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関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi 
[2011.05.10]

魂と精神が豊かなことが最も大切なこと、ヤン・リーピン『蔵謎』

ヤン・リーピン:芸術監督・構成・主演『蔵謎 クラナゾ』
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中国、雲南省の少数民族、白族に生まれた舞踊家ヤン・リーピンは、失われてゆく雲南の民族文化を歌舞劇にした『シャングリラ』を日本でも上演して成功を収めた。今回ヤン・リーピンは、かねてから敬愛してきたチベットの宗教儀式と歌舞に基づいて創った『藏謎(クラナゾ)』を上演した。藏はチベットを表している。
『クラナゾ』は、70歳のチベットの老婆が五体投地(合掌した手を額、喉、心臓の三カ所に順につけた後、体を大地に投げ出す祈り)を繰り返しながら3年かけて聖地、ポタラ宮へ巡礼していく途中に様々な体験を重ねていくという展開である。
 

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まず、舞台には仏教のマントラ(真言)が記され経文が収められた巨大なマニ車が七つ鎮座し、その前では一人の老婆が五体投地を繰り返し、時折、法螺貝のようなものが客席に向かって吹かれる。やがて客席から数十人の男女が舞台に上がり、祈りの声をあげつつ、いっせいに五体投地を繰り広げる。それぞれの手に着けた板がフロアを打つ音が独特のリズムを刻み、舞台は濃密なチベット的な感覚に満たされた神秘空間に変貌する。
マニ車がはけると三十人もの黒いブーツを履いた男たちが、六弦琴を肩から掛けて合奏し歌い足を踏み鳴らして踊るという豪快なシーンになった。六弦琴は竜頭琴ともいうそうだが、日本の琵琶を彷彿させる音色だった。
♪夕焼けが大地一面を染めるように六弦琴を響かせよう♪ と歌い、演奏とステップを合わせた三位一体のパフォーマンスが繰り広げられた。
続いて「長袖舞」。女性は赤い長袖を巧み操ってたおやかに踊り、男性は大きな白い羊の毛皮で作った長袖の服で活力あるステップを踏んでいるが、やがて巡り会ったお気に入りの女性をテントのようなスペースを作って迎え入れる。
♪郭公の鳴き声が春を連れてくる♪ と歌い踊り、ここでは『春の祭典』を想起するような群舞の交歓があった。
麦の刈り込みを題材とした農耕の踊りがあって、ヤン・リーピンの菩薩が踊る「蓮華度母」となる。三歩一歩の五体投地を続けて巡礼してきた老婆の前に、ターラー菩薩が現れ祝福の踊りを踊る。故郷を離れ長らく巡礼を続けている老婆が遭遇する至福のシーンだ。ヤン・リーピンの菩薩は蓮の花の中から現れ、細身の身体がしなやかにたわんで指が印を結ぶかのように結界を作る。神々しさと大きな慈悲の心が感じられる踊りだった。
観音菩薩はチベットの開びゃくに重要な役割を果たしたと伝えられ、ターラーとは救済を意味していて、多くのチベットの人々が祈りを捧げる菩薩である。
さらに「高原の舟」とも言われ、チベットの生活のすべてに関わるヤクと人々の交流を表す、ユーモラスで楽しい踊り、ポタラ宮の修理に参加する喜びを描いた踊り、絢爛豪華な衣裳を喜びとともに踊る衣裳祭、冬の踊り、夏の踊りなどチベット文化の素晴らしい様々な姿が華やかに踊られた。

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そして巡礼を続けて3年になろうとする時、目的地のポタラ宮を目前にして激しい風雪が老婆を襲い、老婆は息をひきとってしまった。すると白いターラー菩薩(ヤン・リーピン)が現れ、真言を唱えて彼女を天界へと導いていく。巡礼の功徳によって魂は昇華したのだった。
老婆の魂は、仏教の六道輪廻(天、阿修羅、人、畜生、餓鬼、地獄が無限に輪廻する)に基づくチベットの死生観により、天界に召されて審議され葬儀がありマンダラが巡る死の光景が示され、四十九日の旅に出る。そしてついにフィナーレでは生まれ変わった姿が現れる。
ヤン・リーピンはこの『クラナゾ』を通して「魂と精神が豊かなことこそが、チベット人にとってはなによりも大切なこと」と言う彼らの考えに深く共感し、自然と一体となって暮らす彼らの生き方が今こそ必要なのだ、と語っている。これは、今日の私たちの心に最も強く響くメッセージではないだろうか。
(2011年4月6日 Bunkamura オーチャードホール)

※今回の公演の写真ではありません。