ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

From Tokyo <東京>: 最新の記事

From Tokyo <東京>: 月別アーカイブ

関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi 
[2010.01.12]
昨年末、マリインスキー・バレエ団が来日し、全幕バレエ三作品とオールスター・ガラを上演した。チャイコフスキーのバレエなど、今日のバレエの根幹を創り上げたカンパニーであるから、その伝統のよってきたる事実に目を向けるのは当然のことかも知れない。特に『イワンと仔馬』のようなロシアの豊かな文化を背景にしたバレエを語るためには、もちろんその由来に着目する必要がある。しかしまた優れた伝統を持つからといって、マリインスキー・バレエ団の舞台が今日の観客に胸に響かせるもの、今に息づいているバレエそのものを語ることを忘れてはならない。 いくら「じゅげむ」のように来歴を語っても、芸術的な問題意識が衰弱していれば、五刧は擦切れるかも知れないなが、知的作業とは言えまい。東京で踊られたマリインスキー・バレエの舞台の感動とは無縁のオタク的作業にしか見えないのである。

ロパートキナが描いた『白鳥の湖』の完璧な美

The Mariinsky Ballet
Konstantin Sergeyev "Swan Lake" "The Sleeping Beauty" "All Star Gala Performance"
マリインスキー・バレエ
コンスタンティン・セルゲ−エフ『白鳥の湖』『眠れる森の美女』「オール・スター・ガラ」
tokyo1001a01.jpg

『白鳥の湖』

マリインスキー・バレエ団の『白鳥の湖』は、周知のようにコンスタンチン・セルゲーエフ版がレパートリーとなっている。このヴァージョンは冒頭から道化が活躍し、王子を中心に、老い・若さ・青春といったプロローグ的なモティーフが変化に富んだ情景の中で描かれる。

私はロパートキナ/コルスンツェフ、ソーモア/シクリャローフという二組のペアによる舞台を観ることができた。
アリーナ・ソーモアとウラジーミル・シャクリャーロフは、まるで少女漫画の画面から抜け出してきたように清々しい。やや華奢なソーモアとクリッとした<まなこの王子>シクリャローフが、人間の精神の深淵を往還するかのようなドラマを踊る、というロマンティックで軽いアイロニーを秘めたコントラストが魅力を放った。
一方のウリヤーナ・ロパートキナとダニーラ・コルスンツェフはといえば、これはもう<美の化身>のようなロパートキナの圧巻の踊りに魅了されるばかり。第2幕の幕が下りたところで、期せずして周辺の複数の客席から「完璧!」という溜息ともとれる歎声が洩れた。動きと感情の流れが完璧に一致していて、決められた形のみに従っている動きはどこにもなかった。かといって力みはまったくなく、脱力したムーヴメントが美しさを構成している。
登場した瞬間に、観客の耳目を一身に集中させる能力は群を抜いている。同じ舞台に立つコール・ドは、まるで美の震源に打たれたかのように、いっそうキビキビと動きだす。かつまた、オーケストラさえもがロパートキナの動きに応えて演奏しているように感じられる。つまりは、ロパートキナというバレリーナの踊りが、クラシック・バレエという伝統的芸術のスキルを最高に発揮させた、といっても少しも過言ではないだろう。
しかし、ロパートキナのオディールについては「完璧」という声はあまり聞かれなかった。第3幕はデヴェルティスマンを交えたドラマティックな構成であり、演技的な要素や際立ったテクニックの冴えのほうが大きく感じられてしまうからかも知れない。
コルスンツェフは控え目ながら端正な踊り。グラン・パ・ド・ドゥのヴァリエーションでは見事な輝きをみせる。舞台を虚心に観ていると、やはり、ロパートキナのパートナーはサラファーノフでもシクリャーリョフでもなくて、このカップルが築いているパートナーシップこそが最良のものに見えてくる。
これもまた<美の化身>のマジックなのだろうか。
(2009年11月22日ソーモア/シクリャローフ 神奈川県民ホール。11月27日ロパートキナ/コルスンツェフ 東京文化会館)

tokyo1001a02.jpg tokyo1001a03.jpg tokyo1001a04.jpg

ソーモア、サラファーノフ、テリョーシキナ、シクリャーロフが競演
『眠れる森の美女』


『眠れる森の美女』は、1952年に初演されたやはりセルゲーエフ版である。
プロローグと第1幕は、ストップモーションから始まり、100年前の出来事という印象を与える演出になっている。
全体的に短いマイムを舞踊的に使い、音楽劇的に動きと音楽の共振を重視した展開に創られている。カラボスも魔女として暴力的ではなく、ドラマティックな大仰な演技を見せることはない。

tokyo1001a05.jpg

オーロラ姫をテリョーシキナ、デジレ王子をシクリャローフ、そしてもう一組はソーモアとサラファーノフで観ることができた。
ヴィクトリア・テリョーシキナのオーロラ姫は、身体の動きそのものの表情が豊かであり、演技的な表現も濃やかでじつに魅力的だった。個人的にはもう少し古風な佇まいに意識を向けると、さらに素晴らしいオーロラ姫を創ることができるのではないかなどと思った。ただ、このバレリーナの表現には、時折、薄倖なイメージを感じてしまうことがあるのは不思議だ。
ソーモアの見せ場は、やはり16歳の香しいばかりの初々しさを湛えたオーロラ姫のローズ・アダージョだろう。苦もなく垂直に上がる脚とバランスの良さで観客を魅了した。
シクリャローフのデジレ王子は前回来日時よりも一回り大きくなったような印象だが、ジャンプは高い。じつに魅力的な踊りをするダンサーである。
サラファーノフの身軽さは、やはり羽のような軽さを持つソーモアと得難いパートナーシップを見せた。
リラの精はダリア・ヴァスネツォーワが踊った。05年ワガノワ舞踊アカデミー卒業だそうだが、落ち着いた演技と動き。美人顔で安定感のあるダンサーだった。フロリナ王女はマリーヤ・シリンキナが踊った。06年ペルミ舞踊学校卒業で、若々しく清新な舞台姿だった。
(2009年12月4日ソーモア/サラファーノフ 12月5日テリョウーシキナ/シクリャローフ 東京文化会館)

tokyo1001a06.jpg tokyo1001a07.jpg tokyo1001a08.jpg

リムスキー=コルサコフとロパートキナの皆殺しのバラード『シェエラザード』
「オールスター・ガラ」

tokyo1001a09.jpg

09年マリインスキー・バレエ団の来日公演のオールスター・ガラは、リムスキー=コルサコフ曲、ミハイル・フォーキン振付の『シェエラザード』で幕が開いた。初演は、長身でエロティックな美貌の持ち主として名高いイダ・ルビンシュタインの主演で、1910年パリ・オペラ座で行われた。
このバレエは、レオン・バクストの耽美的な強烈な色彩とリムスキー=コルサコフのロシア的な旋律、アブノーマルな雰囲気を漂わす宦官がよたよた横切るハーレムの退廃的な空間で、皆殺しの惨劇が起る寸前に交わされる愛の饗宴を描いたもの。
スルタンの愛妾、ゾベイダを踊るロパートキナはここでも完璧。正確無比に踊り、柔らかくなめらかに曲に乗っている。パートナーのコルスンツェフは安定感のあるサポート。しかしこの作品では、むしろ女性を内心見下しているくらいの傲慢さが出ると、いっそう退廃的なムードを高めるのではないだろうか。

ディアナ・ヴィシニョーワはイーゴリ・コールプとラトマンスキー振付の『シンデレラ』第2幕のパ・ド・ドゥを踊った。コールプはサービス精神が豊かで愛嬌を振りまきながらいいリズム感で踊り、ヴィシニョーワもまたプロコフィエフ&ラトマンスキーの音楽性を把握した踊り。さすがマリインスキー・バレエ団のプリンシパル同士のペアである。

ロパートキナが踊った『瀕死の白鳥』(サン=サーンス音楽、ミハイル・フォーキン振付)は、一度、床にくずおれてから、再び生きようとする姿に生命の力とその姿を映した。息絶える寸前には、命の証を示すように手を挙げ、小さな叫び声が洩れ聞えてきた。
『タランテラ』(ガチョーク音楽、バランシン振付)はテリョーシキナとサラファーノフのペア。必ずしも振付に忠実とは言えないかもしれないが、サラファーノフのステップはあくまで軽やか。あるいは長身のテリョーシキナと合わせるのは難しかったかもしれない。
そして、ソーモワのメドーラ、エフゲニー・イワンチェンコのコンラッド、シクリャローフのアリ、エフゲーニャ・オブラスツォーワのギュリナーラが踊る『海賊』で幕が下りた。
(2009年12月10日 東京文化会館)

撮影:(C)瀬戸秀美/(C)Natasha Razina
※画像をクリックすると、大きな写真をご覧いただけます。