ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

From Tokyo <東京>: 最新の記事

From Tokyo <東京>: 月別アーカイブ

佐々木 三重子 text by Mieko Sasaki 
[2010.04.12]

パリ・オペラ座のゴージャスな『シンデレラ』と素朴な『ジゼル』

Ballet de l’Opera National de Paris
Rudolf Noureev: “Cendrillon” / Patrice Bart & Eugene Polyakov: “Giselle”
パリ・オペラ座バレエ団
ルドルフ・ヌレエフ振付『シンデレラ』/ パトリス・バール、ユージン・ポリャコフ改訂振付『ジゼル』

バレエの殿堂、パリ・オペラ座バレエ団が4年振りに来演し、対照的な2作品を上演した。一つは、ルドルフ・ヌレエフが舞台をハリウッドに置き換えた『シンデレラ』で、ゴージャスなセットが目を楽しませた。もう一つは、このバレエ団が世界初演したロマンティック・バレエの名作『ジゼル』で、質素な装置の中で身分違いの恋の悲劇が描かれた。
 

tokyo1004a01.jpg

『シンデレラ』
『シンデレラ』は、ヌレエフが芸術監督在任中の1986年に制作したもので、舞台を1930年代のハリウッドに移し替えたのが特色。シンデレラは映画の世界に憧れる娘で、仙女は映画プロデューサー、王子は映画スターという設定である。
映画プロデューサーはケガをしてシンデレラの父が経営する食堂に入り、そこで親切に手当てしてくれたシンデレラに興味を持ち、映画の主演女優を求めて再び彼女の家を訪れ、四季のファッション・ショーを開いてデビューのためのドレスを選ばせ、巨大なカボチャをリムジンに変えて彼女をスタジオに連れ出す、というのが第1幕の筋運び。
継母や義姉たちによるいじめや、映画に出演予定の義姉たちが届けられた衣装やダンス教師のレッスンで大騒ぎするシーンは滑稽に誇張されて描かれ、酒浸りの父とシンデレラがいたわり合う場面も織り込まれている。

第2幕は映画スタジオが舞台だけに、看守たちの隙をうかがう囚人の脱走劇や女装した男たちのドタバタな舞踏、キング・コングにタヒチの娘を生贄に差し出す原住民たちの撮影が、下手寄りや上手寄り、中央に組まれたセットで次々に行われるのを見せる。何とも娯楽性豊かな贅沢な演出である。
颯爽と登場した映画スターは、取り入ろうとする義姉たちには目もくれず、フラッシュを浴びて現れたシンデレラと恋に落ちるが、夜中の12時になると、片方の靴だけ残して去られてしまう。
 

tokyo1004a02.jpg

第3幕で映画スターがシンデレラを探し歩くのが世界の国々ではなく、スペインの居酒屋や中国の阿片窟、ロシアのキャバレーという夜の盛り場なのがユニーク。シンデレラの家にやってきた映画スターは、もう片方の靴を差し出す彼女と再会して愛を確かめ、映画プロデューサーは彼女と契約を交わす。映画プロデューサーはヌレエフが自ら演じたが、この役に若い才能を見出し、世に送り出したディアギレフをダブらせているのは明らかだ。

稀有のダンサーだったヌレエフが振付けたものだけに、さりげなく見える踊りにも難しいステップが組み込まれており、ダンサーには高度のテクニックが求められるが、オペラ座のダンサーたちはさすが鍛えられている。
3組のキャストのうち、マリ=アニエス・ジローとカール・パケットのペアを観た。ジローは、第1幕で、父親の服や靴、ステッキを借り、チャップリンを真似て踊り、アステアを真似てタップを踏む様が絶妙だった。第2幕では、彼女の優雅な変身ぶりに驚かされた。きらきら輝く靴で登場してステップを踏むが、途中でトゥーシューズに履き替え、ダンス教師について鮮やかな足さばきを披露し、映画スターと甘美なパ・ド・ドゥを紡いだ。虐げられる生活に戻っても、映画スターとの出会いで心を強くしたことを演技に滲ませるなと、説得力のある役作りだった。パケットは見るからにダンスール・ノーブル。登場してすぐの短いソロに詰め込まれた跳躍や回転技を、ブロンドの髪を揺らして軽妙にこなした。親しくない人には距離を置くような映画スターだが、シンデレラにはすぐに心のバリアも外してしまい、サポートも巧みだった。

ヌレエフ版ではダンス教師の活躍の場が増やされているが、これを踊ったマチアス・エイマンは演技も達者に、洒脱に模範ステップを踏んでみせた。
義姉役のメラニー・ユレルとステファニー・ロンベールは、わがままや意地悪さを競い合うように増大させ、不格好なステップやオーバーな身ぶりで笑わせた。傑作だったのは、ジョゼ・マルティネスの継母。ツンとすましていても、夫とシンデレラがいたわり合うのを見るや射抜くような鋭い視線を投げ、ポアントも巧みに娘たちと張り合った。謎の女性が落とした靴を試しに履こうと勢い立つ様は、正に爆笑ものだった。
多彩な踊りを盛り立てていたのが、ペトリカ・イオネスコの凝った装置。映画スタジオのセットのほかにも、ファッション・ショーの背景の高層ビル群やそびえ立つピンナップ・ガールの看板、時計を暗示する巨大な歯車、美しい螺旋階段、ラストで映画スターにリフトされたシンデレラの細長いスカーフをたなびかせる巨大な送風装置などに、当時の様々な映画のシーンが採り入れられているという。森英恵の衣装は、特にシンデレラのピンクのドレスがエレガントで夢を誘った。
 

tokyo1004a03.jpg

『ジゼル』
『ジゼル』が1841年、パリ・オペラ座でコラーリとペローの振付で初演されたことはよく知られている。だが今日上演される『ジゼル』の原型になったのは、プティパがロシアで改訂した版。現在オペラ座が採用しているのは、これにパトリス・バールとユージン・ポリャコフが手を加えた1991年の改訂版。
こちらは『シンデレラ』のような読み替えはしておらず、伝統を尊重しているが、登場人物の心理の奥まで分け入って描写しようとしているのが見て取れた。

幕が開いてまず目に入るのは、左右に建つ極めて質素な藁葺き屋根の家と、後方の山頂にそびえる城。それは二つの異質の世界を暗示し、村人と貴族という越え難い身分の違いを象徴してもいた(装置=アレクサンドル・ブノワ)。
4組のキャストのうち、デルフィーヌ・ムッサンとバンジャマン・ペッシュが主演した回を観た。
第1幕のムッサンのジゼルは、いかにも純真な村娘というふうにアルブレヒトへの憧れをしっとりと表わした。母ベルタがウィリたちの不幸な運命をマイムで語る時、村人たちは皆、彼女を見ているのに、ムッサンだけは彼女を見ずに正面を向いていたが、その姿は母の話を自分の運命の予言と受け取っているように思わせた。ペッシュのアルブレヒトは、ジゼルのすぐ後ろに立って肩で彼女の背を押し、ジゼルの顎に手を当てて自分の方を向かせ、彼女の心を巧みになびかせる。そんな不遜さを匂わせる一方で、息の合ったデュオで彼女に寄り添おうとする気持ちを伝えてもいた。
抱き合う二人の間に、森番のヒラリオンがアルブレヒトの剣を割り込ませると、皆がフリーズしたように動かなくなり、緊迫感がその場を覆った。アルブレヒトが重苦しい沈黙にいたたまれなくなり、剣を抜いてヒラリオンに向かってしまう心理が手に取るように理解できた。
同様に、裏切られたと知ったジゼルが髪を乱し、うつむいたまま静止すると、周りの人も皆、凍りついたように動かなくなる場面は、ジゼルの受けた衝撃の強さを物語っており、焦点の定まらない虚ろな眼差しで、何かに操られているようにせわしなく動き回るムッサンの演技が胸を打った。
 

tokyo1004a04.jpg

ウィリになったムッサンは空気のように速やかに移動し、重さを感じさせずに跳躍し、何の表情も顔に出さず、すべてに透明感を感じさせた。それでいて、淡々と舞う中に、アルブレヒトとの心の触れ合いや、彼を包み込む大きな愛を滲ませた。
対するペッシュは、後悔に打ちひしがれた様子で現れ、ジゼルの魂との交流におののき、ミルタに命じられてというよりはジゼルへの懺悔の気持ちに駆られ、無心に跳躍や回転を続けた。ウィリになってからも自分を救ってくれた彼女に感謝し、彼女を永遠に失った悲しみで茫然とする様は、真摯な若者に変わったことを示していた。
ミルタ役のエミリー・コゼットは、滑るように床を移動するパ・ド・ブーレが美しかった。それに続くソロには、若い男を死ぬまで踊らせるというウィリに課せられた定めへの哀しみがこめられていたように思う。ウィリたちは絵画のように幻想的な群舞を展開したが、集団のパフォーマンスにもかかわらず、一体化して見えたのが不思議だった。これも、彼女たちのレベルが揃っているからだろう。
第1幕のペザント・パ・ド・ドゥでリュドミラ・パリエロとアレッシオ・カルボネが見せた端整な踊りも印象に残った。
斬新な『シンデレラ』と伝統的な『ジゼル』とで、質の高い踊りと豊かな表現力を見せたパリ・オペラ座のダンサーたち。世代交代も進んでいるようだが、バレエ団は芸術監督ブリジッド・ルフェーブルの下で新たな時代を築きつつあるようだ。
(『シンデレラ』2010年3月13日昼、『ジゼル』3月20日夜。東京文化会館)

撮影:KiyonoriHasegawa
※写真は初日(主演:アニエス・ルテステュとジョゼ・マルティネス)のものです。
※画像をクリックすると、大きな写真をご覧いただけます。