ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

From Tokyo <東京>: 最新の記事

From Tokyo <東京>: 月別アーカイブ

関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi 
[2011.02.10]
英国ナショナル・ダンス・アワードが発表された。毎年感じるのだが、さすがに英国にはバレエのオーソリティがきちんと確立されている。バランス良く配分された部門別のアワードが設定され、客観的に妥当な授与が行われている。もちろんいろいろな論議はあるだろうが、ロイヤル・バレエ団を中心とするクリエイターとこのアワードに関与している研究者たちは、適宜な距離を保ちつつ問題点を明らかにして、英国のバレエの発展に大きく寄与していることが理解される。
そんなことはごく当然のことと思われるかもしれないが、日本には、まず、バレエのオーソリティが確立されていない。当然、国家の援助を受けて学び、現在も援助の下に研究に携わっている人間がその核となる義務がある。ところが現状ではそうした自覚を持った人間は見当たらない。それぞれがバラバラで、個人コレクションにうつつを抜かし、日本のバレエには無関心で海外の研究者が発表した知識を自分のもののように披瀝して優越感に浸っていたり、学内の政治的立場や定年後のポジション奪取に躍起になっている。当然、クリエイターと研究者が舞踊界の発展のために、積極的にかかわり合うなどといった気運はどこにも生まれていない。彼我の違い、と言ってしまえばそれまでだが、これはまた寂しい限りである。

愛を交わした女性たちの思い出が明滅する『これが死か』、マラーホフ・ガラ

MLAKHOV GALA
STAATSBALLETT BERLIN
「マラーホフ・ガラ」ベルリン国立バレエ団
tokyo1102a04.jpg

2004年にベルリン国立歌劇場バレエとベルリン・バレエ=コーミッシュ・オーパー、ベルリン・ドイツ・オペラバレエが統合されて誕生したベルリン国立バレエ団。この90名の団員を抱え、ベルリン国立歌劇場、ベルリン・ドイツ・オペラ、ベルリン・コーミッシュ・オーパーを拠点とするバレエ団の芸術監督が、日本を第2の故郷ともいうウラジミール・マラーホフである。(現在、ベルリン国立歌劇場は改修中でシラー劇場もホームになっている)
今回の来日公演ではマラーホフ振付、プロコフィエフ音楽『シンデレラ』、エイフマン振付、チャイコフスキー音楽の『チャイコフスキー』と「マラーホフ・ガラ」が上演された。

tokyo1102a03.jpg

「マラーホフ・ガラ」はとても素敵な公演だった。『白鳥の湖』や『ジゼル』『ドン・キホーテ』『海賊』といったガラ・コンサートの定番メニューは一演目もなかったが、その代わりに選び抜かれたなかなか味わい深い2部構成のプログラムが提供された。 その中でも第一部最後に上演された、マラーホフと四人のバレリーナによるベジャール振付の『これが死か』は、とりわけ素晴らしかった。
リヒャルト・シュトラウスの歌曲『四つの最後の歌』にのせて、男性(マラーホフ)一人とベアトリス・クノップ、エレーナ・プリス、ナディア・サイダコワ、ポリーナ・セミオノワの四人のバレリーナが踊った。男性ダンサーの想い描く死のイメージだが、まさしく「これが死か」とつぶやきたくなるような、流麗甘美な母の胎内にたゆたうようなパで構成され、愛を交わした女性たちの思い出が明滅する。プルーストの小説に現れるような死が、生きる悦びと裏表一体として描かれる愛と孤独の思い出から生起する死のイメージである。バランシンの『アポロ』とダンサーの構成は同じだが、こちらはデュオニュソスが祀る「死」だろう。
ロシアのクラシック・バレエのダンサーとしてスタートしたマラーホフが、様々なダンスと出会いつつ至ったひとつダンスの境地、といえるかもしれない。

tokyo1102a07.jpg

第2部の最後はクラーク・ティペット振付の『ブルッフ・ヴァイオリン協奏曲第1番』(音楽マックス・ブルッフ)。ピンク系と赤系、淡いブルー系と濃紺系の衣裳を着けた四組のペアとコール・ド・バレエが踊った。男性はヴィスラウ.デュデク、ミハイル・カニスキン、ライナー・クレンシュテッター、マリアン・ヴァルター。女性はセミオノワ、プリス、ヤーナ・サレンコ、ステファニー・グリーンワルドという良く整えられたカップリングで、大型ダンサーではなく比較的小ぶりだがじつにバランスが良い。大きなステップを組み合わせて舞台全体を使い、躍動する動きの軌跡がなめらかで、音楽のセンスとよくマッチした爽やかなダンスだった。
その他に第1部でカニスキンと『ショータイム』のデュエットを踊ったエリサ・カリッロ・カブレラの色香に完全に降参(『チャイコフスキー』ではフォン・メック夫人を踊っていた)だ。「おそらく現在、世界で唯一人の成功したメキシコ人クラシック・ダンサー」(マラーホフ)の素晴らしい個性が一際、生彩を放っていた。
『せむしの仔馬』の「フレスコ」も興味深く鑑賞できたし、『アルレキナード』のパ・ド・ドゥを踊ったサレンコとクレンシュテッターの息の合った踊りも充分に楽しむことができた。
全体にスケールの大きな雄大さこそないが、マラーホフの細かな配慮としゃれたセンスが隅々にまで行き届いている安心感のある公演で、後から想い返してもまた楽しくなる舞台だった。
(2011年1月18日 東京文化会館)

  tokyo1102a01.jpg   tokyo1102a02.jpg
  tokyo1102a05.jpg   tokyo1102a06.jpg

Photos:KiyonoriHasegawa