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佐々木 三重子 text by Mieko Sasaki 
[2010.04.12]

石井みどりを偲ぶ弟子たちの熱気で満たされた追善公演

石井みどり追善公演
石井みどり振付『魂魄 ~鎮まれる浄らかな魂に捧ぐ』ほか
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戦前、戦中、戦後を通じて日本の創作舞踊を牽引した石井みどりの三回忌に当たり追善公演が開催され、その代表作が上演された。石井みどりは1913年宇都宮生まれ。1929年、16歳で日本の現代舞踊黎明期の舞踊家、石井漠に師事。翌年、師の相手役に抜擢され、石井みどりの芸名でデビュー。1935年、石井みどり舞踊研究所を開設し、私生活では作曲家・ヴァイオリニストの折田泉と結婚。以来、2008年3月6日、94歳11か月で亡くなるまで、多くの独創的な作品を発表し、娘の折田克子をはじめ、泉勝志、厚木凡人ら多くの舞踊家を育てたほか、現代舞踊協会の会長を務めるなど、現代舞踊の発展に尽くした。
 

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追善公演は石井の作品に改めて触れる貴重な機会となった。ただ、幕開けは折田克子による『杜の譜 -グリーンフィールド- ~石井みどりに捧ぐ』。石井が亡くなった年に創作した作品を、石井の映像を織り込んで拡大したという。
続いては、石井の1950年代の作品から『八月踊り』と『みこし』。折田泉が編曲した奄美民謡による『八月踊り』では、〈稲すり節〉などの労働歌で歌われている作業を採り入れた振りが特色で、ワンピース姿の折田と和装の花柳茂珠が受け渡す、明るくおおらかな踊りが楽しめた。折田泉が作曲した同名の曲による『みこし』では、半被風の衣装に鉢巻の男女が雪崩れるように動き、円陣を組み、皆で床に倒れるなど、祭りの賑わいを彷彿させるシーンが展開された。太鼓の生演奏(佐藤真)も雰囲気を盛り上げた。2作品とも伝統的な日本を素材にしているためか、腰を低めにした振りが安定感をもたらし、土俗的なニュアンスが匂いたった。そこに、日本の伝統舞踊に根差しつつ新たな独自性を模索する石井の姿勢が感じられた。

休憩後、「石井みどりの“動きの原点”(90~94歳の時の映像とともに)」として、石井が90歳で始めたリトミックを踊る映像が折田克子のトークを交えて紹介され、舞台では手柴孝子が即興で体や腕をくねらせてみせた。映像の中の “踊る童女” は驚くほどかくしゃくとしていて、弟子を厳しく指導し、自ら床を踏み鳴らし、身体を伸縮してみせた。
締めくくりは『魂魄 ~鎮まれる浄らかな魂に捧ぐ』(1971年)。沖縄の摩文仁の丘にようやく「韓国人慰霊の塔」が建立された折、すべての戦没者に捧げるため、フォーレの〈レクイエム〉を用いて創作したもので、6章から成る大作。戦時中に満州やマレー半島を慰問して回った時の様々な思いもこめられているのだろう、群舞や男性だけや女性だけのユニットなど変化をつけながら、片膝を深く曲げて沈み込んだり、一人また一人と倒れたり、指を天に向けて仰いだりする姿は、戦争という抗えない渦に巻き込まれた人々の有り様を映しているように思えた。そんな中、白いワンピースで踊る折田克子の姿は救済を象徴するように際立っていた。
(2010年3月13日 メルパルクホール)