ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi 
[2009.11.10]
バレエ・リュス100年といって、様々な企画が催された2009年もいよいよ押し詰まってきた。おそらくパリ・オペラ座バレエ団の12月公演、そしてモナコのバレエ・フォーラムが、バレエ・リュス狂想曲2009の終曲となるだろう。一口にバレエ・リュスといっても様々な局面があるのは周知の通りだが、その起点となったのは、やはり、ロシア芸術を背景に生まれたロシア・バレエ。故に、バレエ・リュスを語るには、まず、ロシア・バレエのエッセンスを理解することこそ必要だろう。にもかかわらず、100年昔のバレエ・リュスの現象面だけを云々する言辞が多かったことは、誠に寂しい。

21世紀のバランシンを踊るニューヨーク・シティ・バレエ

NEWYORK CITY BALLET
ニューヨーク・シティ・バレエ
George Balanchin:Serenade, Agon, Tarantella
Jerom Robbins:Dances at a Gathering

Bunkamura20周年記念企画として、ニューヨーク・シティ・バレエ団が5年ぶりに来日公演を行った。以前にも来日しているが、Bunkamuraオーチャードホールの上演としては3回目となる。
今回の公演は前回に比して、プリンシパル・ダンサーの入れ代わりもあったためだろうか、カンパニー全体の表情がいっそうスリムでシャープなった印象を受けた。
A、B、Cの3つのプログラムによる12演目の上演が予定されていたが、私が観たCプロでは日本初演予定のクリストファー・ウィールドン振付『アフター・ザ・レイン』が、ダンサーの怪我のために『タランテラ』に変更となったのはいささか残念だった。その結果私が観たのは、バランシン7曲、ロビンズ2曲、ラトマンスキーとマーティンスが1曲ずつというプログラムだった。

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ニューヨーク・シティ・バレエといえばいうまでもなく、ジョージ・バランシンが創設したカンパニーである。既に鬼籍に入った人が多くなったが、20世紀は多くの優れた舞踊芸術家を輩出し、数多くの重要なカンパニーが創設された。しかし今日まで創設者の理念と芸術に最大の敬意を保持し、さらに活発な活動を続けているところは、NYCBを措いてはない。
無論状況は大きく異なっているが、マーサ・グラハムの死後、彼女の名を冠したカンパニーは一時、悲惨な状況に陥った。マース・カニングハムは自身が亡くなった一年後には、カンパニーを解消する、と言い残したと聞く。ジュディス・ジャミソンが後継者となったアルヴィン・エイリー・アメリカン・ダンス・シアターも、最近はエイリー作品の上演が大幅に減っているという。
その点、海外公演のプログラムの7割近くをを創設者の作品で構成するNYCBは、突出している。これはバランシンのバレエ芸術を超越した偉大さを証明していると同時に、バランシンが21世紀の観客とも自在に交流する活きた舞台を創ってきた振付家だったということである。

バランシン作品は「プロットレス・バレエ」といわれるが、これを「物語」というキー・ワードを便利に使って分類してしまうと、いかにも軽薄な感じがする。たしかにバランシン・バレエには時系列で展開していく「物語」は、初期の『放蕩息子』や『ドン・キホーテ』『くるみ割り人形』などを除いてほとんど姿を見せないが、「物語」の中に生起するドラマは音楽とともに舞台を綾なしている。
たとえばAプロの開幕で上演された『セレナーデ』では、よく知られるように、女性ダンサーの一人が遅刻して舞台に現れ自分のポジションを探しながら合流して踊りだすシーンがある。そしてその後、男性ダンサーが登場して遅刻した女性と踊る。すると観客は、この二人はどこかで愛をささやいていて別れ難さに負けて遅刻したのではないか、と想を逞しくすることができる。
そこにはたとえば、スワニルダとかフランツといった固有名詞はないが、青春の愛を彩る情感豊かなドラマは、月の光りとチャイコフスキーのメロディとともに描かれている。

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ストラヴィンスキーとの共同作業によって創られた『アゴン』は、1957年に初演された。これは理想の身体を求めてオリンピア競技などを行った古代ギリシャを題材に採り、神話的な世界を描いたもの。ストラヴィンスキーの強烈な旋律とバランシンのオフ・バランスを駆使したアスレティックなムーヴメントが、遥か古代のギリシャの競技場で繰り広げられた身体競技を想起させ、ヨーロッパ文化のアルカイックな基層に呼びかける。いうまでもなく「ヨーロッパの香り」こそがバランシン・バレエのコアである。

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タンバリンをもって男女のペアがばね仕掛けのように踊る『タランテラ』。男性の赤い帽子と女性のベルベットのトップが鮮やかな軌跡を描き、女性の髪飾りも一段とかわいらしい。踊りながらタンバリンをパンと打って、ダンスにアクセントを付け、ロシア人デザイナー、カリンスカの衣装が際立った印象を残す。イタリアに伝わる民族的舞踊の精髄を、バランシン流にいえば、もっともおいしい部分を今日の舞台に盛り付けてテーブルに出し、’パジャールスタ’というわけだ。このダンスは「ヨーロッパの香り」が馥郁として魅力的である。そして古き良きプリミティヴな情感が横溢する自由闊達なアメリカを踊れば、『ウエスタン・シンフォニー』や『スターズ・アンド・ストライプス』が出来上がる。

バランシンが19世紀のバレエから、衣装や舞台装置を一新したのは、こうした物語がもつドラマやヨーロッパ文化のアルカイックな基層、民族のコアを表す舞踊の精髄などの把握と相応した舞台表現である。それはまったく天才的なバランスで舞台に現れている。
たととえば、舞台の宙に小さなシャンデリアが一基吊るされていたら、他に何の装飾がなくても、むしろ何もないからこそ、観客にはバランシンのサンクトペテルブルク時代への郷愁が脈々と伝わってくる。
これは作家として、時代の表現に責任を果たしていたバランシンの魅力的な個性である。そうした作家バランシンを少なくとも私は尊敬している。
プティパからバランシンへといった楽天的な進化論からあれこれいうのは、かえって鑑賞のさまたげになるような気がしてならない。こうした<ゆるい>片手間に語られる理屈ばかりをあっちこっちで聞かされていると、時代の深部にアプローチを試みていた偉大な舞踊作家たち鋭い創造力が、なし崩しに霧散していくようで情けない。

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そうだ! ロビンズも忘れてはならない。
ジェローム・ロビンズは1944年、バーンスタインの音楽による『ファンシー・フリー』を振付けて大成功を収めた。今回上演された『ダンシズ・アット・ア・ギャザリング』は、1969年にショパンの曲に振付けられた。
青空の描かれた背景に向かって、ゆっくりと男性ダンサーが登場し、ショパンのピアノ演奏に合わせてダンスが始まり、5組のカップルが次々と舞台に現れる。女性だけのトリオや男性のデュオなども組み込まれているが、カップルのダンスが全体の基調となっている。ダンサーは、ピンク、アプリコット、グリーン、ブルー、藤色、パープル、れんが色、ブラウンなどとコスチュームの色が与えられていて、舞台にはソフィストケイトされた雰囲気があふれる。
追いかけっこになったり、女性だけがあれこれ動くが、男性は手を身体に添えたまま動かなかったり、カップルの様々な表情が活き活きと踊られる。
男性3人と女性3人の踊りになると、どういう組み合わせでカップルになるか、といったロビンズのダンスで、しばしば変奏して踊られるモティーフの動きとなり、ユーモラスな表現も垣間見られた。そして3組のカップルが同時に踊る舞台はじつに楽しい。
『ショピニアーナ』のニューヨーク街角版、ともいいたくなるようなロビンズによるダンス・スケッチ集だった。
こうした軽やかで快活なダンスを振付けるロビンズだが、近年刊行された『ジェローム・ロビンズが死んだ日』によると、ロシアからのユダヤ系移民の子孫である彼には、秘められた苦悩のストーリーがあるという。振付家が描いた舞台が楽しく軽やかであればあるほど、その魂の悲痛な声が鮮烈に感じられる。
(2009年10月8日Aプロ、9日Bプロ、11日Cプロ Bunkamura オーチャードホール)

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Photo:(C)MAKOTO WATANABE
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