴェルティスマンはスペイン、アラブ、中国、トレパックと続いて、可愛いピンクの衣裳のマラトンズ(蘆笛)、そして巨大なスカートから子供たちが続々と姿を現すマダムバウンティフルと続いた。クララも踊ったが、最後は金平糖の精と王子のグラン・パ・ド・ドゥ。高橋怜子の金平糖の精は華やかに輝き、端正な動きのステラの王子ともよく共鳴して『くるみ割り人形』の世界をじっくりと味わわせてくれた。全体に無理のないきっちりとした構成の舞台だった。
(2011年12月26日 メルパルクホール)