ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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佐々木 三重子 text by Mieko Sasaki 
[2010.03.10]

ルグリがギエムとの共演やド・バナの作品で新たな旅立ち

≪マニュエル・ルグリの新しき世界≫
Aプロ:〈ルグリ×ド・バナ×東京バレエ団 スーパーコラボレーション〉
Bプロ:〈ルグリと輝ける世界のスターたち〉

昨年、パリ・オペラ座バレエ団のエトワールを引退したマニュエル・ルグリが、今年9月のウィーン国立歌劇場バレエ団芸術監督就任を前に、≪マニュエル・ルグリの新しき世界≫と銘打った2種の公演をプロデュースして新たな旅立ちを告げた。Aプロは、ルグリが高く評価するパトリック・ド・バナの作品で構成した〈ルグリ×ド・バナ×東京バレエ団 スーパーコラボレーション〉。Bプロは、出演者と演目にこだわった〈ルグリと輝ける世界のスターたち〉で、シルヴィ・ギエムとの15年振りの共演が注目された。

Aプロ:〈ルグリ×ド・バナ×東京バレエ団 スーパーコラボレーション〉
ド・バナ振付『クリアチュア』『ザ・ピクチャー・オブ…』『ホワイト・シャドウ』

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パトリック・ド・バナは、ベジャール・バレエ・ローザンヌやナチョ・ドゥアト率いるスペイン国立ダンス・カンパニーでダンサーとして活躍した後、2003年に自らナファス・ダンス・カンパニーを設立し、振付も意欲的に行っている。
幕開けの『クリアチュア』は、トルコの伝統音楽などを用い、生きとし生けるもの(クリアチュア)の内面を探る作品。オレリー・デュポンとフリーデマン・フォーゲルのデュエットと、東京バレエ団の男女10人による群舞から成っていたが、日本初演のため手を加えたという。ゲストの二人が身体のラインを美しくコントロールして滑らかにデュオを紡げば、群舞は打楽器のビートに呼応するようにエネルギーを放出して踊った。ただ、デュオと群舞がバラバラで、必ずしもしっくり組み合っていないため、全体として消化不良のような印象を受けた。

『ザ・ピクチャー・オブ…』はルグリのために創られたソロ作品。ルグリの姿がシルエットで浮かびあがり、鯨の鳴き声と戯れるようにゆっくりと動き始めた。後半はパーセルの清らかなアリアにのせて、しなやかな腕の動きを際立たせて踊ったが、自己と対話しながら、自分が今いる場所を確かめているようにも映った。振付に加えてルグリの"味付け"がミソなだけに、年齢を加えるにつれ、描かれる肖像画も変化していくに違いない。

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『ホワイト・シャドウ』は、ド・バナとルグリと東京バレエ団のコラボレーションによる新作で、世界初演。立ち姿の女性4人と床に横たわるダンサーたちを紗幕越しに見せる冒頭は、生命や宇宙の始まりといった趣があった。4人の内、吉岡美佳は舞台に出ずっぱり。特に主導的役割を担っていたわけではないが、周りの世界から超越しているようで、確かな存在感を感じさせた。ド・バナがかつてベジャールの『ニーベルングの指環』で演じた、さすらい人、ヴォータンのようなイメージがした。他の3人の女性はロングドレスを着ているだけに時々登場すると目立つが、何を表わすのか、結局わからなかった。
すべては、巨大な3枚のパネルが、コの字型や横一列、縦に離して3列など、形を変えて置かれる中で展開された。ルグリと西村真由美の温か味のあるデュオや、ド・バナと上野水香のシャープなデュオ、ルグリとド・バナの異質な個性を融和させたデュオが際立ち、また男性5人による勇ましい群舞も見応えがあった。ただ、一時間に及ぶこれだけの大作になると、振り付けやフォメーションにもう少し工夫が欲しい。
ド・バナは、永遠と調和と平和、生と死、宇宙を描くといった壮大な構想を抱いていたようだが、説得力は今一つ。はっきりした物語がなく抽象的で、登場する人物が象徴するものや互いの関係性も明確でなく、断片的なシーンが脈絡なく連ねられるだけで有機的に構築されていなかったからである。神秘的な部分は確かにあったが、全体として冗長な感じを受けた。さらに練り上げて欲しい作品である。
(2010年2月4日 ゆうぽうとホール)

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Bプロ:〈ルグリと輝ける世界のスターたち〉
ケネス・マクミラン振付『三人姉妹』、ド・バナ振付『マリー・アントワネット』ほか

パリ・オペラ座のダンサーたちとによる〈ルグリと輝ける仲間たち〉シリーズには2007年で終止符を打ち、タイトルを〈輝ける世界のスターたち〉に改めて出演者選択の枠を広げ、11人のダンサーを招いた。全部で10作品が上演されたが、中でも、シルヴィ・ギエムとルグリの"黄金のコンビ"の復活が15年振りとは思えないほど輝きを放っていた。
第1部の幕開きは『チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ』(バランシン振付)で、ヘザー・オグデンとギヨーム・コテが卒なく舞った。続く『モペイ』(マルコ・ゲッケ振付)はフリーデマン・フォーゲルのソロ。E・バッハの曲にのせ、上半身裸のフォーゲルが背中の筋肉の動きも露わに、腕や身体を痙攣させるような振りを交え、ユーモラスな雰囲気を表出した。なお、彼は首を痛めたそうで、踊ったのはこの作品だけ。『スリンガーランド』(フォーサイス振付)では、パトリック・ド・バナと組んだアニエス・ルテステュが、ひとひねり加えたような複雑な振りやポーズを動く彫像のように美しく決めていった。
『アザー・ダンス』(ロビンズ振付)では、オレリー・デュポンがショパンの旋律にのせて、表情豊かに気品あふれる踊りを披露した。フォーゲルの代演をしたデヴィッド・ホールバーグは、彼女を引き立てるように手堅く踊った。続く『優しい嘘』(キリアン振付)は、待望のギエムとルグリの共演。手前にギエム、すぐ後ろにルグリが立つ姿が中央に浮かんだかと思うと、一体を成していた二人は左右に離れて踊り始めた。ギエムの空間を切るようなシャープな身のこなしとルグリの弾力性に富んだ動きが呼応して、精緻な振り付けを一瞬の隙なく見事にこなしていく。どんな体勢でも確実に相手をサポートするルグリはさすが。終わってしまうのが惜しいと思わせた、正に息詰まるデュエットだった。

第2部は『マリー・アントワネット』(ド・バナ振付)で始まった。ヴィヴァルディのスタバト・マーテルを用い、悲劇の王妃の最後の日々を描いた作品で、ルテステュのために振り付けられた。ルテステュは、悲嘆にくれながらも王との甘美な日々を回想し、断頭台で果てるまで、王妃の孤高の姿を熱演した。ド・バナは王妃の運命をつかさどるようにルテステュにまとわりつき、王や処刑人の役も演じ分けた。ただ、処刑の場で、ギロチンの刃の落ちる音に赤い照明まで用いたのは説明過剰に思えた。次の『ハロ』は、スペイン舞踊のヘレナ・マーティンの自作自演のソロ。マントンを大きく振り回す仕草が多く、サパテアードの妙技などは披露されなかった。この作品だけ異質な感じがしたが、ルグリはダンスの多様さを示したかったのだろう。そのルグリが振り付けた『ドニゼッティ・パ・ド・ドゥ』を踊ったのは、上野水香と急きょパートナーを務めた高岸直樹。上野は複雑なステップを伸びやかにこなし、高岸も勢いのよいジャンプで手堅くまとめた。
『失われた時を求めて』(プティ振付)の"モレルとサン・ルー"では、総タイツのコテとホールバーグが官能的ともいえる濃密なデュオを紡ぎ出し、倒錯的な世界を提示した。
公演を締めくくったのは、もちろんギエムとルグリで、演目は『三人姉妹』(ケネス・マクミラン振付)から、道ならぬ恋に苦しむマーシャとヴェルシーニンの別れを描いたドラマティックなパ・ド・ドゥ。ルグリは燃え上がる気持ちを力強いジャンプで伝え、ギエムは切なさを全身から滲ませ、互いの激しく揺れる心を寄せては返す波のように表わした。キスをして走り去ったルグリを見送り、床に泣き崩れるギエムの姿が胸を打った。演技派ならではの緊密なデュオだった。それにしても、ガラ公演には定番のグラン・パ・ド・ドゥを含めず、20世紀後半と今世紀の作品でまとめたプログラムに、ルグリの関心の有り様とダンサーとして進む方向を見る思いがした。
(2010年2月9日 ゆうぽうとホール)

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photo:Hasegawa Kiyonroi
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