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佐々木 三重子 text by Mieko Sasaki 
[2010.11.10]

オーストラリア・バレエ団の衝撃的な『白鳥の湖』切なさ溢れる『くるみ割り人形』

Graeme Murphy “Swan Lake” “Nutcracker-The Story of Clara”
The Australian Ballet
グレアム・マーフィー振付 『白鳥の湖』『くるみ割り人形-クララの物語』
オーストラリア・バレエ団

オーストラリア・バレエ団が3年振りに来日し、古典名作の時代設定や物語を大胆に作り変えたグレアム・マーフィーの話題の2作品を上演した。一つは『白鳥の湖』。英国王室を舞台に、オデットを故ダイアナ元王妃になぞらえた2002年の作品で、前回上演して衝撃を与えたもの。もう一つは『くるみ割り人形-クララの物語』。クララは帝政末期のロシアのバレリーナで、戦争やバレエ・リュスの活動を背景に、波乱に富んだその生涯を描いた1992年の作品である。どちらもマーフィーの偉才が遺憾なく発揮されている。

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『白鳥の湖』
マーフィー版では、オデットはダイアナ元王妃、ジークフリート王子はチャールズ皇太子、ロットバルト男爵夫人はカミラ夫人という設定で、3人の愛憎や葛藤を通じ、清らかな愛や不実な愛など、愛の諸相が描かれる。結婚式前夜、不安にとらわれたオデットがカーテンを体に巻きつけるようにして引くとベッドが現れ、王子とロットバルト男爵夫人が激しく愛を交わすシーンとなる。3人の関係を明確に示す見事な導入部。
続くロイヤル・ウェディングでは、幸せ一杯のはずのオデットが、王子と男爵夫人の公然としたやりとりや王妃の冷たさに傷ついて平静を失い、次々に男たちに抱きつき、黒いペチコートの裾が見えるほど激しく踊りだす。乱心したオデットが王妃の命でサナトリウムに送られると、さすがに王子は心を痛めたようだが、勝ち誇る男爵夫人に心を移し、不敵にも王妃の椅子に座る男爵夫人の膝にすがりつく。ここまでが第1幕。オデットと王子と男爵夫人による緊張感をはらんだ三つ巴の踊りや、奔放さを露わにした男爵夫人のチャルダッシュ、男たちに抱きつき、舞台をグラン・フェッテで回って心の叫びを伝えたオデットの踊りが際立った。

第2幕で、サナトリウムに入れられたオデットは、王子の見舞いも男爵夫人の影を感じて心が解けず、夢の中で踊る白鳥たちに心を通わせる。凍てついた湖上で白鳥たちが1羽ずつ上体を起こして舞う様は幻想的だった。
第3幕は男爵夫人の夜会。室内の装飾は豪華だが黒で統一され、客人たちのコステュームも黒で統一。突如オデットが純白のドレスで現れると、王子は彼女の純真さに惹かれ、爽やかにデュエットを踊る。王子を取り戻そうと、ルースカヤの曲にのせて渾身の力で踊る男爵夫人のソロも見応えがあった。オデットに叶わないと感じた男爵夫人は、彼女をサナトリウムに戻そうとするが逃げられてしまう。
第4幕は湖畔。王子はウェディングドレス姿のオデットを見つけて抱擁するが、オデットのドレスが脱げて黒い衣装に変わる。白鳥たちも黒いチュチュ。王子は追いかけてきた男爵夫人を振り払い、オデットとパ・ド・ドゥを踊るが、オデットは愛を誓う王子を残して湖の底に沈む。オデットが湖に吸い込まれていくにつれ、黒かった湖面が白く変わるという、暗示的な幕切れ。黒と白を象徴的に使い分けた演出が巧みだった。

マドレーヌ・イーストーは、振幅の大きなオデットの繊細な心の動きを的確に伝えた。結婚式での乱心した刹那的な踊りや王子とのデュオからは確かなテクニックがうかがえた。ロットバルト男爵夫人はルシルダ・ダンで、情念や嫉妬にかられたソロで強靭な個性を発揮。2人の女性の確執が浮き彫りにされ、2人の間で揺れるジークフリート王子を演じたロバート・カランは、颯爽としていてもいささか分が悪くなるのも仕方ない。それでも、リフトの多い踊りを丁寧にこなしていた。日本人では、公爵の若い婚約者を務めた本坊怜子が小気味よい踊りをみせた。
(2010年10月11日、東京文化会館)

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『くるみ割り人形-クララの物語』
1992年、オーストラリア・バレエ団創立30周年記念に制作されただけに、バレリーナとしてのクララの生涯だけでなく、オーストラリアのバレエの歴史も織り込んでいるのが特色。
舞台は1950年代末期のメルボルン。南半球のクリスマスは真夏。左手は子供たちが遊ぶ路地で、右手はクララの部屋。無音である。買い物袋を提げた年老いたクララが路地を抜けて家に帰り、ラジオをつけると、〈くるみ割り人形〉の音楽が流れたが、いつの間にかオーケストラの演奏に変わっている。壁に掛けられたロシア風の花柄のスカーフや、テーブルの上のサモワール、ベッド脇のイコンの額など、祖国の思い出の品に囲まれ、つつましく暮らしているのが見て取れる。音楽を聞いて舞台を思い出したのか、昔の衣装を取りだして抱きしめ、小さなクリスマスツリーを舞台で使ったアクセサリーで飾り、てっぺんにバレエ学校でもらったメダルをのせた。
かつての仲間のロシア人ダンサーを招いたパーティーで、マトリョーシカを床に並べ、手を取り合い、踊りに興じるロートルたちの姿に胸が熱くなった。皆、ダンサーだったそうで、老いても姿勢が良く、かくしゃくとしていた。かかりつけの医師が現れ、ロシア帝室バレエ時代のクララが踊っているフィルムを映すが、スクリーンは広げたシーツというのが微笑ましい。映像につられて踊りだし、気分が悪くなってベッドに入ったクララの元へ、医師を残して、仲間たちが別れの挨拶を告げにくるが、来年も集まれるかどうか、という皆の思いが滲み出ていて切なくなった。

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寝つけないクララは幻覚を見る。子供のころの自分、襲いかかるねずみたち、恋人の将校の死…。巨大なマトリョーシカを次々に開けていくと、少女時代のクララが現れたり、ねずみをボリシェヴィキの闘士に見立てたりと、演出もスパイスが効いていた。続いて、混乱したクララがベッドに飛び込む動きで寝込んでしまった医師が目を覚まし、布団をはぐとバレリーナ時代のクララが現れ、そのクララが医師の服を脱がすと軍服姿の恋人の将校になるという流れも巧み。再会した2人が喜びのパ・ド・ドゥを踊ると、舞台は粉雪の舞う冬のロシアに転換。少女時代のクララが母親からもらったトゥシューズを大事そうに抱きしめ、その後のクララの進む道を暗示するところで第1幕が終わる。

第2幕は帝室バレエ学校時代のレッスン風景で始まる。最初は回転で転んでしまったクララだが、見事にこなしてメダルをもらう。マリインスキー劇場帝室バレエ団に迎えられたクララは若い将校と恋仲になり、仲間たちとピクニックに行き、将校とリフトを多用した希望に満ちたパ・ド・ドゥを踊る。
帝室舞踏会で、クララは『くるみ割り人形』の金平糖の精を踊ってデビューを飾る。プレゼントを手に押しかけるパトロンたちを追いはらい、面会にきた将校の胸に勢いよく飛び込み、情熱的なデュエットになる。だが革命の勃発が全てを変えた。舞台全体に映される映像の助けも借りて戦場での将校の死が描かれるが、激しい戦闘シーンや荒廃した街も映し出され、クララがロシアを去り、ディアギレフのバレエ・リュスに入って世界を巡演することになる経緯が説明された。各国の踊りは巡業先の国々で触れた光景に変えられており、〈スペイン〉はロマたちの踊り、〈アラブ〉はスエズ運河で働く労働者たちの姿、〈中国〉は太極拳をする人々の間を人力車に乗ったクララが通り抜けるといった具合。各国の踊りを独立した踊りとして扱わず、物語に組み込んだ狙いは分かるが、踊りそのものの魅力がそがれてしまったのは残念だ。

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クララがド・バジル大佐のバレエ・リュスと共にオーストラリアに渡った後、第二次世界大戦が始まり、一行は同国にとどまることに。終戦後、クララはオーストラリアで誕生したボロヴァンスキー・バレエ団に入り、最後の公演に臨む。ついでだが、オーストラリア・バレエ団は、このバレエ団をもとに1962年に創設された。舞台奥が客席という形になっていたので、観客はダンサーたちを後ろから見ていることになる。喝采を浴びていたのは年老いたクララで、舞台はクララの部屋へと変わっていく。ベッドに戻ると、そこには子供のクララと大人のクララが寝ていて、年老いたクララを優しく迎え入れ、3人のクララがひとつになる。見ている人の胸を締め付けるようなシーンである。老クララの脈を取った医師は、彼女が夢を見つつ永遠に旅立ったことを知る。余韻を残す幕切れだった。

子供時代のクララを踊った柴平くるみは鮮やかなグラン・フェッテを披露し、大人のクララを務めたルシンダ・ダンはきびきびとした演技と芯のある踊りで存在感を示した。最大の功労者は年老いたクララを演じたマリリン・ジョーンズだろう。クリスマスパーティでは背筋をピンと伸ばし、つま先まで神経を行き渡らせて優雅に踊り、引退公演のチュチュ姿では美しい脚のラインを保っていることを見せた。昔を懐かしむ場面で漂わせた哀感は、バレリーナとして年輪を重ねてくればこその表現だったと思う。物語を優先させた分、振付に少々不満は残るものの、緻密に考え抜かれたドラマの構成はさすが。『白鳥の湖』とあわせて、マーフィーの卓越した手腕に感心させられた。
(2010年10月17日、東京文化会館)

photo:Kiyonori Hasegawa
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