ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi 
[2008.09.10]
今年の夏はとりわけ暑かった。未だに毎日のように稲妻が走り雷鳴が轟き、驟雨が襲う。お天気の神様が、林立するビル群をジャングルの大木と見誤った のか、はるかな南国の島の気候を東京で迎えている。ダンスの新シーズン到来とともに、天高く抜けるような深い青空が戻ってこないものか。

ダンサーにも作品にも清新な息吹きが感じられた「エトワール・ガラ」

ダンサーにも作品にも清新な息吹きが感じられた「エトワール・ガラ」

 2005年に続いて、第2回目のエトワール・ガラが開催された。このガラ・コンサートは、ダンサーたち自身が今一番踊りたい作品を選び、それをパリ・オペラ座のエトワール、バンジャマン・ペッシュが中心となってプログラムに編成している。
出演したのは、オペラ座やハンブルク・バレエ、ドレスデン・バレエ、ボリショイ・バレエなどの中心的存在のダンサーたちで、古典の定番や評価の定まった 作品に拘泥することなく、ダンサーとして感覚的にフィットする振付家や作品を選んだり、ダンサー自身が振付けた舞台がフュチャーされた。その結果、最前線 のダンサーたちの息吹きが聴こえてくる清新なプログラムが組まれ、彼らのアーティスティックな関心を、観客が感じることができる公演となり、非常に興味深 く楽しんだ。

 AとBの二つのプログラムが上演された。
Aプロでは、ノイマイヤー作品が11演目中3演目、Bプロでも10演目中2演目だから、21演目中5演目を占めた。ハンブルク・バレエのダンサーは11 人中アッツオーニとリアブコ夫妻の二人だが、ブベニチェクは06年までノイマイヤーの下でプリンシパルを務めていたから、あるいは妥当な比率なのかもしれ ない。しかし、オペラ座のペッシュは、出演を予定していたダンサーが変わったこともあり、ノイマイヤー作品を3演目も踊った。
ともかく、今日のヨーロッパの最先端を行くバレエダンサーたちに、ノイマイヤーの振付が大いに人気があることは間違いないだろう。ただ、今回のように、ノイマイヤー作品の抜粋を立て続けに見ると、いささか同工異曲の感なきにしもあらずではあったが。
Aプロは開幕がノイマイヤーの『ハムレット』(第2幕パ・ド・ドゥ)で、今年のブノア賞受賞ダンサー、シルヴィア・アッツォーニとイリ・ブベニチェクが 踊った。次の『ジゼル』を挟んで、ノイマイヤーの『椿姫』(第1幕より)を、オペラ座のエレオノラ・アパニャートとパンジャマン・ペッシュが踊った。
『ハムレット』は、まだ幼い頃のオフィーリアとハムレットの仄かな恋心を表す別れのシーンだが、後の悲劇的な二人の運命を印象づける演出だった。さすがに ノイマイヤーの下で踊っているアッツォーニとブベニチェクは、『ハムレット』全幕の重みを、このパ・ド・ドゥに充分に込めて演じてみせた。
『椿姫』は、良く知られているように劇中劇として演じられる『マノン・レスコー』が、マルグリットとアルマンの愛の悲劇的運命を垣間見せる。そして二人の 愛の象徴である紅い椿の一輪の花が、マルグリットの死を啓示している。アパニャートとペッシュが心を尽くした演技を見せた。

 愛の悲劇が続いた後、マリ=アニエス・ジロがじつに華やかなマントのような衣裳を翻して軽やかに登場。舞台が急に明るく楽しい雰囲気に満たされ た。ピエール・ラコットがジロのために振付けた、レハールの『メリー・ウィドウ』の世界初演である。マチュー・ガニオがリフトをこなし、甘く官能的なダン スで観客を魅惑する。ジロのおおらかさを活かし、ユーモアを利かせた舞台だった。
ボリショイ・バレエのスヴェトラーナ・ルンキナは、マチアス・エイマンと『ジゼル』(第2幕より)、ペッシュと『ラ・バヤデール』(第1幕より)を踊った。クラシック・バレエが祝福しているかのような、スリムなプロポーションがほんとうに見事だった。

『メリー・ウィドウ』『ダンス組曲』

 ブベニチェクとジロが振付けた『思いがけない結末』も世界初演された。音楽は日本でベジャール作品にピアニストとして登場したこともあるエリザベ ス・クーパーのピアノ曲。男性と女性が同じ動きをみせ、別れを表すパ・ド・ドゥが繰り広げられた。ジロが見せる身体の様々な表情が魅力的だった。
日本初演のマウロ・ビンゴゼッティの『カンツォーニ』はアパニャートとペッシュが踊った。ビンゴゼッティは今、非常に注目を集めているイタリアの振付家 (「パリは燃えているか?」で斎藤珠里さんが彼の作品を紹介している)である。ダンサーは小走りで登場し、リラックスして親しみやすい雰囲気の中、日常的 な感覚そのままに踊る。振付家と音楽とダンサーと観客が、同じ距離を保ってすごく自然。それがまた、じつに新鮮に感じられる。今まであまり味わったことの ないダンスに触れたような気がした。
Aプロのとりは真紅の衣裳のマニュエル・ルグリのソロ。ジェローム・ロビンスがバッハを使って振付けた『ダンス組曲』を踊った。ルグリは余裕たっぷりの びのびと柔らかく魅力的なラインを描く。バランス、間合い、ステップの流れ、どれも絶妙。舞台上で演奏しているチェリスト(宇野陽子)を口説き始めるので はないか、と心配になるほど。バリシニコフのために振付けた作品だそうだが、ルグリそのもののダンスになっていた。

『カノン』
  Bプロでルグリはアパニャートと、ルディ・ヴァン・ダンツィヒ振付の『モーメンツ・シェアード』を踊った。音楽はショパン、上田晴子がピアノ演奏した。 ダークオレンジのソフトな衣裳で、思ったよりも緩やかな動きだったが、アパニャートのチャーミングな肢体とルグリの優しい動きがよくフィットした舞台だっ た。
ブベニチェクがパッペルベルのカノンに振付けた『カノン』は、ブベニチェク自身とガニオ、リアブコの男性3人が踊った。”Le Souffle I'Esprit”という作品の最後の部分だそうだが、ラストは男性3人が意気のいいダンスが繰り広げられた。クラシック・バレエで鍛えたガニオの柔らか い動きに惹きつけられた。
ジロの『瀕死の白鳥』は、音をまるで命の滴のように拾って、型にはまらずに踊った。上田晴子のピアノとも共振したジロならではの舞台だった。

 オペラ座のエトワールのマルティネスが振付けた『ドリーブ組曲』では、エイマンの動きに目をみはった。流れるように軽やかで正確無比のじつに美し いダンス、さすが<今、オペラ座で最もいいダンサー>と世界のダンサーたちから噂されるだけのことはある。アパニャートも言うまでもなくチャーミングで、 プルミエ同士の至高の舞台だった。
ドリーブの『泉』や『コッペリア』に触発されて創った振付も見事。無闇に気張らず、優雅に情感豊かに丁寧に、現代の観客が求めるダンスのツボを正確に捉えている。音楽がテープだったのが残念、ぜひとも生演奏で鑑賞してみたいと思った。
今を時めくコンテンポラリー・ダンスの注目株、シティ・ラルビ・シェルカウイの『トリオ』。音楽はクリスティーナ・ブランコが歌う哀愁のファド(ポルト ガル民謡)が使われ、ジロ、ブベニチェク、リアブコが踊った。ロングスカートを着けたジロのアラブ風の女性のイメージが印象に残った。
Bプロの最後は、ルンキナとルグリによる『マノン』(第1幕2場のパ・ド・ドゥ)で、マスネの音楽、マクミラン振付の舞台である。『ジゼル』や『ラ・バ ヤデール』『白鳥の湖』などのプティパ作品ばかりを踊ったルンキナが、運命に翻弄される美女マノンの幸せなひと時を鮮やかに踊った。ルグリの手慣れた流暢 な踊りとルンキナのクラシカルな表現が、微妙なバランスをみせて味わい深かった。
(2008年8月6日Aプロ、8月8日Bプロ、オーチャードホール)