永久メイほかルカ・マサラが育てたダンサーたちが舞台を彩った、プリンセス・グレース・アカデミー創立50周年 初東京公演
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香月 圭 text by Kei Kazuki
創立50周年を迎えたモナコ公立プリンセス・グレース・アカデミーが6月末、大阪・関西万博で初の海外公演を行い、その後、東京でも初となる公演を開催した。筆者が観た初東京公演では、在校生、卒業生、そして来学期からの新入生が勢揃いし、彼らがバレエダンサーとして磨かれていく過程が垣間見えたように思う。卒業生でマリインスキー・バレエのファースト・ソリストとして活躍中の永久メイも特別出演し、舞台にいっそうの華を添えた。
グレース・ケリー公妃と大公レーニエ3世の意向により、1975年にマリカ・ベソブラゾヴァを校長として設立されたアカデミーは、ワガノワ・スタイルを基礎とした教育法で、森下洋子、安達悦子、ジル・ロマン、上野水香、フリーデマン・フォーゲル、湯浅永麻といった優れたダンサーたちを育てた。
ベソブラゾヴァは2009年に亡くなり、二代目のアカデミー校長としてルカ・マサラがカロリーヌ・ハノーファー公妃によって任命された。モンテカルロ・バレエ団で作品選びやメンテナンスのアドバイス、音楽教育カリキュラムのサポート、コンサートや発表会の指導を担当するチェロルバイザーの任にあった彼を、アカデミーの校長に推薦したのは、モンテカルロ・バレエ団芸術監督ジャン=クリストフ・マイヨーだった。マサラはミラノ・スカラ座バレエ学校、スクール・オブ・アメリカン・バレエ、プリンセス・グレース・アカデミーで学び、ベルギー王立フランダース・バレエに入団した。その後、ナンシー・バレエ、ヘッセン州立ヴィースバーデン・バレエ、バイエルン国立バレエを経て、2000年よりトゥールーズ・キャピトル劇場バレエに活躍の場を移した。後に、同団のバレエマスターとして、様々な作品の上演に携わる一方で、自身の作品も発表している。
オープニング(Aristo BALLET STUDIO、バレエアルテ、三鷹シティバレエスタジオ、須貝りさクラシックバレエスタジオ、シンフォニーバレエスタジオ、渡部ブーベルバレエアカデミーによるジョイント・コラボレーション) ©スタッフ・テス(株)
プリンセス・グレース・アカデミー在校生による『スタジオ・コンサート』
© スタッフ・テス(株)
アカデミー初東京公演は、Aristo BALLET STUDIO、バレエアルテ、三鷹シティバレエスタジオ、須貝りさクラシックバレエスタジオ、シンフォニーバレエスタジオ、渡部ブーベルバレエアカデミーによるジョイント・コラボレーションでスタート。プリンセス・グレース・アカデミーの外観やレッスン風景などが舞台奥に写し出され、一組の男の子と女の子が登場して、それらのスライド画像に見入っていた。そして、日本のスタジオで学ぶ生徒たちによるバレエ・クラスのデモが披露された。明日のスターを夢見る子どもたちが日々レッスンに励む様子を垣間見ることができた。9月からアカデミーに留学予定の杉本 奈槻と池永 翔も出演した。
続いて、アカデミー生による「Studio Concert(スタジオ・コンサート)」では、バーレッスンから始まり、センターレッスンと普段のクラスのエッセンスを凝縮した構成となっていた。日本のスタジオ生が基本に忠実なのに対して、アカデミー生のプレゼンテーションは上半身や手の動きが優雅で、観客に見せることが意識されたものだった。
次に、YAGP2025タンパ・ファイナルでクラシック部門ジュニア女子の部で第1位となった杉本奈槻がソロで踊ったのは、G.ロッシーニのオペラ『ウィリアム・テル』のヴァリエーション。A.ブルノンヴィルのスピーディなアレグロの振付を、丁寧なフットワークで魅せた。続いてM.プティパ振付の『タリスマン』よりヴァリエーションを、YAGP2022タンパ・ファイナル ジュニア部門第1位に入賞し、アカデミー上級学年に在籍する渡部出日寿が披露した。回転軸がずれないピルエットは、風神ヴァイユのつむじ風を思わせる。
『ウィリアム・テル』杉本 奈槻 ©スタッフ・テス(株)
『タリスマン』渡部 出日寿 © スタッフ・テス(株)
YAGP2024ニューヨーク・ファイナル プリ・コンペティティブ部門第1位となり、昨年9月からアカデミーに留学し現在C4クラスに在籍する山田優七は、ショパンの『夜想曲 第8番 変ニ長調 作品27-2』に合わせて、メキシコ出身のフリエタ・マルティネス振付のコンテンポラリー作品『Cherub』を踊った。成長期で身長が手足がさらに伸びた山田は、天使が翼を広げて飛翔しているかのような幻想的な表現を見せた。
アカデミー卒業生で、2024/25シーズンにNDT1を一時期離れ、ダミアン・ジャレ、名和晃士とコラボレーションを行っていた福士宙夢の振付作品『Through the Blue』では、M.ラヴェルの音楽に乗せて、アカデミーを今年卒業し、9月よりドレスデン国立歌劇場バレエに入団する江見紗理花、そしてアカデミー生の渡部出日寿、Silvestro Palmiero(シルヴェストロ・パルミエロ)の3名が出演した。腕を振り回したり、手足の自由が利かなくなるような動きが印象的だった。ユニゾンでは、それぞれの持ち味も出ていたが、特にパルミエロの上半身の柔らかさが際立っていた。抜けるような青空が美しいモナコで、切磋琢磨し合った青春の日々へのオマージュの意味を込められていたようにも思われた。
アカデミーOBで現在、英国バーミンガム・ロイヤル・バレエのソリスト、Enrique Bejarano Vidal (エンリケ・ベハラノ・ヴィダル)が踊ったのはジャック・ブレルの同名のシャンソンに合わせたベン・ファン・コーウェンベルグ振付の『Les bourgeois レ・ブルジョワ』。ヴィダルはまだ若いが、くたびれた中年の悲哀を醸し出していた。
第一部の最後の演目『海賊』のグラン・パ・ド・ドゥに出演したのは、スウェーデン王立バレエに在籍する卒業生3名。昨年入団した坂本夢は『ラ・バヤデール』ガムザッティの曲で、メドーラのヴァリエーションを踊った。少し硬さも感じられたが、メドーラの気高さが表れていた。アリ役のTomáš Ruao(トマス・ルアン)はエネルギッシュなジャンプを見せてくれた。第一幕のギュリナーラのヴァリエーションを踊ったファースト・ソリストのTaylor Yanke(テイラー・ヤンケ)は、力強い躍動感にあふれていた。
『Cherub』(振付:フリエタ・マルティネス)山田 優七 © スタッフ・テス(株)
『Through the Blue』(振付:福士宙夢)江見 紗理花、渡部 出日寿、シルヴェストロ・パルミエロ © スタッフ・テス(株)
第二部は、Paloma Livellara(パロマ・リベジャーラ:2024年ローザンヌ国際バレエコンクール入賞後、ABTスタジオ・カンパニーに入団)とエンリケ・ベハラノ・ヴィダルによる『ドン・キホーテ』グラン・パ・ド・ドゥで始まった。アルゼンチン出身のラテン系らしい、堂々たる立ち振る舞いとゆるぎないテクニックで強い存在感を放っていた。ヴィダルも伊達男バジルを生き生きと演じた。
続いて、アメリカのタルサ・バレエ・カンパニー所属の藤本結香(2017年ローザンヌ国際バレエコンクールでファイナリストとなり、アカデミーに留学。卒業後、2020年タルサ・バレエII入団、2024年よりタルサ・バレエに在籍)と中村駿介(2019年より5年間アカデミーに留学。2024年、タルサ・バレエII入団)が『グラン・パ・クラシック』を披露。高難度のテクニックの連続を、清新な二人が丁寧に紡いでいった。
『ドン・キホーテ』パロマ・リベジャーラ、エンリケ・ベハラノ・ヴィダル © スタッフ・テス(株)
『グラン・パ・クラシック』藤本 結香、中村 駿介 © スタッフ・テス(株)
その後、スウェーデン王立バレエの若手ダンサーWilliam Dugan(ウィリアム・ドゥガン)振付のコンテンポラリー作品『Sit In It』をテイラー・ヤンケとトマス・ルアンが踊った。Hudson Mohawke(ハドソン・モホーク)による強いビートのエレクトロニック・ミュージックに乗せ、ウィリアム・フォーサイスの影響を受けたかのような、古典バレエのテクニックが脱構築された、スピーディーなデュエットだった。ヤンケはポワントで踊るためか、より直線的な印象の踊りで、ルアンは軸を緩めてピルエットをするなど身体を自在にコントロールして、楽しげに踊っている印象だった。
そして、アカデミーの intermediate(中学年)男子生徒2人による古典バレエのヴァリエーションが披露された。『くるみ割り人形』のヴァリエーションを踊ったのが、YAGP2022タンパ・ファイナル プリコンペティティブ クラシック 男性の部で第1位となったアカデミー生徒 Ruan Santiago(ルアン・サンティアゴ)。生徒全員による第一部のスタジオ・コンサートでもとりわけ長い手足で目立っていたが、しなやかな身のこなしと羽のように軽い跳躍で、おとぎの世界から降り立った王子のように見えた。もう一人のLucien Renet(ルシアン・ルネ)は『サタネラ』ヴァリエーションを踊った。ふわりとしたジャンプで舞台を駆け巡った。成長する過程で、彼らの軽やかさにはパワーが加わっていくのだろう。
『くるみ割り人形』ルアン・サンティアゴ ©スタッフ・テス(株)
『SANG MELE』(フリエタ・マルティネス振付) ©スタッフ・テス(株)
フリエタ・マルティネス振付の『SANG MELE』には、メキシコ出身の男女アコースティック・ギターデュオ、ロドリーゴ・イ・ガブリエーラによる疾走感あふれラテン風の情熱も感じられる「Diablo rojo」の音楽を用い、アカデミー卒業生5名〈パロマ・リベジャーラ、坂本 夢、江見 紗里花、、トマス・ルアン、中村駿介〉とアカデミー生4名〈Ella Justi(エラ・ジャスティ)、Morgan Johnson(モーガン・ジョンソン)Dillon Brizic(ディロン・ブリジック)、渡部 出日寿〉の9名が出演。暗い照明の下、黒いロングスカートを翻すと、中の赤い布が見えて、情念の炎が燃え上がるような視覚効果が生まれた。時折、群舞から離れた一人がソロを踊る構成となっている。作者マルティネスによると「『SANG MELE』とはスペイン語でサングレ・レブエルタ(血の苦悩)を意味し、一種の民族舞踊(作者の故郷メキシコのものに想を得たと思われる)で、選ばれた者は他の者とどこか違うため、最終的に孤独になってしまいます。これは、結束と分離というパラドックスを描いています」と解説している(monacolife.net 2024.6.25)
「Meet our Alumni」では、現在、世界各地のバレエ界で活躍するアカデミー卒業生の映像が紹介された。2017年卒業の永久メイを筆頭に、ローザンヌ国際バレエコンクールにおいてシェール・ワグマン、マッケンジー・ブラウン、マルコ・マシャーリ、そしてダリオン・セルマンなどが輝かしい成績を収め、今年もヘクター・ジェインが入賞後、パリ・オペラ座バレエに入団するなど躍進を続ける。近年の日本人卒業生には、大久保沙耶、前田明里、高橋蘭、岸本有希、芥実季、風間自然、加藤三希央、山田翔、益田隼、河合ケネディ、斎藤希生、石田浩明、井阪友里愛、金原里奈、岡田あんり、袴田結、額田雅己、杉浦杏理、武藤圭吾、山田ことみ、中島耀(今公演の出演者を除く)などがおり、バレエ界で活躍する卒業生の層の厚さを感じさせる。
プログラムの最後は、永久メイと宮川新大による『眠れる森の美女』第三幕のグラン・パ・ド・ドゥで締めくくられた。永久のほっそりとした長い手足で描くアームスと上半身の動きが実に優美で、マリインスキー劇場が理想とするオーロラ姫を体現するプリマ・バレリーナの一人として、その踊りに一層磨きがかかっているように思われた。相手役には、東京バレエ団の宮川新大が客演。重力を感じさせない跳躍や洗練されたエスコートで、デジレ王子の気品が表れていた。最後のカーテンコールには、永久メイに導かれて、アカデミー校長ルカ・マサラも登場したが、愛弟子たちの成長ぶりを心から喜んでいることが伺えた。「本物のダンサーになるには、テクニックや柔軟性に秀でていることよりも、踊ることへの情熱を持つことが大切」(2024.1.20 monacolife.net)と語る名伯楽の学び舎から、今後どのような新たな才能が生まれるのか、楽しみだ。
(2025年7月3日 文京シビックホール大ホール)
『眠れる森の美女』永久メイ、宮川新大 ©スタッフ・テス(株)
カーテンコールにて、左より宮川新大、ルカ・マサラ、永久メイ ©スタッフ・テス(株)
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