ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi 
[2011.12.12]
肌寒くなったらわが家の天井裏に、招かれざる客ハクビシンが住み着いた。夜行性らしく深夜や早朝には活発に走り回り不快な騒音を発する。どうも厄介な生き物に無理矢理おしかけられて困っている。 ダンスの公演会場では、時折、一人だけ異常なブラボーを連発する者がいる。会場の雰囲気とまったく遊離しているのに気付かないのだろうか。良い舞台を観た時は、会場の雰囲気に合わせて他人に不快感を与えることなく、紳士的な態度で声援を贈りたいものだ。それもまた、観客の重要なマナーのひとつである。

ヒーロー&ヒロイン兄妹による「日本」の神話的ファンタジー『パゴダの王子』

ディヴィッド・ビントレー振付『パゴダの王子』
新国立劇場バレエ団

新国立劇場バレエ団に芸術監督のデヴィッド・ビントレーが新たに振付けた『バゴダの王子』の世界初演を観た。
音楽は英国ロイヤル・バレエ団時代のジョン・クランコがベンジャミン・ブリテンに委嘱し、1957年に振付け初演した『パゴダの王子』の曲。終盤は少し調整したそうだがほぼ全曲を使って振付けたという。クランコはこの後、この作品をミラノ・スカラ座バレエやシュツットガルト・バレエでも上演した。
また『パゴダの王子』は、周知のようにクランコに兄事していたケネス・マクミランも89年に振付け、自身の60歳記念ガラ公演で初演し、秘蔵っ子だったダーシー・バッセルを主役ローズ姫に起用。バッセルは公演後はプリンシパルに昇格した。マクミランはこの作品では熊川哲也をイメージして道化を振付けた。

tokyo1112a01.jpg 撮影:瀬戸秀美

ビントレー版の『パゴダの王子』は、巨大な骨壺からサラマンダーがチョロっと姿を現すシーンをプロローグとして開幕した。
第1幕は王朝風の衣裳を纏った男女のコール・ドの踊り。皇帝と皇后エピーヌの入場、そして衣裳に意を凝らした花婿候補の東西南北の王子たちの踊り、という流れで進行する。王子たちの国はそれぞれ中国、アメリカ、ロシア、アフリカを表し、大陸から孤立した日本の地政学的なといえば大袈裟だが地理的な立場を表現している。王子たちはそれぞれにややグロテスな表現をもちいた四つのヴァリエーションを踊り、エキゾティックなムードを醸す。続いて踊られるエピーヌのヴァリエーションとリンクさせて妖しい異界の存在を表した。
さくら姫が結婚希望者の前に現れるが、彼女は継母の皇后エピーヌが勧める結婚そのものに、何か邪なものを感じている。エピーヌと東西南北の王たちの謂わば偽善的な踊りがあり、さらにさくら姫が虚しい気持ちを踊るうちに、幼い時に死んだはずの兄王子の幻影が現れ、いつしか二人は一緒に踊る。さくら姫が求婚者たちを激しく拒絶するとエピーヌが平手打ちしたり、さくら姫が正座して詫びるシーンなどが挿入されていたが、物語の流れの中ではやや唐突にも感じられるマイムだった。
見かねて年老いた王までが執拗な求婚者たちを退ける。すると恐ろしい大トカゲのサラマンダーが五人目の求婚者として姿を現す。しかしさくら姫は、なぜかそのサラマンダーに不思議な親しみを感じる。無気力な皇帝の下で継母の皇后エピーヌに異国の王子との結婚を迫られるさくら姫は、サラマンダーの手下たちに連れ去られて旅にでる。

第2幕では、さくら姫がエピーヌの妨害やサラマンダーが課した試練に耐え、黄昏の光に照らされた王国に至る。ここはいわば黄泉の国で異界の色調で彩られたガムランの美しい響きを活かした曲が流れる。さくら姫は目隠しされて、皇帝の跡継ぎだった兄が幼い頃に、継母エピーヌの魔術によってサラマンダーに変えられたことを知らずに、愛する兄と再会を果たしたことを表していた。ここでは幼い頃の兄妹と現在のさくら姫と王子の四人の動きをシンクロさせ、桜の花の小枝なども使って抒情的で美しい表現を創っていた。さくら姫は、一瞬、兄の本来の姿を垣間見て、すべてを悟り真実を胸に父の皇帝の元に戻る。

tokyo1112a02.jpg 撮影:瀬戸秀美

第3幕の宮廷では皇后のエピーヌが皇帝を幽閉し、東西南北の王たちと驕った暮らしを送っている。さくら姫は王に真実を伝え、エピーヌと闘い、サラマンダーにも助けられ、エピーヌの追放に成功。そしてついに、サラマンダーは立派な王子の姿を取り戻す。四人の王たちとの闘いでは、さくら姫もさらには今にも死にそうだった皇帝も魔術を解かれて闘う。ここは武術的な動きも加えられて踊られた。最後のさくら姫と兄王子のグラン・パ・ド・ドゥはいっそう華やかだった。

物語は至極シンプル。兄妹のヒーローとヒロインによる「日本」の神話的ファンタジーであり、物語には国芳も描いている玉取姫の伝説なども反映されているが、誰もが知っているさまざまなおとぎ話の寓意を再構成している。
全体には、日本の着物や浮世絵やアニメの造型感覚、あるいは富士山や桜イメージ、扇子や傘などに込められた情緒、優しさや細やかさを尊ぶ人間性などをピックアップし、『パゴダの王子』という新しい物語バレエを意欲的に奮闘努力して創っている、と思った。
ただ音楽は、ブリテンは来日するなど日本と縁はあるが、「日本」をイメージしたものではない。むしろガムラン音楽の響きがこの物語世界のイメージであり、それとのコントラストと融合によって曲全体が構成されている。そのことは日本には存在しないサラマンダーという魔的なイメージと、前述のさまざまな日本文化を形成している美的感覚が、どこかすれ違って感じられることと通底しているのではないか、そんな印象も受けた。
また、終盤で証拠の産衣を突きつけられると、エピーヌの力が突如弱まり狼狽え、とても皇帝の目を眩まして世嗣ぎをサラマンダーに変身させて権力を恣にしていた魔女とは思えなかった。命のもとの巨大な卵を割られた『火の鳥』のカスチェイとは違うわけだから、他愛なさ過ぎると思った。また、魔術が解けたとはいえ、ヨロヨロと今にも倒れそうだった皇帝も居ず舞いを正すとたちまち武術家になって、それまで傍若無人に振る舞っていた東西南北の四人の王を打ちひしげる。こういうところはファンタジーの表現とドラマティックな表現が混在しているように感じられ、少し不自然だった。既成の音楽を使って振付けるバレエの難しいところなのだろうか。

さくら姫を踊った小野絢子は、ほとんどでずっぱりでよく舞台全体を引っ張った。衣裳の色の調子で本来のほっそりとした印象が少し弱かったからか、ヒロインとしての頼もしさが感じられ安定感があった。王子を踊った福岡雄大はサラマンダーとしても良く動いていたが、端正な堂々とした王子の存在感を見事に表して好演だった。初めての悪役ということで張り切っていた湯川麻美子、本島美和は、それぞれエピーヌ役を好演して新たな芸域の開拓に成功している。
グランド・バレエの新作を創ることは、予想以上にたいへんな仕事だと思われるが、震災という不幸を逆にエネルギーとして完成させたことは、完成度は種々検討すべきだが、じつに素晴らしいことである。ビントレー監督およびスタッフ・キャストに敬意を表したい。
(2011年10月30日、11月5日 新国立劇場 オペラパレス)

tokyo1112a03.jpg 撮影:瀬戸秀美 tokyo1112a04.jpg 撮影:瀬戸秀美
tokyo1112a05.jpg 撮影:瀬戸秀美 tokyo1112a06.jpg 撮影:瀬戸秀美
tokyo1112a07.jpg 撮影:瀬戸秀美 tokyo1112a08.jpg 撮影:瀬戸秀美