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関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi 
[2009.04.10]

ガデスのバレエ・ドラマ『血の婚礼』『アンダルシアの嵐』『カルメン』

Compañía Antonio Gades
Antonio Gades "BODAS DE SANGRE""FUENTEOBEJUNA" "CARMEN"
アントニオ・ガデス振付『血の婚礼』『アンダルシアの嵐』『カルメン』
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『血の婚礼』
アントニオ・ガデス振付の『血の婚礼』には、「フェデリコ・ガルシア・ロルカ作『血の婚礼』に想を得た、6つの場面からなる舞踊」というサブタイトルが付けられている。この『血の婚礼』は、ガデス舞踊団を設立した1974年にローマで初演された。
物語は、結婚式の宴の最中に花嫁がかつての男と駆け落ちし、花婿が二人を捜し出してナイフで決闘する、というもの。ロルカはこのシンプルな悲劇をアンダルシアの人々の民俗や生活に流れる濃密な情感によって、浮かび上がらせた。そのロルカ作品にかねてから敬意をいだいていたガデスが舞踊化した。

『血の婚礼』は無駄のない純度の高い作品である。
たとえば、効果音も象徴的な表現で構成されている。冒頭に聞える馬の蹄の音、花嫁が逃げたことを知らされた結婚式参加者のピト(指を鳴らす音)、逃げる花嫁とレオナルドが床に足を引きずる音、追手の馬の蹄の音、二人を追う花婿一行の足を引きずる音、そして花婿とレオナルドがナイフで殺し合うスローモーションのシーンの無音。といったふうに無用な音は省いて、ドラマティックな音だけをじつに効果的に使っている。
また、花嫁が結婚式の宴の最中に駆け落ちしたことを知った花婿の母は、息子にナイフを手渡して、男の一分をたてることを促すシーンも印象深い。この作品では、赤ん坊から若い独り立ちする男、そして老母と様々な世代が登場し、凝縮された人生のドラマを演じている。
クライマックスは、花婿とレオナルドのナイフを使った決闘シーン。鋭いナイフを持って必死に殺し合うシーンを、スローモーションで描いて避けることの出来ない不条理な情念の悲劇を際立たせた。そして無我夢中のナイフの闘いの動きは、スローモーションで表現することによって舞踊の次元に高められたのである。
(2009年3月1日 文京シビックホール)

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『アンダルシアの嵐』
物語は、アンダルシアのコルドバ県の小さな村フエンテオベフーナで、15世紀に実際に起きた事件に想を得て書かれている。
貧しい農夫、フロンドーソは、好色で横暴な騎士団長に犯されそうになった婚約者で村長の娘ラウレンシアを命がけで助けた。そのため恨みを買い、結婚式の当日にふたりは捕えられ、夫の前でラウレンシアは陵辱される。必死で逃げだしたラウレンシアから事態を知った村長を始めとする村人たちは、鎌や鋤で武装し、ついに騎士団長を殺す。そして裁判の日。裁判官から「誰が騎士団長を殺したのか」と問われた村人たちは、異口同音に「フエンテオベフーナでございます」と答える。

ガデスはこの物語を、アンダルシアの人々が日々生きる暮らしの暖かさと、その胸に宿る誇りを愛情のこもった目で見詰めて描いているので、立ち上がった時の観客の共感は深い。
ダンスのクライマックスは、ラウレンシアとフロンドーソの結婚式だが、村長は自分の娘が結婚を決めるまでの過程が、村人たち全員に納得のいくものであることを明快に描いている。そのために、この地方独特の結婚式のダンスがたいへんに楽しく、村人たち全員の喜びが溢れるダンスとして表現されている。村人たちの一体感は生活全体、つまり生きることのすべてを構成する仲間たちの共通感覚となっているから、それが打ち破られた時の怒りは生きることのすべてを賭けたものとなる。
白い大きな布で女たちが祝い、男性たちは踊りながら赤い花を一輪ずつ花嫁に手渡す。男性と女性がグループとなって祝い歌を謡いながら踊る、素晴らしい結婚式だった。ニジンスカの『結婚』はロシア古来の儀式を舞踊化していて原罪的なものを感じさせるが、アンダルシアのそれはのどかで楽しい素朴な歌と踊りである。
スペイン独特のレンガ色のコーデュロイのパンツに白いシャツの上にボレロを羽織った男性と、真紅の花模様が鮮やかなスカートを履いた女性たちの生活に息づく色彩感覚をくっきりと感じさせる、見応えのある素敵なダンスシーンだった。
(2009年3月3日 文京シビックホール)

 

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『カルメン』
ガデスの『カルメン』は何度観ても傑作だと感じ入る。
冒頭のカンパニーのリハーサルから、『カルメン』の本番に入っていく流れがスムーズで、それぞれ踊られる踊りがソロであれ群舞であれ、そのまま表現となっているので、観客はいつ本番の舞台となったか気付かぬうちにドラマに惹き込まれてしまう。
中盤のクライマックスであるカルメンの夫とホセのバストン(杖)を使った決闘シーンは、手に汗握る迫力である。ただどうしても、かつて観たガデスとヒメネスの存在感を忘れることができないのは、致し方のないところ。

無駄の無い的確な象徴的表現が重ねられ、ついにあの有名なラストシーンへとドラマは不可避的に進行してしまう。アリアの絶唱とともに、ホセの手に光ったナイフが運命の一振りを一閃する。カルメンも死を予知していたかのように、かつては熱烈に死を賭してまで愛していた恋人の嫉妬に狂った刃を全身で受け止める。
『カルメン』の舞台化には、世界中のアーティストが技の粋を競ってしのぎを削っている。ガデス舞踊団の『カルメン』は、本場スペインのアーティストとして、当然、最高の舞台を創ることを義務づけられたガデスと、才能あるカルロス・サウラの傑作である。
カルメンにはステラ・アラウソ、ドン・ホセにはアドリアン・ガリアが扮して熱のこもった踊りを見せた。
アントニオ・ガデス亡き後も、彼の傑作の舞台が継承されて、われわれ観客も鑑賞することができることは、まことに素晴らしいことである。
(2009年3月4日 文京シビックホール)

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