ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi 
[2009.04.10]
3月14日から、サンクトペテルブルクのマリインスキー劇場の国際バレエ・フェステイバルを観てきました。今回で4回目の参加ですが、毎回行くたびに、なんだかロシアの冬も温かくなってきているような気がします。今年は開催日も3月半ば、ということもありましたが、ペテルブルクの道に雪が凍結していませんでした。もちろんネヴァ河や運河は氷結していて日陰に残雪はあるのですが、いつも滑って転ばないように細心の注意をはらってあるく舗道は、全然、すいすい歩けます。そしてこの時期は、細かい雪が降り続く時雨れた天気ばかりなのですが、快晴。青空の彼方には積乱雲が浮かんでいたり・・・。雪に美しく映える聖ニコライ寺院などのゴールドとパステル・ブルーが少し違った輝きに見えました。 とはいえ、マリインスキー劇場は最上階まで毎回満員。ロシア人はほんとにバレエが好きですね。

可愛くて楽しい『ピーターラビットと仲間たち』『放蕩息子』
K-BALLET COMPANY

フレデリック・アシュトン振付『バレエ ピーターラビットと仲間たち』
ジョージ・バランシン振付『放蕩息子』
K-BALLET COMPANY

『バレエ ピーターラビットと仲間たち』

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 アシュトン振付の『ラ・フィーユ・マル・ガルデ』の冒頭では、雄鶏と雌鶏の着ぐるみが登場して、じつにのんびりと鶏らしい踊りを見せる。時間が流れているのか漂っているのか分からないような、ゆったりとした田園の朝の一コマをこれ以上ないほど鮮やかに活写している。この印象的なシーンにより、動物の着ぐるみを着た人間の身体には、ただその動物そのものを表すだけでなく、たいへん雄弁な表現力を持っているのだ、と気付かされた。
しかし、いくら『ラ・フィーユ・マル・ガルデ』の冒頭シーンに感銘を受けたとはいえ、『バレエ ピーターラビットと仲間たち』は全編着ぐるみのバレエ。絵本や映像では観ているが、ライヴの舞台で観たら、どのようなアンサンブルを体験できるのであろうか、と一抹の不安がないでも無かった。

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 ところが実際に幕が開いて、まちねずみジョニーやチュウチュウおくさんが姿を現すと、その息遣いや微妙なふるえのような動きのディティールが実感として伝わってきて、人間と動物の境界が接近したような何とも言えず不思議な感覚に陥る。
あひるのジマイマ・パドルダックやきつねの紳士、こぶたのピグリン・ブランドもピグウィクも、かえるのジェレミー・フィッシャーどん、2匹のわるいねずみのトム・サムとハンカ・マンカも、ピータラビットもりすのナトキンも、みんなそれぞれの動物たちの動きの特徴をよく観察、研究していて振りが創られている。
もちろん、動物の動きそのものは生命の発露だが、そこに音楽的、舞踊的な喜びを発見してそれぞれのシーンが構成されている。

ジョン・ランチベリーがヴィクトリア朝などのメロディを中心に構成、編曲した音楽は、様々な楽器の音色を活かして動物たちの動きのリズムを捉えている。あひるのちょっといびつで奇妙な感じのリズムと、きつねのずる賢くいかにも損得を計算しているような動きのコントラストは、意外にバランスよく感じられる。2匹のわるいねずみの破壊的エネルギーを生み出すリズム、リスたちのすばっしこい細かな動きのアンサンブル、かえるのちょっと湿っぽいペッチャッとしたジャンプなどなどが、品の良い仕上がりの衣裳とマッチして、じつに可愛らしく魅力的。ラストの全員でワルツを踊るシーンまで、闊達で心を豊かにしてくれる素晴らしい音楽劇だった。
人間が人間を踊るバレエよりも数倍の労力がかけられた舞台と拝察する。

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『放蕩息子』

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『放蕩息子』は、1929年5月21日にパリのサラ・ベルナール劇場で初演された。ディアギレフはヴェネチアで29年の8月19日に亡くなったため、これがバレエ・リュスの最後の作品となった。
『放蕩息子』は、ディアギレフがコフノに指示して題材が決められた、といわれる。しかし、ロシア美術館などには、この聖書の逸話を描いたロシアの画家たちの絵画が何枚も展示されている。恐らくディアギレフもバランシンも幼い頃から、そうした絵画を観、聖書の逸話を聞いて育ったから親しみ易い題材だったのだろう。

バランシンがダンスのスタイルを完全に確立する以前の作品だが、若さが持つ未熟さと魅力が、若々しい躍動感とともに踊られていて、プティパのバレエとは異なった題材と表現を求める意思が感じられる。
見せ場は、バランシンが表現に苦慮したと伝えられる、放蕩息子が傷ついて帰還するシーン。結局バランシンは、杖にすがって膝を引きずりながら父に向かってにじり寄り、最後に父の胸の中に飛び込む、という演出のアイディアに至った。膝を引きずりながら進む、という動きがごく自然に、許しを乞い、強く悔い改める気持ちを表現していて、感動的なラストシーンになっている。
放蕩息子を踊った橋本直樹は、シャープな切れのある動きで好演。サイレーン役の康村和恵は久しぶりの舞台となったが、落ち着いてバランシンの意図したディモーニッシュなエネルギーを感じさせる演技だった。
(2009年2月28日昼 オーチャードホール)