ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi 
[2011.11.10]
10月28日にボリショイ劇場の復活を祝うガラ公演が行われ、ネットでも観ることができた。復活までは修理のため2006年から閉鎖されたが、その以前に行った時は、四頭だてのアポロンの馬車を戴く8本の円柱に迎えられて客席に入ると、舞台の巨大な額縁が圧巻で、まるで神の国の劇場に入ったようだったことを記憶している。今回はP.C.の小さな画面からだが、「ポロヴェッツアン・ダンス」のボロディンの大地の脈動を伝えるパーカッションのリズムと天国を翔るような鮮烈なメロディとともに踊る豪華な群舞を観て、あの15年前の感覚が記憶の中から甦った。
復活した劇場は、19世紀の開館当時の内観が復元されて、壁面は4.5キロの金箔を使って塗り替えられ天井画も新たに描かれた。さらに緞帳にはロマノフ王朝の紋章が復活したと聞く。おそらく劇場空間に溢れる光りは大きく変わっているだろう。
パフォーミング・アーツは劇場でライヴでいわば「聖なる一回性」を鑑賞するものだ。DVDで鑑賞するのとは基本的に異なる。にもかかわらず明らかにDVDでしか見られないはずのパフォーマンスを、あたかも劇場でライヴ鑑賞したかのように平然と書く人間がいることはじつに嘆かわしい。これはバレエを貶めるものであり、許されることではない。今からでも訂正できるものは訂正すべきだと思う。

人間の宿命的対立の中に描いた崇高な愛の悲劇、熊川版『白鳥の湖』

熊川哲也 演出・再振付『白鳥の湖』
Kバレエ カンパニー
tokyo1111b01.jpg 撮影/小川峻毅

Kバレエ カンパニーの2011ー12シーズンの開幕は『白鳥の湖』だった。この2003年5月に初演された熊川哲也版の『白鳥の湖』は、ヨランダ・ソナベンドが美術を担当した最初の作品で、以来、熊川作品にはソナベンドのデザインは欠かせないものとなっているかのようだ。初演ではオデットをヴィヴィアナ・デュランテが、オディールをモニカ・ペレーゴが踊っている。おそらく今回が6回目の再演となるが、上演する度ごとに手直しをしてきていると思われる。

熊川版『白鳥の湖』の特徴のひとつに家庭教師の描き方がある。
ジークフリード王子は、第一幕で家庭教師が少女たちとたわいなく戯れる姿をみる。王子は、自由に若さを溌剌と楽しんでいる自分にもやがてあのような見苦しい老いが訪れるのか、と感じていささか憂鬱な気分となる。それはまた、王妃の命により花嫁を選び、結婚して国を治めその責任を負って生きていかねばならない、という漠然としたプレッシャーと重なる。さらに現実の結婚が愛と一致するのかという不安も錯綜して情感が揺らぐ。そして華やかだった誕生パーティが終わると、黄昏に導かれるようにジークフリード王子はひとり、森の中の幻想的世界へと至る。ここで王子の幻想の象徴である白鳥と出会って、この物語は進行していく。
第3幕では、王子を憂鬱な気分に陥れた家庭教師は、ロットバルトの巧妙なたくらみを見抜いて、一度はジークフリードの誤った「永遠の愛の誓い」を押し留める。これは老いの知恵が警鐘を鳴らしたのだ。しかしせっかくのチャンスも、眞の愛を性急に求める若さがジークフリード王子の冷静な判断力を狂わせ、覚醒させることはできない。
第1幕の活き活きとした若さと醜い老いは、第3幕では愚かな若さと老いの知恵、という対立となってくっきりとコントラストを描いて表現されている。こうした対立は、オデット vs オディール、ジークフリート vs ロットバルト、あるいはオデットとジークフリード vs オディールとロットバルトなどとなって、『白鳥の湖』の物語の中に描かれている。老いと若さや純粋な心と邪悪な心といった対立は、いわば人間の存在そのものの宿命、ともいえるものだ。オデットとジークフリードとロットバルトは、その宿命がもたらす悲劇を生きた。
熊川版『白鳥の湖』は、こうした作品の基本的構図に基づいて、プロローグとアポテオーズが、生と死を超えて一瞬同じ情景を見せる、という象徴的表現を創っている。そして私はそこに、人間の宿命の悲劇の救いを啓示するものを垣間見たかのように感じた。

tokyo1111b02.jpg 撮影/小川峻毅

浅川紫織のオデット&オディールは過不足なく心理的情感をきちんと把握しドラマティックに踊った。宮尾俊太郎のジークフリード王子もまた落ち着いて胸中を吐露し表現を組み立てた。ロットバルトは遅沢佑介が大きく踊って雰囲気を出した。王子の友人のベンノ役は伊坂文月だったが、第1幕、第3幕では全体のリズムをリードする踊りをかっ達に踊って目を惹いた。
(2011年9月29日 ゆうぽうとホール)