ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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佐々木 三重子 text by Mieko Sasaki 
[2010.07.12]

のどかな喜劇と荘重な悲劇、ロイヤル・バレエの風格を示す

Frederick Ashton“La Fille Mal Gardee”/Kenneth MacMillan “Mayerling”
The Royal Ballet
フレデリック・アシュトン振付『リーズの結婚』/
ケネス・マクミラン振付『うたかたの恋』:英国ロイヤル・バレエ団

英国ロイヤル・バレエ団が2年振りに来日し、ロイヤルの伝統を築いた振付家の作品を上演した。創設振付家アシュトンによるコメディ・バレエの傑作『リーズの結婚』と、物語バレエの巨匠マクミランの作品から、ハプスブルク家の皇太子ルドルフの心中事件を描いた『うたかたの恋』とシェイクスピアの名作を舞踊化した『ロミオとジュリエット』である。ここでは、のどかな田園を舞台に庶民の幸せを温かい眼差しで描いた『リーズの結婚』と、陰謀渦巻く宮廷社会を舞台に皇太子の破滅的な生き方を重厚なタッチで描いた『うたかたの恋』を取り上げる。このバレエ団でもダンサーの国際化が著しいことは彼らの髪や顔つきからも推し量れるが、舞台を観ると、“ロイヤル・スタイル”はしっかり継承されていることが確認できた。(『ロミオとジュリエット』は8月号に掲載予定)

アシュトン振付『リーズの結婚』

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『ラ・フィーユ・マル・ガルデ』のタイトルでも知られる『リーズの結婚』は、フランス革命勃発直前にボルドーで初演された歴史的な作品。裕福な農家の娘リーズが、母のシモーヌが強いる葡萄園主トーマスのオツムの弱い息子アランとの結婚を嫌い、恋仲の農夫コーラスと結ばれるまでのてん末をコミカルに描いたもの。貴族や妖精が全く登場しない、庶民を描いたバレエ作品は、当時としては珍しかった。アシュトンは、1960年、パリ・オペラ座が使用したエロールの音楽をランチベリーが編曲したものを用いて振付けた。このアシュトン版は、日本でも人気の高い作品である。
トリプルキャストのうち、ロベルタ・マルケスとスティーブン・マックレーが主演した日を観た。マルケスは、柔らかく伸びやかなステップで愛くるしく振るまい、明るくて少々お転婆なリーズを自然体で演じた。コーラス役のマックレーは見るからに溌剌とした青年で、しなやかなジャンプでリーズへの一途な気持ちを伝えた。マックレーは柔軟な身体性の持ち主なのだろう、他でも弾力性のある跳躍や見事な開脚、鮮やかな回転技を見せた。二人による最初のパ・ド・ドゥは、長いリボンを胴に巻きつけたり、あやとりするように用いたりして、ほのぼのとした雰囲気を立ち昇らせた。

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麦畑の場で、親に言われてリーズがアランと踊るシーンは、間にコーラスが巧妙に割り込み、アランをコケにして自分たちの愛を確かめることになるのだが、その様がほほえましく映った。リーズとコーラスの2回目のパ・ド・ドゥは、このシーンの後に置かれているだけに、より高度なテクニックを用いて、より情熱的に踊られた。マルケスは、リボンを持って踊る女性たちの輪の中心に立ち、彼女たちのリボンの端を束ねて掲げ持ったまま、揺るぐことなくアチチュードの姿勢を保ち続けた。素晴らしい安定感だった。
リーズ役には、踊りのテクニックに加えて、マイムの表現力が求められるが、マルケスは、シモーヌ役のフィリップ・モーズリーとの息もピッタリ合い、厳しくしつけ、家事を手伝わせようとする母にいやいや従ったり反抗したりする絶妙なやりとりで笑わせた。また、家に残されたリーズが、コーラスが藁の中に隠れているとも知らずに彼との結婚生活や子育てを想像するシーンも傑作だった。ロイヤル流の自然で豊かなマイムの表現が活きていた。モーズリーは口やかましく、しっかり者のシモーヌを芝居っ気たっぷりに演じ、軽妙な木靴の踊りを披露した。赤い傘を手放せないアランを演じたルドヴィック・オンディヴィエラは、ひょうきんなステップで笑いを誘ったが、殻に閉じこもったアランといった役作りに思えた。群舞などにもそれぞれの持ち味がよく出ていたが、中でも雄鶏と雌鶏たちによるユーモラスな踊りは、やはり見物だった。それにしても、短いエピソードを巧みに繋いで場面を転換し、スピーディーに物語を進めていくアシュトンの作舞は傑出している。そして、そこにユーモアだけでなく一抹のペーソスをしのばせているのはさすがである。
(2010年6月19日昼、東京文化会館)

マクミラン振付『うたかたの恋』

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1889年に起きたオーストリア=ハンガリー帝国を統治するハプスブルク家の皇太子ルドルフと男爵令嬢マリー・ヴェッツェラの衝撃的な心中事件は小説や映画にもなっている。マクミランは、ルドルフが政略結婚させられてから自殺するまでの8年間に絞り込み、人格に欠陥があったといわれる皇太子の精神面を掘り下げてバレエ化した。初演は1978年。音楽はリストの様々な曲で構成。日本では、実に23年ぶりの上演だった。トリプルキャストのうち、ヨハン・コボーとリャーン・ベンジャミンが主演した日を観た。
夜明け前の真っ暗なハイリゲンクロイツの墓地に棺が用意されたことを示すプロローグで始まり、ルドルフの婚礼から心中までの出来事が回想の形で語られ、エピローグで再び墓地に戻って終わる。物語はルドルフのパ・ド・ドゥを中心に綴られるといってよいほど、ルドルフを取り巻く女性たちとの多彩なパ・ド・ドゥで彩られていた。激しいリフトを繰り返し、高揚する感情を伝えるような、見るからに過酷なデュエットもあった。
第1幕の冒頭は、ルドルフの婚礼を祝う華麗な舞踏会。花婿は、花嫁のステファニー王女(エマー=ジェーン・マグワイア)よりも花嫁の妹のルイーズ公女と戯れるように踊ってひんしゅくを買い、縒りを戻そうとするラリッシュ伯爵夫人(ラウラ・モレーラ)と親密なデュエトを繰り広げもする。ルドルフは、望まぬ結婚を強いられたことで皇后エリザベート(クリステン・マクナリー)の同情をひこうとするが、憧れの母からは冷たくあしらわれる。寝室で待つステファニー王女に、ルドルフは銃やどくろを見せて怯えさせ、痛めつけるような熾烈なリフトを繰り返して、異常な性格の一端をのぞかせた。
第2幕の怪しげな居酒屋では、お忍びのせいか、ルドルフが興に乗ったソロを展開。馴染みの娼婦ミッツィ・カスパー(ヘレン・クロウフォード)も艶やかなソロを踊った。ミッツィはルドルフがもちかけた心中を拒否し、むしろ彼を裏切るような行為に出た。
父である皇帝フランツ・ヨーゼフの誕生祝いの席では、皇帝と公認の“お友達”である歌手のカタリーナ・シュラット(エリザベス・シコラ)だけでなく、皇后エリザベートも“ベイ”ミドルトン大佐と特別な関係にあることを隠そうとしない。宮廷の虚偽な世界が露わにされた。シコラがピアノにのせて「来たりて去るのは世の習い…さらば いざ別れん」とうたう愛と別れの歌が、ルドルフの最期やハプスブルク家の末路を暗示するように響いた。第2幕を締めるのは、ルドルフとマリーの最初の密会。ルドルフの心を繋ぎとめようとするラリッシュ伯爵夫人のお膳立てである。ルドルフに憧れを抱く17歳のマリーが、コートの下はナイトローブだけという出で立ちで現れ、ルドルフの心に寄り添うように、どくろを抱きしめ天井に向けて銃を撃つと、まとわりつくようなリフトを繰り返すパ・ド・ドゥが始まり、炎のように燃焼していった。頭痛に襲われてルドルフが頭を抱えるシーンは、苦悩に苛まれている精神状態をうかがわせた。

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 第3幕の冒頭は狩猟場。ルドルフの銃が暴発し、宮廷の一員を死なせてしまう。息子を案じて訪ねてきた皇后は、傷心のルドルフをラリッシュ伯爵夫人が慰めているのを見つけ、すさまじい勢いで叱咤し、夫人を下がらせた。ルドルフは隠れていたマリーに一緒に死んで欲しいとすがる。マイヤーリングの狩猟小屋での最後のパ・ド・ドゥでは、甘美な死への誘惑に魅せられたようにアクロバティックなリフトを重ね、マリーのしなやかな肢体を縦横に操った。モルヒネの注射で心を落ち着かせ、再びマリーを抱き、彼女を撃ち、自分も後を追った。エピローグでは、棺に納められたのは赤いドレスの人、すなわちマリーと分かる。スキャンダルになるのを恐れて、密かに彼女だけ葬り去られたのだ。遺体を運ぶことになったルドルフの忠実な御者ブラットフィッシュ(ジョナサン・ハウエルズ)の泣く姿から、救いようのない悲しみが押し寄せてきた。
リフトの多いルドルフの役を踊り切るには、並みの体力では持ちそうもない。コボーの逞しさに感心すると共に、次第に異常さを募らせていく役作りも納得できた。マグワイアは抵抗できない生贄のような哀れさを漂わせ、ベンジャミンはひたむきに突き進むマリーの純粋さを体現し、モレーラは常にルドルフの心に踏み入ろうとする伯爵夫人を演じた。芸人でもあるブラットフィッシュ役のハウエルズが、ルドルフたちの気を引き立てようとおどけて踊るソロが明るさを添えていた。4人のハンガリーの高官たちがルドルフをハンガリー分離派に引き込もうと説得を試みる様や、居酒屋での快活な踊りも印象に残った。
全体に、一つの動きを繰り返すことでドラマのヴォルテージを上げ、頂点を築くマクミランの手法が効果的に用いられていた。踊りなどの身体表現に加え、目線による演技も重視されていた。例えば、絶対主義者の皇帝はリベラルなルドルフに射るような威圧的な眼差しを向け、その腹心であるターフェ伯爵は舐めまわすような視線でルドルフを監視する。舞踏会や皇帝の誕生を祝う会で、人々が行き交う時にかわす視線や目配せは恐ろしいほど緊迫感をはらんでいた。心の休まる時のない抑圧された宮廷で、強靭な精神力の持ち主ではないルドルフは追い詰められていったのだろう。そんなルドルフの心の葛藤を、マクミランは緻密な構成で濃密なドラマに仕立てて描いてみせた。
(2010年6月23日、東京文化会館 / 写真は6月22日公演より)

撮影:Kiyonori Hasegawa
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