ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi 
[2009.03.10]
梅花満開。梅の花の薫りは仄かにただよいます。刺激的に感じられることはなく、場の空気を心地よいものに和らげてくれます。桜のように花の美しさに圧倒されることは少ないのですが、懐かしさで優しくつつんでくれます。甘さを含んだ薫りとともに、遥かな青春のつややかな時(私にもありました!)へとタイムスリップしていくような・・・。

ミハイロフスキー劇場ガラ、コルプの世界
『眠れる森の美女』『ライモンダ』ほか

レニングラード国立バレエ団「ミハイロフスキー劇場ガラ」
マリインスキー・バレエ団イーゴリ・コルプ「奇才コルプの世界」
レニングラード国立バレエ団の『海賊』『眠れる森の美女』『ライモンダ』

レニングラード国立バレエ団「ミハイロフスキー劇場ガラ」
 レニングラード国立バレエ団が、本拠地とするM.P.ムソルグスキー記念サンクトペテルブルク国立アカデミー・オペラ・バレエ劇場の通称である<ミハイロフスキー劇場>の名を冠したガラ・コンサートを行った。
 周知のようにレニングラード国立バレエ団には、2007年5月にファルフ・ルジマトフがバレエ芸術監督に就任した。スーパースターの芸術監督の仕事は、前監督ボヤルチコフが長期間務めてそれなりの特徴を出していただけに、新しい展開に関心が集まっていた。
 ガラ・コンサートのプログラムは、一見、これまでのものと大きな変化は感じられなかった。第1部ではヴィノグラードフ版『ロミオとジュリエット』が目を引くぐらい。しかし、第2部『ムーア人のパヴァーヌ』、第3部『エスメラルダ』『スパルタクス』『アダージェット』『海賊』という並びには、やはりルジマトフの感覚がこめられた構成が感じられた。
 特に、とりの『海賊』は「第3幕より花園の場&第2幕より」と当日配布のキャスト表に書かれているが、ルジマトフの名は記されておらず、メドーラとアリには3名ずつのダンサーが名を連ねている、という不思議な告知になっていた。

 ダンサー陣は次第に新しい顔が増えてきているが、バレリーナの中心はやはりイリーナ・ペレン。
 ペレンは、ワガノワ舞踊アカデミー出身のアンドレイ・マスロボエフとヴィノグラードフ版の『ロミオとジュリエット』を踊った。セットなしのバルコニーのシーンで、恋人たちの瑞々しい若さを強調する振り。このシーンのラストは二人とも跪いて抱き合いキスを交わす。敬虔な雰囲気を感じさせる振付だった。
 もう一人の主要バレリーナ、オクサーナ・シェスタコワは、お馴染みのミハイル・シヴァコフと『ドン・キホーテ』のグラン・パ・ド・ドゥを落ち着いて堂々と踊った。シヴァコフはルジマトフ的表現をとり入れているかのように見えた。

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 第2部は、ホセ・リモン振付によるルジマトフの十八番『ムーア人のパヴァーヌ』。この曲は、ルジマトフが日本公演でゲスト・ダンサーと上演しているが、今回、レニングラード国立バレエ団のレパートリーとして上演するために、新たに振付指導を受けたという。
 オテロ、デズデモーナ、イヤーゴ、エミリアというシュエイクスピアの『オテロ』の登場人物が、パヴァーヌ、シャコンヌ、メヌエットなどを踊りながら、それぞれの心理を浮き彫りにしていく。古典的で格調高い動きの中に、陰謀とコンプレックスの心理的葛藤が渦巻き、救いようのない悲劇が生まれる。小道具として使われる白いハンカチは、王と王妃という関係の重さに比べれば情けないほど軽く小さく、その象徴的効果が極めて高いものだった。コアを踊るルジマトフを中心にして、良く整えられた美しい舞台で見応え充分だった。

 そして第3部では、まず、2000年のNHKのワガノワ舞踊アカデミーを卒業するまでのドキュメンタリー番組に登場したカーチャ、エカテリーナ・ボルチェンコが『エスメラルダ』を踊って、元気な姿を見せた。
 かつてはキエフ・バレエの芸術監督を務めたコフトン振付の『スパルタクス』は、ペレンとワガノワ舞踊アカデミー出身のマラト・シェミウノフが強靭な愛の力を讃えるダンスを披露した。

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 続いてかつてキーロフ・バレエ時代にナタリア・マカロワのパートナーとして踊り、その後マールイ・シアター・バレエなどで活躍したニキータ・ドルグーシンが振付けたマーラー曲の『アダージェット』をルジマトフが踊った。抑制された動きにより、身体の深部から憂愁を湛えた表現が観客の胸に響いてくるダンスである。
 そして最後の演目『海賊』の第2幕のパ・ド・ドゥが、メドーラはシェスタコワ、アリはアントン・プロームで始まったが、どちらの役もダンサーがリレーされていく・・・すると、客席から悲鳴にも近い嬌声があがり、気が付くとルジマトフがアリのパートを踊っていた。確かに幕間から、キャスト表の奇妙な書き方をめぐってファンの間では噂が駆けめぐっていたのだが、こうしたサプライズが用意されていたのだ。さすがにスーパースターの芸術監督は、ファンが歓喜するツボを心得ている、と大いに感心させられた。
(2009年1月21日 オーチャードホール)

もうひとつのガラ・コンサート「奇才コルプの世界」
 マリインスキー・バレエ団のイーゴリ・コルプを中心としたガラ・コンサート「奇才コルプの世界」が行われた。コルプはベラルーシ出身で、ベラルーシ国立ボリショイ・バレエ団からマリインスキー・バレエ団に移籍し、プリンシパル・ダンサーとして活躍している。
 プログラムは第1部が創作バレエ、第2部がクラシック・バレエを中心としたもので、第3部は演劇的なコンテンポラリー・バレエを踊って締めくくった。
 まずは、サン=サーンスの曲を使った『白鳥』で、これは男性ダンサーのソロ。
ガスがたちこめる中、コルプが登場する。帽子をとり、服を脱ぐと黒い羽根がついた衣裳となり踊り始める。追いつめられたり不安に苛まれたり、こう笑を浴びせかけられたり、男は孤独の中、一歩ずつ歩む。その姿はまるで一羽の白鳥がたたずみ歩み始めるかのようでもある。初めての日本で行うガラ・コンサートのオープニングに相応しい、コルプのソロだった。
『カジミールの色』は、あのロシア・アヴァンギャルド運動の代表する画家、カジミール・ミール・マレーヴィチの絵画をテーマとし、ショスターコヴィチの音楽を使って振付けられた。男性は黒とベージュ、女性はベージュと白で、同じ抽象的な模様を組み合わせたパンツで、エリサ・カリッロ・カブレラとミハイル・カニスキンというベルリン国立バレエ団のペアが踊った。
 マレーヴィチは、フォービズムやキュービズムなどを経てシュプレマティスムに至り、絶対的対象----極限のフォルムと色を描いた画家。「黒の正方形」「黒の十字」「白の上の白(の正方形)」といった作品が知られる。
 振付は、次々と現代的なバレエを発表して注目を集めるマウロ・ビンゴゼッティで、昨年末にはベルリン国立バレエ団に、バロックの天才画家にして殺人者のカラバッジョを描いた新作バレエを振付けたばかり。
 動きは、極力ステップを抑え、上半身をくねくねと組み合わせるもので、男女のパ・ド・ドゥだが、心理的なものは排除され、男女の織り成すフォルムの変幻をみせる作品。ラストでは、相似した男女のフォルムが別れそうになりながら結局一体となった。ステップを使わないことが、マレーヴィチの極限的な絵画の到達点を表わしているかのようにも感じられた。とりわけ、メキシコ出身の素晴らしいバレリーナ、カブレラの魅力的な身体が圧巻だった。
『Something to say』はブルガリア出身のセルゲイ・セルゲイエフが、英国の作曲家クリント・マンセルの音楽に振付けたソロ。口を塞がれ、右手に枷を付けられ、胸に真紅の血を滲ませたトルコ出身でシンシナティ・バレエのプリンシパル、オウルジャン・ボロヴァが踊った。政治的暗黒の中で苦闘するかのような激しい動き、背景を真っ赤に染めて怒りの情念を迸らせたダンスだった。
 

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 第3部は『シーソーゲーム〜ブランコのふたり〜』をマリインスキー・バレエのプリンシパル、ユリア・マハリナとコルプが踊った。この公演のために、コルプがベラルーシ出身のパクリタルに委嘱したもので世界初演である。
 背景には四角い窓と半円形の映像が映るスクリーンがあり、フロワーにはベッドと電話が置かれた部屋が二つ、観客には見える。一方のベッドには女性が電話を手にしており、もう一方のベッドに男性が登場してくる。様々の所作があり、やがて、電話を使ってふたりは愛し合うようになり、男はトランクを持って女の部屋へ。ところが男が焦燥感を募らせたり、女の嘲笑が響くといったやりとりがあって、男はトランクを持ってどこかに消えていく。
 音楽はバッハとヴァルガスの歌を使い、演技とダンスを組み合わせたパフォーマンスで、現代的状況を反映させた『若者と死』といった印象のダンスだった。
 そしてカーテンコールにもいろいろな工夫の凝らされた趣向があり、イーゴリ・コルプが縦横無尽に活躍したガラ・コンサートは幕を閉じた。
(2009年1月20日 オーチャードホール)

レニングラード国立バレエ団の『海賊』『眠れる森の美女』『ライモンダ』
『海賊』では、コルプがアリをシャープな身のこなしと的確な表現で格の違いを見せつけるかのように踊った。メドーラのシェスタコワ、ギュリナーラのタチアナ・ミリツェワも愛らし踊りで目を惹いた。見せ場はやはり、第2幕のパ・ド・トロワ。コンラッドに扮したタッパの高いプハチョフと俊敏なコルプ、魅力的なシェスタコワがリフトを使った踊りを見せ、ロシア・バレエの素晴らしさを輝かせた舞台だった。
(2009年1月16日 オーチャードホール)
 

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『眠れる森の美女』は、ペレンのオーロラ姫とボリショイ舞踊アカデミー出身のアンドレイ・ヤフニュークが踊った。
 ペレンは丁寧な安定した踊りで美しさも申し分ない。敢えて言うと、演技も堂々としているが16歳の初々しさをもう少し感じさせてほしい、とも思った。リラの精のイリーナ・コシェレワは柔軟性のある魅力的な踊りだったが、精霊のトップとしてさらに神秘的な雰囲気もほしいと感じた。
 男性ダンサー陣はルジマトフが芸術監督に就任して以来、徐々に充実してきている。ヤフニュークはしっかりした踊りで、グラン・パ・ドゥも良かった。さらに第2幕の男性ダンサーたちもきびきびとした動きで気持ちがよかった。やはり、監督が客席で観ていることが適度の緊張感をもたらしているのだろうか。
 元々、このカンパニーは男性ダンサー陣がやや弱かったのだから、今後はいっそう期待できるだろう。
(2009年1月17日 東京文化会館)
 

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『ライモンダ』は、ライモンダにペレン、ジャン・ド・・ブリエンヌはアルチョム・プハチョフ、アブデラフマンにはウラジーミル・ツァルというキャストだった。
 第1幕はゆったりとしたテンポで、ライモンダの愛と不安を描いている。夢の中で婚約者のジャン・ド・ブリエンヌとの愛を感じるが、目覚める間際には、アブデラフマンもちらりと登場するので、少々不安を覚える。
 その不安が的中したようにアブデラフマンが現実に登場し、ライモンダに激しく愛を求める。
 アブデラフマンのライモンダへの贈り物は、サラセンの踊り、パナデロス、ハンガリーの踊りといった、あでやかで力強いデヴェルティスマンで表現される。ここは踊りの逞しさは申し分ないのだが、少々荒い印象も残った。
 そしてジャン・ド・ブリエンヌが帰還し、アブデラフマンと決着をつける闘いのシーン。第2幕は、勝利したジャン・ド・ブリエンヌとライモンダのすばらしいグラン・パ・ド・ドゥが踊られた。白を基調にした装置とセットに、鮮やかな民族色が彩られた華麗な色彩の祝宴となった。
(2009年1月29日 オーチャードホール)