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関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi 
[2009.02.10]

法村友井バレエ団のプロコフスキー振付『アンナ・カレーニナ』

  アンドレ・プロコフスキー演出・振付の『アンナ・カレーニナ』は、日本バレエ協会公演として、クラピービナ&マラーホフ、デュランて&カレーニョの主演で 上演されている。今回は、新国立劇場運営財団の地域招聘公演により、法村友井バレエ団版としては初めて東京で上演するもの。
プロコフスキーは、マリインスキー劇場のプリマだったリューボフィ・エゴロワやパリ・オペラ座のセルジュ・ペレッティに学び、ロンドン・フェスティバ ル・バレエ、ニュ-ヨーク・シティ・バレエなどで踊り、ガリーナ・サムゾワと結婚して自らのカンパニーを設立して世界各地で公演している。ヴェルディやラ フマニノフ、ブラームスなどの音楽による小品も数多く振付けているが、牧阿佐美バレヱ団がレパートリーとしている『三銃士』や『ドクトル・ジバゴ』『ロミ オとジュリエット』(1幕物、04年に井上バレエ団が上演)『椿姫』など分かり易く優れた構成の全幕物の振付が良く知られる。『アンナ・カレーニナ』は 1979年初演。

  原作はトルストイの著名な長編小説。政府高官カレーニンの妻、アンナ・カレーニナは息子セリョージャと暮らしていたが、モスクワのサンクトペテルブルク駅 で出会ったウロンスキー伯爵に愛されて同棲。離婚を夫に拒否され、息子からも強引に離され、恋人のウロンスキーとも別れ、ロシアの貴族社会から逸脱して、 ついには悲劇的な死を向かえるという物語。
アンナ・カレーニナには法村珠里と高田万里、ウロンスキー伯爵にはヤロスラフ・サレンコとワディム・ソロマハのダブルキャスト、というキャスティングで、私は法村珠里とサレンコのペアで観た。

  まず、冒頭の機関車が激しく蒸気を吹き上げながらホームに入ってくる有名なシーン。カレーニナとウロンスキーのさり気ない出会いがあり、カレーニナのソ ロ。ここではまだウロンスキーとの関係は芽生えてはいないが、愛に満たされているわけではない一人の女性として、その複雑な心理を細やかな感受性の中に表 現している。法村珠里が心理の陰影をみせるなかなかいいソロを踊った。
そしてウロンスキーに扮したサレンコが、まるで水を得た魚のように活き活きとロシア人の感情表現を行っているのが目を惹いた。しかしまた、かつて観たマラーホフの苦みのあるエゴイスティックな愛の魅力的な表情も、記憶の底から思い出されてきた。
カレーニナはウロンスキーの熱烈な口説きにより、愛を得たが、最愛の息子を捨てたわけではない。彼女はただ新しい愛に生きようとしただけだが、それは死への道だったのだ。
ロシアの貴族社会に起きた出来事を描いているが、これは恐らくは人類に普遍的な問題でもある。
今にして思えば、1972年、マイヤ・プリセツカヤがスターリニズムの残照の中でこの作品をボリショイ劇場で振付け、主演したということは大きな勇気を必要としたのではないだろうか。
チャイコフスキーのしっとりとした大人の音楽が、カレーニナの感情の大きな揺らめきとさざ波を正確に伝える。
群舞による表現がやや物足りなかったような気がしないでもないが、たいへん手際よくまとめられた振付で、ほとんど無駄なシーンはなかった。
(2009年1月11日 新国立劇場 中劇場)