ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi 
[2009.05.11]

バランシン『セレナーデ』 ドゥアト『ポル・ヴォス・ムエロ』
サープ『プッシュ・カムズ・トゥ・ショヴ』

ジョージ・バランシン振付『セレナーデ』
ナチョ・ドゥアト振付『ポル・ヴォス・ムエロ』
トワイラ・サープ振付『プシュ・カムズ・トゥ・ショヴ』
Ballet the chic 新国立劇場バレエ団 

ジョージ・バランシン振付、ピョートル・チャイコフスキー音楽『セレナーデ』

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ロマンティック・チュチュを着けた女性ダンサーの群舞が、月明かりの下で踊り始める。軽いウィットを感じさせるフォーメーションが展開された後、一人の女性ダンサーが遅れて登場。フォーメーションの中の自分の立ち位置を探してポーズをとる。群舞が捌けた後もポーズを続け、彼女を追いかけてきたように男性ダンサーが参加し、ダンスの流れが変わる。ふたりは今まで恋を語らっていたために遅れた、そう見えなくもない。そしてダンスは群舞から個人の物語の幻想的世界へと展開していく・・・。プロットレスと言われ、物語の時系列を追っているわけではないが、若々しい女性を主人公としたドラマの香りが、チャイコフスキーの曲に乗って甘く漂ってくるようなバレエである。
ロシアの貴族文化が培った美に、アメリカの若々しい女性たちの息吹きを注入しようとしたバランシンの洗練された美意識がうったえかけてくる。新国立劇場バレエ団の女性ダンサーたちの細やかな動きが素晴らしい。動きの繊細は世界一と言いたい。さらに音楽性の豊かさや動きの明快さなどを整えて、エクセレントな古典的美意識を磨き上げていってもらいたい、と思う。

ナチョ・ドゥアト振付、15~16世紀スペインの古楽『ポル・ヴォス・ムエロ』

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肌色のレオタードを着けた男女が観客に背を向け、背景に設えられた入り口に向かってゆっくりと歩み、やがて全員が背景に消える。彼らは過去の世界に戻って行ったのだろうか。
すると今度は、中世の働く衣裳を着けて登場したダンサーたちが、それぞれがカップルとなって踊る。生活の営みの中に生まれるリズムにのったダンスのフラグメンツが次々と繰り広げられ、その動きは溌剌としていて生きることがそのままダンスによって表されている。踊る喜びは生きる歓びと一致しているのだ。
ドゥアトは畑や野原で生きる人々の姿の中に生命のダンスを見ている。
そして最後は、肌色のレオタードを着けたダンサーたちが、生きる姿のフィギア、生きる姿の彫刻を舞台に描いてみせる。
「ポル・ヴォス・ムエロ」とは「あなたのために死ぬ」という意味だそうだ。かつては、人々にとって生きること死ぬことと、音楽とともに踊ることは同じ質量で感じられていたはずだ。そういったドゥアトの思想が垣間見える、じつにおおらかで、しかし人間の存在のコアを捉えた素晴らしいダンスだった。

トワイラ・サープ振付、ジョゼフ・ラム、ヨーゼフ・ハイドン音楽『プッシュ・カムズ・トゥ・ショヴ』

『プッシュ・カムズ・トゥ・ショヴ』は、バロックとラグタイムの音楽を使いながら、クラシック・バレエのバランスを軽い皮肉を込めた動きによって崩してみせる。その崩れた動きのトーンを様々に積み重ねていって、音楽とダンスの新しい地平を探っている。黒いハットを様々に使って動きにアクセントを付ける試みは、アーバンな雰囲気を醸して成功している。
また、スピーディでスリリングな動きを連続させて、時にパチンと手を打つ響きで動きのリズムを構成している。
初演時にバリシニコフが踊った超絶技巧を課された役を、ボリショイ劇場バレエのデニス・マトヴィエンコが、敏捷にしかしユーモアのセンスも逃さずに踊っていた。
また、かつてバリシニコフと『シナトラ組曲』を流麗に踊って、日本の観客の魂を完膚なきまでに魅了したエレイン・クドーがステージングを担当していて、忘れ得ぬあの日の感動を思い出した。
そのほかに井口裕之 振付、ヘンリク・グレッキ音楽の『空間の鳥』が上演された。
(2009年3月26日 新国立劇場 中劇場)

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